夢月亭~下手の横好き~

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小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『蛍が沼』  

  朱鷺端境抄       夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石の正体さえ、私には解らぬのだ――』


   『蛍が沼』

 女が霞の中を行く。
 見渡せぬ周囲をものともせず、濃密な粥の中とも思しき世界を渡る。
 五里霧中を絵に描いたようなその場所にあって、しかし女の足取りに迷いは無い。導き在ってか、それともその黒曜の如し目に確かな道筋見えてのことか、傍から見れば不思議な有様である――。
 この女の名は朱鷺。肩から先の無い胴衣は藍染の、茶色に煤けたカルサン袴は脹脛に絞られて、一見すると杣人か、否、それを着古すは細身の女――杣人たる剛毅は何処にも見当たらぬ。
 なれどもその背に通る一筋が窺えよう。貧相なナリとは言え、その存在は胆力漲るかに凛として、粥の中を歩くことに露程の疑問も無いと見える。
 その女、朱鷺。やがて彼女の短く整えられた髪を、風が揺らした。

 霞の道程を抜けた朱鷺の前に、出現した世界は三日月の夜、どこか山中に佇むと思しき平屋の裏手。平屋は、古めかしくも郷愁を誘う日本家屋の――嗚呼、勝手口が見えた。
 正面へと回ればそこには縁側が――縁側には、女が一人。
 青の浴衣は着流しの、宿浴衣と呼ぶが相応しい。その上に茶羽織を羽織って宿から抜け出して来たかの女、波打つ長い髪を束ね左肩から胸元へと流している。
 女の金色の双眼は見開かれて瞬きの、朱鷺を目にしてさぞ「驚いた」と言わんばかりの表情である。
 この世界の住まい人かと朱鷺、会釈して曰く。
「はじめまして、私は朱鷺と申します。旅人、のようなモノです」
 この言に女、今度は浴衣の袖で口元隠し笑いだし、「ふふっ、これは変わったお客人だこと。まぁ、悪いモンじゃあなさそうだ。そら、こちらにお越しよ」と、朱鷺に縁側の隣を勧めた。
 なぜ笑われるのかと朱鷺、無表情の内側で思案するが皆目見当も付かぬ――とまれ、朱鷺から見ても女は悪いモノでもなさそうな。彼女は勧められるが儘、女の隣、縁側へと腰を落ち着けた。

 勧められた茶の湯の暖かみが手の内に広がっている。
 朱鷺の目は辺りを見回して、その美麗な様に揺蕩うかに心は広がってゆく。
 何となれば、そこには数千の蛍が明滅を繰り返し、柔な月明かりにも増して艶やかなる灯りが二人を包んでいたからで。
 暫し見蕩れて呆然と――言葉無く茶の湯を啜る。
 そんな二人に会話が持ち上がったのは、女の呑んでいた煙管が煙管盆の灰吹きを拍子木の如く叩いたからで、拍子木の音は、物語の幕を上げるに相応しい。
「綺麗な場所ですね、蛍がこんなにも――」
 そう、朱鷺は自然と呟いていた。女は無知な旅人の案内人か、勝手知ったる世界だもの――流れるようにその名を口にする。
「ここは『蛍が沼』さね。名前のとおり、蛍と沼がある。沼の上はもっと綺麗だよ。此処よりも多くの蛍が飛んでいるからね、それが水面に映るのさ」
 して女、ここは『白河夜船の白河の如し世界』とも語った。白河夜船とは、熟睡して何も知らないこと、知ったかぶりを指す言葉であるが、その白河であるなら何なのだろう? 朱鷺は、誰かの見た夢かと想像する。
「近いがちょいと違う。ここはね、誰かが見た夢を喰って繋がる世界さ。なんしろ、私は獏の眷属さね。夢を喰らう獏の住む世界。夢を喰らった獏と繋がる世界。私は『獏女』なんて呼ばれているんだよ」
「獏、ですか……私の知っている獏はこう、熊と象と犀を混ぜた、もっと動物的な妖怪なのですが……」
 そう言って朱鷺、改めて隣にいる女をまじまじと見るが、その姿形はどこから見ても人のそれ、彼女の言う動物的な特徴など欠片も持ち合わせておらぬ。
 視線に女、獏女は、また笑って曰く。
「ははっ、まぁそういう獏もどこかにはおることだろうねぇ。でも、だから私は『獏女』なのだろうよ――これでも女さね。人の男を好くことだってあるくらいだ」
「人の世に降りることがあるのですか?」
「いいや、人の方から迷い込んでくるのさ。夢を渡ってね。私は、迷い込んだ人間を案内するのが役目でね、沼で釣りをさせる。夢を餌にしてね――ここで餌にする『夢』は寝てみる夢じゃない。起きてみる夢の方。叶わなかった夢を捨てさせてやるんだよ。金盤(かなばん)はそういった『夢』が大好きなのさ」
「金盤?」
「嗚呼、沼に住む大きな肺魚でね、ほら、私の瞳と同じ金色の鱗を持っている。そいつらを釣ってみてはいかがかと勧めるのさ。まず、私以外に釣られることはないだろうけれど…」
 何事を皮肉ってか、獏女はくつくつと笑った。それを見て、嗚呼、なるほどと、朱鷺は得心する。
「貴女は、夢を喰らった金盤を喰らうのですね」
「ふふっ、そうさね――だから私も獏なのさ。あんた、察しが良いじゃないか」
 獏女は今し方出会ったばかりの朱鷺を見て、茶飲み相手はこうでなくちゃあと微笑む。して、吹かした煙管の拍子木を一つ、カンッ――と響かせた。
「で、あんたの方は?」と朱鷺を見詰める金色の双眼、如何にも興味ありげな眼差しで。
 朱鷺は懐より、切欠の石を取り出して曰く。
「私は……私はこれを人間の頃に拾いました。不思議な石です。元々巫女の家系に生まれた私と相性が良かったのか悪かったのか――この石が、私を様々な異界へと導くのです。いつしか私、年を取らなくなっていました」
 その石を、顎に手で見遣る獏女が呟やいた。「これは……」と。
「ご存じなのですか?」
 うむ、と頷く獏女が曰く。
「なるほど、だからあんたは出口から入ってこれたのだねぇ。いやね、この世界は一方通行なのだよ。家の裏手、霞の向こうから誰かが訪れることなんて、今まで一度だって無かったのさ。夢より迷い込んだ人は皆沼の向こうより来て、あの霞の向こうへと帰って行くのだから。何の横紙破りかと驚いたよ。でも、その横紙破りが以外にも礼儀正しかったもんだから、つい吹き出しちまった――」
「嗚呼、それで――」
 出会い頭に笑われたことに納得の朱鷺、元より口数の少ない彼女が言葉を続けたのは、やはり石に対して並々ならぬ執着があった故だろうか。
「して、この石は何なのでしょう?」
「こいつぁね――」
 獏女が言う。その地を指す言葉、深みを滲ませるかに。
「――『ぬらりの翁の星の丘』の隕石と聞く。私も初めて見たよ」
「ぬらりの翁の星の丘……」
 朱鷺はその名、忘れるべからじと心に刻んだ。全ての始まりがその石であるなら、全ての終焉もまた、その石に縁るのではとの予感が確かにあって。
 獏女がまた、煙管を拍子木の如くと打ち鳴らした。

 そうして幾許かの時を茶の湯と過ごした朱鷺、獏女に頭を下げて平屋を辞する。別れ際に少なからず心配を滲ませた獏女の言葉――「あんた、見れば随分と若い時分にその石を拾っちまったようだが、その身を嘆くようなことは止しなね。疲れたら立ち止まるのも、立派な術さね」と。
 これに返す朱鷺の言葉、その芯を窺わせて何とも凛々しく。
「嘆いたことなど一度もありませぬ。理由も目的も持ち合わせませぬが、それでも、私と言う存在にも意味があるのでしょう。私はただ、この石が指し示す運命に従うのみです。揺れず、ただ歩くのみなのです」
 そうして再び歩き出した朱鷺が向かうは獏女の言う『世界の入口』である。ただ石が指し示すままに、彼女は一方通行を遡ってゆく。

 次に繋がるは、誰かの夢の中かも知れぬ。

 入口に向かう途中、話に聞いた沼の縁を横切った。沼の上に漂う数千の蛍火が艶やかで、水面は当に鏡面世界の如し。情交の宴が醸し出す灯りのなんと優しげで、なんと悲しげなことだろう。
 朱鷺が暫し立ち止まれば、鏡面世界を揺蕩うが如くと黄金の肺魚が呼吸する。その魚、不思議と自らが発光している様子であった。
「なんて綺麗な異界でしょう……」
 朱鷺は呟き、また歩き出す。
 夢の墓場を、後にする。

『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、星の丘を目指している――』

                                              ――了
次話はこちら→朱鷺端境抄『朱松骨董品店』


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妖・密事シリーズの続編を書く前に、ちょいと久しぶりなので試運転とばかりに書いてみました。

結果として妖・密事シリーズの外伝のような内容になってしまったのですが……笑

なんだかある種の「やおい」的な文章で申し訳ないです。


この掌編の舞台となる『蛍が沼』、そして獏女にはちょっと愛着がありまして、なのに本編では一回登場した切で……もう一回書けて個人的には満足してます。

獏女の恋の話は本編にて語られていますので、興味を持っていただけた方は是非幻創文庫にも足を運んでみて下さい。

よろしくお願いします。
(妖・密事シリーズは官能小説です。18歳未満の方はご遠慮ください☆)

シリーズ一覧はこちら→妖・密事(あやかしみつじ)シリーズ一覧

蛍が沼のお話はこちら→蛍ヶ沼の金盤(前編) 蛍ヶ沼の金盤(中編) 蛍ヶ沼の金盤(後編)

Posted on 2016/01/14 Thu. 19:45 [edit]

category: 小説:朱鷺端境抄

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tag: 小説  掌編  官能小説 
tb: --   cm: 2

コメント

(。・ω・)ノ゙ こばは!

金色のでかい肺魚…釣ってみたいですね。でもルアーじゃ釣れないだろうなぁ~(笑)
エサ釣りオンリーでしょうかね?
僕もエサにできそうなモノは結構たくさん持ってますよ~(。-∀-)


URL | いぬふりゃ☆ #-
2016/01/15 00:41 | edit

Re: タイトルなし

>いぬふりゃ☆さん
こんばんは!
肺魚で金色ということで、雷魚とドラードを足して二で割ってシーラカンスのエキスを垂らしたイメージなのですが……ルアーじゃ釣れないでしょうね。笑
僕もエサになりそうなモノはたくさんあるので釣ってみたいです。笑

URL | 夢月亭清修 #-
2016/01/15 23:03 | edit

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