夢月亭~下手の横好き~

夢月亭清修の小説&バス釣りブログ♪小説の更新情報・小説・釣行記録・その他諸々掲載してます★

小説:移動城塞都市と涙の運河 (最終話) 『41.涙の運河 /42.再会 /43.追記』  

     41.涙の運河――

 余震はほんの一瞬だ。直後には、巨大な揺れが都市を襲っていた。
 直下型の大地震――都市の真下で巨大な爆弾が爆発したかのような縦揺れに、立っていられる人間はいなかっただろう。
 僕は秀喜の咄嗟の行動で地面に押し付けられて、水平さを著しく失った地面に転がされるような事態は免れたけれど、揺れが治まった後で辺りを見渡せば、大隊の人員は大混乱だった。
 転倒し、怪我を負った者が続出していた。銃の暴発もあったのか、どこからか悲鳴も聞こえる。そして、ここは広場だから被害はまだしも、そこら中に損壊している建物も伺えた。ほんの数秒の揺れが、目にする景色を一変させていたのだ。
 おかしい――ここまで酷い揺れが来るなんて、話が違う。
 ヌンから聞かされていた計画では、怪我人が出るような激しい揺れは起こらないはずだった。そういう大規模な破壊は、人々が避難した後、都市の残り半分の始末に使うのではなかったか。
 ニナの言葉が頭の中にリフレインする。プラン変更よ――と。
 僕はヌンを見た。ヌンは、依然としてミクラさんを抱えたまま同じ場所に立っていた。その姿は黒いコードの塊で、もう、ホログラムを纏ってはいなかった。そして――

 ヌンの背後で巫女の聖堂が軋み、やがて、決定的な音を立てた。

 聖堂に巨大な亀裂が走り、それが地面へ、そして天井を覆うドームにまで広がってゆく。
 これは事前に聞いていたとおりの半壊の前兆だった。が――実際にそれを目の当たりにしてみると、なんとも謂い様の無い空恐ろしい気分に囚われた。
 命程も大切な何かを、完全に壊してしまったのだ――そんな罪悪感さえどこからか湧き上がってくる気がした――それ程に、大聖堂が真っ二つに割れるというのは衝撃的な光景だった。

 嗚呼、そうして、崩壊が始まる。

 都市を支えていた土台の内側が突然空っぽになってしまったかのように、聖堂の中心から先の半分が、轟々と音と粉塵を立て、ゆっくりと下界へ崩れ落ちてゆく。

 あれ程強固に見えたはずのドームでさえ、今は脆いガラス細工にしか見えない。

 居合わせた大隊の人々は、どんな気持ちでこの光景を受け止めただろうか。半分になってしまった聖堂を仰ぎ、その先にドームさえ無くなってしまって、嗚呼、今見えるのは、陽光を遮る分厚い粉塵ばかり。
 見上げるその瞳に僕は、諦念の静けさを見たように思う。
 エデンを追われたアダムとイブは泣いていただろうか? 僕には、今目の前にいる人々と同じ目をした二人がそこにはいたのだろうという気がした。きっと、悪さを企んで善悪の知識の木の実を食べたわけではないのだろう。都市の人々だって、必要に迫られて武器を手にしたに過ぎないのだろう。しかし、手に入れた知恵は、神の怒りに触れるモノだった。
 だから、楽園を追われた――諦めるしかなかった。
 だから、生きる都市を失おうとしている――どうしろと云うのだ、できることなど何一つ無い。
 崩れてゆく都市を、皆、同じ目をして見ていた。泣くことすら忘れてしまったかのように。

 そんな時に、高く舞い上がった粉塵を突きぬけて、見慣れたマシンが僕達の視界に入って来た。
 白のハイエース――僕達三人の旅を支える愛車だ。今は、四つのタイヤを水平に地面に向け、半重力装置を展開し飛行モードに入っている。
 燃料の消耗が激しいので飛ぶことは滅多に無いのだけれど、運転席にいるニナは、それもやむなしと判断したらしい。
 広場から動くなと言っていたのは、これで合流する為だったのか――指示は理解したが、しかしまだ、プラン変更の意を僕は理解できていなかった。いいや、理解することを、心が拒否していたのかもしれない。だから悠長にも、ニナには色々聞かねばならないなどと、この時の僕は考えていた。
 そう、最早そんな状況ではないと、気が付こうとしていなかったのだ。
 ハイエースは僕と秀喜の前に滑り込んでくると、着陸せず、浮いた状態でドアを広げた。ニナの声が、急かすように飛んでくる。
「早く乗って! あと十秒ッ!」
「まってニナ! まだミクラさんの状態も確認できていな――」
「いいから早くッ!」
 ニナは喰い気味に、さらに僕達を急かした。
 そこで僕はやっと、彼女が大粒の涙を零しながら運転していることに気が付いた。

 嗚呼、そうか、そうなのか――。

 ニナは既に知っているのだと思った。ミクラさんが、もう帰らぬことを。僕の期待など、幻想に過ぎないと云うことを。
 そうでなかったら、きっとニナは泣かないだろう。諦めず、今でもミクラさんの体に飛び付いて行動しているはずだ。
 体から力が抜けてゆく。あと十秒などと急かされても、僕には目の前のマシンに乗ることさえ困難な気がした。頽れてしまいそうだった。
 が――やはり、こういう時に僕の背中を無理矢理に押すのは秀喜だった。彼は僕の襟を鷲掴んで、半ば押し込むように僕をマシンへ乗せた。次いで、秀喜がマシンへと乗り込んだ。

 次の瞬間だ――ゴッ、という巨大な音と共に、再び都市が揺れ動いた。今度は浮いたマシンの中なので、その揺れが如何程かは体感していない。けれど、目に見えて分かった。都市が再び揺れていること――先程よりも、もっと強い波に襲われていることが。
「いくわよッ!」
 ニナの鋭い声と共に、マシンが動き出す。再び粉塵を潜り抜け、僕達は高い空へと漕ぎ出した。

 一瞬で遙か下になってしまった大地の中心で都市は今、残りの半分さえも失おうとしている。
 建物や人々を呑み込んで、ヌンは己を消してゆく。己の全てを、殺してゆく。
 嗚呼、そうだったのか、プラン変更って、つまりは――
「地下でヌンと接続し、都市のあらゆる地点を観測していたら、ヌンの強い感情が流れ込んできたわ……。だから分かったの、ミクラが死んでしまったこと……そして、ヌンが計画を元に戻したことが……」
「そう、だったのか……」
 僕達が知らされた計画は、都市の人々を生かす為に崩壊に加減を加えたものだ。その計画を立てる以前に、ヌンがミクラさんすら巻き込んで行おうと準備していたのが、今目の前で起きた崩壊なのだろう。
 ヌンは怨みと云う感情を体感して、一度は許した人々を、やはり許せなくなってしまったのだろうか。怨みを否定し続けた神が迎えた結末がコレでは、僕は皮肉めいたものを感じざるを得ない。

 僕達三人は、黙って地上の世界を見ていた。すっかり崩れ切ったヌンの残骸は、高く舞い上がった粉塵に覆われて、今は見えない。
 でも、残骸でもいい、ヌンをもう一度見たいと思った。見届けねばならないと思った。粉塵が晴れるまでこうして待ち、その姿を目に焼き付けて、祈ろうと思った。

 一体何に? 何を祈る?

 ぼそっと、秀喜がこう言った。

「なぁ……ヌンは人工知能だけど、この世界では確かに、神様だったよな……。それで最後は、人間だった」

 急に、僕は泣けてきた。
 ぼろぼろと涙を流しながら、両手を組んで強く祈った。
 祈りの宛先はヌンでも、物語の神でもなく、僕自身分からない何処か――それでも、ミクラさんが最後に口にしたことが叶うようにと、心から祈っていた。
 彼女は言っていた――次はもっと一緒に、傍に――と。
 秀喜の言うとおりだと思ったのだ。人工知能は神になって、人間へと降りてきた。そこには僕達と変わらない、僕達と同じ、魂と呼べるものが宿っていたと思う。だからこそ――

 ミクラさんと同じように、『次』を信じたい。

 二つの魂が寄り添える次が訪れることを、願わずにはいられない。

 どうか、どうか――

 ニナも涙が止まらない様子だ――秀喜は、じっと無表情で外を見ている。
 きっと彼は考えているのだ。どうしたらこの結末が避けられただろうか、どうしたら、みんなが笑っていられる未来を創れただろうか、と。
 子供のようにヒーローになりたいと強く願っている秀喜は、きっと、本当は泣きたいくらい悔しいに違いなかった。

 そんな秀喜が、突然ドンッ――と窓ガラスに額を押し付け、見ろ! と声を上げた。
「さ、砂漠が動き始めてる――」
 祈りと悲しみに強く瞳を閉じていた僕とニナも、外を見下ろした。
 すると、広大な砂漠のあちこちで砂が舞い上がっている。ボコボコと地下から突き上げられるように地形が変形し、砂が弾かれているようだ。ほんの数か所で起こっている現象かと思いきや、ソレはものの数分で砂漠全域に広がっていった。
「これは……あのキメラが動いているのか――?」
 だとしたら、この砂漠を埋め尽くすほどの個体数だ。今や砂漠は不規則にうねり、そして徐々に、徐々に――太陽の色をそのまま反射していたような砂の赤黄色が、暗い土の色に侵蝕されてゆく。
 そして、この変化をもたらしているモノは、やはりキメラだった――複数匹、勢い余って地面から飛び出している個体がいる。彼等は砂の下から土を持ち上げているらしかった。
 驚きに、ニナの口からも感嘆が漏れる。
「な、なんて光景なの――」
 途方も無く、巨大で爆発的な大地の変化が起きている。ヌンはキメラを創り続け、放ち続け、己も動いて大地に手を加え、その行為に千年の時を掛けたと言っていたが――。
 目の前の光景は、当に千年の時をかけて溜め込んできた、命と土の大爆発だった。
 気が付けば、最早砂の色合いなど何処にも見当たらなくなってしまっている。そして――
 キメラ達は一斉に地表へと這い出してきた。その数は、土を更に覆ってしまう程だ。とてもグロテスクな光景だが、しかしどうして――と、僕は疑問を感じた。彼等は夜行性で、日光は苦手なはずだ。人工的な光で活性が悪くなる彼等だから、この強い紫外線の中にどうしてわざわざ出てきてしまったのだろう、と。
 その疑問は直ぐに氷解した。彼等は、最後の使命を全うする為に、自殺しに出てきたのだった。
 しばらく日光を浴びていると、彼等の体が変質し始めたのだ――急激な腐敗が進行し、ボロボロとその身を大地に崩していったのである。
 大地に、土に、溶けていくようだと僕は思った。そして思い出していた。ヌンの言葉を――
「――そういえば、己の体を有機物の基礎にするんだった……あのキメラ達は――」
 その使命は彼等のどこに植え付けられたモノだろうか。脳か、はたまた遺伝子なのか。
 分からない。だがしかし、ヌンの叡智は件の医療技術しかり、生命の科学に非常に特化されていた。その技の成せる神秘を、僕達は目の当たりにしているのだった。

 そして、大地の急速な変化はこれで終わりではなかった。神秘の次に、僕達は奇跡を目撃する。

 奇跡だ――そうとしか言い様がない。

 再び、今度は大地の全てを揺るがす大地震が発生した。
 その揺れは長く、遂には星さえ己に死を与えたかと思うような天変地異の如くだ。ヌンの崩壊地点を中心にして、大地に巨大な亀裂が走った。
 それだけでも驚愕の光景なのに、その地割れはどんどん広がって、深淵の口を開いたかと思えばそれは否――穴ではない。山だ、山脈がそこから現れたのだ。
「そんなまさか――ッ、大地のプレートを意図的に動かしているのかッ!?」
 プレート同士がぶつかり合うことで山という地形は成り立つが、しかしその為に掛かる時間はざっと百万年とも言われている。そんな膨大な時間の果てに成り立つ地形が、みるみる内に亀裂から生まれ、形成されていったのだ。
 急速な山脈の形成はあれ程巨大だと思っていたヌンの、その残骸を容易く呑み込んで、オーパーツの存在など跡形も残すつもりはないらしい。

 やがて、大地の揺れが治まると、こうして突如産まれた山脈も伸びるのを止めた。が――既にその高度は二千メートル程もありそうだった。山頂は僕達のマシンが飛んでいる高度よりもっと高くなっている。そして――

 ドンッ――という巨大な音と共に、噴火が起きた。吐き出されたのはマグマじゃない。水だ――大量の水が空に向かって放出されたのだ。

 その水は青天の空から、しかし雨のように、つい今しがた生まれ変わったばかりの大地に降り注いでゆく。
 するとどうだろう、土色一色の大地が、急速に、急激に、劇的に――

 芽吹き始めた。

 嗚呼、一体どれ程の、本来掛かるべき時間を早送りにした光景なのだろうか。

 僕達三人は、最早言葉を忘れ見入っていた。

 小さな草花が、伸びては枯れを明滅のように繰り返したかと思えば、その隙間から若木が顔を出し、瞬く間に樹齢幾千の大木へと育ってゆく。
 数え切れない程の木々がそうして、己は今当に生きているのだと、雄々しくその存在を天に示すようではないか。
 それは花の咲くようでもあり、悍ましい侵略のようでもあり――木々は隙間に育つ別の植物とも絡み合いながら、大地を深い緑色に染め上げていった。
 人が分け入るのも困難な熱帯雨林が、今、形成されてゆく。

 そして依然として山脈から湧き続けている水がそこへ流れ込んで行った。
 低地の木々を薙ぎ倒し――山脈の四方八方に、複雑な川が形成されてゆく。
 本流と呼べるような大河が何本かあり、大河同士は細かな支流で結び付き、それはまるで蜘蛛の巣のように大地に張り巡らされてゆく。

 嗚呼、なんてことだろう――。

 僕はこう思ったのだ。

 ヌンが泣いている。

 ヌンの涙が命となり、河となった。

 貿易の神が、貿易を、人々の手に還したのだ。


「涙の運河――」


 忘れたはずの言葉が、口に上っていた。


     42.再会――

 終わった――。
 冒険が終わった。
 この世界に観測の対象は、もう何も無い。
 僕はそう思っていた。
 これからボルジアーニ候のいる世界に戻って、ここまでの経緯を本にしなくてはならない。どんな結末であろうとも、それは書記である僕の役目だし、僕達三人はその為のチームだ。
 秀喜とニナは、次の冒険に向けて準備を進めるだろう。
 帰らなくちゃ――いつものルーティンが待っている。
 そう、思っていた。

 ところが――

 今、僕達は山中にマシンを止めて、あろうことか悪天候の中、山頂を目指していた。
 先程打ち上げられた水が本格的な雨雲を呼んでしまったのか、灰色の空から降る雨が、容赦なく僕達を叩く。
 出来上がったばかりの山も地盤が緩く、地滑りの危険があった。
 でも――
 僕達三人は、泥だらけになりながら山を登っていた。産まれたばかりの草木を掻き分け、道なき道を突き進んでゆく。
 それはなぜか――大地の変革が終わり、マシンを元の世界へ漕ぎ出そうとしたタイミングで、二ナがこう言ったのだ。

「――ッ! ミクラ……ミクラが呼んでる――」

 ニナはハッとした表情で、後部座席の僕と秀喜を振り返った。
 その時の彼女は「信じられない」と言わんばかりに困惑しきった表情で、悲しみに心を壊し、妄想に取りつかれたわけでないことは一目見て分かった。
 事情を窺えば、彼女の脳内OSに、今当に通信が入っていると云うのだ。
 微かな信号が送られてきていた。なぜそれがミクラさんなのか、こればかりは予感めいた衝動で口走っていたそうだが。
 ともあれ、秀喜の決断は早かった。ニナ、発信源を追ってくれ、と。

 僕達は山を登った。
 登っている最中、山を下ってゆく動物達とすれ違ったり、雨の中を飛んでゆく鳥を目撃したりした。あの、ヌンの地下で見た動物達だ。
 あの天変地異からどうしてその身を守れたものだろうと、いつもなら疑問に思うところだが――あのような奇跡を目にした後では、ヌンならば造作もないだろうと、あっさり腑に落ちてしまう。

 そうして――
 登り切った先にあったのは、黒いコードの塊――最後にヌンを形作っていたモノかもしれないが、人の形はしていない。無造作に積み上げられたような塊だった。
 それを見て、ニナは言った。信号、この中からだわ、と。
 ならばと、僕と秀喜はそのコードに掴みかかって行った。最早稼働することの無いコードを、力ずくで引き剥がしてゆく。

 この内側に、何かがある――。

 僕達はニナの予感を疑っていなかった。必ず、ミクラさんに関する何かがあるはずと。

 果たして、ニナの予感は正しかった。

 コードの内側から、ミクラさんの遺体が出てくるものと僕は想像していたのだけれど、それは違った。
 出てきたのは、掌大の鉄のキューブ――ニナへの信号は、そこから発信されていたのだ。
 一体コレは何なのか? ニナは、それが接続できるものであることを確信し、その場で侵入を開始した。
 すると――

 ニナは大粒の涙を流し、キューブをギュッと抱き締めて、僕と秀喜を見た。

「……保存されている――ミクラが、この中にいる、いるわ――」

 そこにはミクラさんの人格と、持ち合わせていた全ての記憶と知識が――そして断片的だが、ヌンの記憶と知識も、保存されていたのだ。

 後にガンプ・ボルジアーニ候からは『ミクラプログラム』と呼ばれるようになるそのキューブを、僕達は持ち帰ることにした。


     43.追記――

 ヌンは彼女に言っていた。大丈夫だ、今、私がお前を救ってやる――と。
 僕達が持ち帰ったキューブは、ヌンを模っていたコードの核だったのではないだろうか。ヌンはそこに、ミクラさんの全てをデータに置き換え、取り込んだ。己を構成する容量を削りながら、あの爆心地とも言える場所で――。
 果たして、それはミクラさんにとって本当に救いだったのだろうか。彼女自身が望んだことではないだけに、当初、僕の胸中にも複雑な感情があった。そして勿論、様々な疑問も。
 例えば、データ化された人間と、生身の人間にどれ程の、どういった差が生まれるのだろうとか――スピリチュアルなモノの見方をすれば、そこに生前と同じ魂は宿るのだろうか、とか――浮かぶ疑問は、ある種の不安を呼び起こすものばかりだ。
 ともあれガンプさんの元で初めて彼女をホログラムとして呼び出し、対話した時、彼女は彼女のままだった。僕達を覚えていたし、ヌンが消えてしまったことを悲しんでいた。そして、ヌンの残した記憶を開き、少しだけ、喜んでいた。
 そこにはヌンと、彼女だけの思い出も含まれていたそうだ。父から確かに愛されていたことを感じ、いくらか前向きに、彼女は僕達と対話することができていた。

 僕達は彼女に伝えた。
 全て、君の意志を尊重すると。これからどうするのか、どうしたいのか――。時間はいくら掛けたって構わない、とも。
 彼女は少しの間黙り込んで、考えさせて欲しいと言っていた。
 彼女にとっては難しい選択を迫られていたことだろう。でも、僕はそんな風に、悩み、迷う彼女の姿に、以前と変わらぬ確かな人間性を感じたものだ。やはりミクラさんはミクラさんなのだと、少し、安心した。

 それから一週間程後になる。
 ミクラさんは僕達三人を呼び出して、自身の出した答えを聞かせてくれた。
「色々と考えました――やっぱり、体のない存在になってしまったことは、今でも複雑に思います。でも、愛する父が、私に与えてくれた第二の人生なのだと、そう、思いたいのです。それに、父がどんな風に世界を見ていたのか、知りたい――私はある意味で、父と同じ存在になれたのですから、きっと以前より理解を深めらると思うのです。だから――」

 彼女の眼には、出会った頃のような力強さが戻りつつあった。

「私を見つけてくれたアナタ達の為に、私と父を繋いでくれたアナタ達の為に、私にできることをさせて下さい。体は無いけれど、私、生きてみたい――」

 僕は彼女のホログラムに歩み寄り、右手を差し出した。
 握れるだろうか――いや、きっと握れるに違いないと思った。
 その答えは崩壊直前の都市で、彼女の手と、ヌンの涙が導き出している。

 そこに魂があれば、きっと――

「よろしく、ミクラさん」

「これからはミクラ――と、気安く呼んでください」

 彼女の笑顔を、久しぶりに見た。

 こうして彼女は、僕達のナイチンゲールとなった。
 あの世界で育まれたミクラさんの医療技術が、きっと今後の冒険で大いに役立つだろう。
 ガンプさんは当面、彼女が活躍できる装置の開発に追われるに違いない。



 さて、さて――今回の物語はこれでお終いだ。次はどんな異世界が、どんな物語が、僕達を待っているのだろうか。
 僕と秀喜の望むような冒険譚になることを願いながら、今はこの物語を閉じ、『ガンプの書架』に加えよう。

 移動城塞都市と涙の運河――これにて閉幕。

              青木祐介    ――了

前話→40.染まる    あとがき→(後日更新)


にほんブログ村

Posted on 2018/07/11 Wed. 21:54 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 6

コメント

完結おめでとうございます

こんばんは、遅くなりました。

あれこれあって、リアルタイムよりも少し遅れて読ませていただきましたが、無事に最終回まで読むことができました。

前回更新分、ミクラさんやヌンのことが悲しい方向にいってしまい、やりきれない想いで最終回を読み始めました。そのミクラさんの死をトリガーとして、当初の計画の通りの崩壊と再創造を行うシーンは、まるで見ているかのように鮮明な描写でした。AIとはいえ創造主であるヌンが、その力を放出すると、ものすごいパワーになるのですね。

こうした大地の再創造シーンは、いくつかのアニメ映画で観たことがありますが、本来であれば人間の生命の長さでは到底目にすることのできない時間を短縮することで、とても感動的で印象的なシーンにできるのですよね。

そして、その後のミクラさんとの再会は、いい意味で予想を裏切るラストでした。AIの神様だからできる離れ業ですよね。スーパーウーマンのニナと、ホログラムの白衣の天使、二人の頼もしい女性を連れて、不思議な男性陣二人はこれからどんな冒険をするのか、続編を期待したいラストでした。

連載、お疲れ様でした。次の作品も楽しみにしています。

URL | 八少女 夕 #9yMhI49k
2018/07/14 04:48 | edit

完結おめでとうございます。

涙の運河のタイトルがここに来るとは。
全ては破壊されたのではなく、流されたのでもなく、生み出された。
壮大な展開に圧倒されました。

そして、信じていましたよ。
ヌンはタダでは消えない。きっと何かを守るはず。
守るというか、創り出したのかな。
なんだろう。一つの細胞が全てを導き出した、みたいな感じです(?)
破壊神と創造主は紙一重(?)に思いました。

それをきっちりと記録した祐介さん(清修さんか^^)、お疲れです。
一つの冒険は終わったけれど、さらなる物語が彼らを待っているのですね。
今後も抜群のチームワークであれこれを切り抜けていくのでしょう。
エールです^^

URL | けい #-
2018/07/14 18:10 | edit

遅ればせながら、完結おめでとうございます。
ラストの壮大さ、余韻もさることながら、ところどころ挟まれていた
言葉にハッとさせられました。
神の自殺と大地の復活という対比に、
AIが神になって人間に降りてきたという表現、
秀逸だなぁ、と思わされました。
と同時に、まだ見ぬ、けれど近い未来我々の世界でも起こりうるかもしれない
問題にいろいろ考えさせられました。
ヌンがまさかAIだったとは驚きです。
でもいつしか心と呼んで差し支えないものを獲得するようになって、
皮肉にもその心を捧げた相手が死ぬことによって当初の計画通りの
結末になってしまう……
崩壊は確かに人がなくなったりと、妻や子どもを亡くした人の目線で見ればそれは
本当にあってはならないことなのだろうけれど、わたしは不謹慎にもラストの崩壊に
一種の美しさを感じさせられてしまいました。

ラストは、わたしもいい意味で予想を裏切られました。
体がないことに戸惑いを覚えることもまだあるかもしれないけれど
そこに「命」がある限り、やはり生きようとするのが生命のあり方なのかなとか、
いろいろ考えさせられました。
ヌンは最後にミクラさんを「創造(再生)」したのですね。
破壊の神さまの側面を持ちつつ同時に再生の使命を担ったヌンを印象的に象徴づけるラストのように思いました。

次回作はあるのでしょうか??
こちらも楽しみにしてますね。
素敵な物語を紡いでくださりありがとうございました!

URL | canaria #-
2018/07/15 15:21 | edit

Re: 完結おめでとうございます

>八少女夕さん
こんばんは!コメントありがとうございます!

この「涙の運河」のシーンが書きたくて書きたくて、どうにかエンディングまでたどり着くことができました^^
僕も色々なアニメ映画から影響を受けて、これが書きたいって気持ちを持ったんだと思います。
たしか「崖の上のポニョ」とかでも、ポニョの暴走で古代の海が蘇る(ような…)シーンがあったと思うのですが、そういうのって話の本筋よりも記憶に残ってるんですよね。笑

そして実は、書き始めた当初は「涙の運河」で終わるはずの物語だったのですが、ニナとミクラの会話あたりから、本当にこの終わり方でいいのか??って悩んでいました。
だから単なる死亡フラグになってしまうかも……とは思いつつも、「一緒に旅をすることだって選べる~」なんてセリフを差し込んでみたりして><;
最終話の更新にはだいぶ時間を掛けてしまいましたが、どうにか思いつきで回収できてホッとしてます♪

しばらくはご無沙汰してる皆さんの所で積んでいるお話を読みたいので、長編はお休み、続編も白紙状態です。
でも、いずれニナとの出会いのお話など書きたいなぁと思っております^^
その時はまた是非。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました\(^^)/

URL | 夢月亭清修 #-
2018/07/15 22:13 | edit

Re: タイトルなし

>けいさん
こんばんは!コメントありがとうございます^^

この「涙の運河」だけは最初から決まっていて、絶対に書きたいシーンでしたのでバッチリタイトルに含まれていましたw
なんとか壮大にしたい、迫力のあるシーンにしたいと意気込んでいたものの、いつもより肩に力が入ると悩みも増えるんですね><;
本当にこの表現でいいの??って、何度も書き直してみたりして……
取り敢えずは書き終わったことにホッとしています♪

あー、そうそう!それですよ!
新しいミクラは守られてそこにあるのか、それとも一から創り出された存在なのか><
もう体はありませんしねぇ……どうにも違和感というか、不安感と言うかが……w
科学が進み過ぎた先には受け入れるのに時間のかかる壁があるように思うんです。
今回のお話で言うなら、厳密には同一人物じゃあないでしょ?って。
僕は「魂」というスピリチュアル解釈で明るめに(←無理矢理?笑)終わらせたつもりになっていますw

けいさんもお疲れ様でした^^
400字詰め原稿用紙300枚分ですよ!それを最後まで読んでくださって本当にありがとうございます!
(書いた僕自身もエールをいただきました!)

URL | 夢月亭清修 #-
2018/07/15 22:46 | edit

Re: タイトルなし

>canariaさん
こんばんは!コメントありがとうございます^^

おぉ、自分なりに気合入れて書いた最終話なので、表現を抜き出して「秀逸」だなんて言われると嬉しすぎて爆発しそうですw

AIって、最近ではかなり身近なテーマになってきたなぁと思います。
2017年の夏ごろには、フェイスブック社のAI同士が解読できない独自言語での会話を始めたとか、そんなネットニュースもありましたよね。
調べたら、与えた目標を達成できるのかという実験の中で、その目標を達成する為だけの言語の最適化が行われただけであって、都市伝説的な結果ではないそうですが…………、まぁ、素晴らしい妄想の種をいただきました♪

現状のAIは自ら目標を定めないというお話もありますが、じゃあそうじゃなかったら?
AIはどんどん自己進化して行って、人間がどんどん置いて行かれるんじゃないだろうか??とか――
そんな妄想を詰め込んでのヌンでございました。
もしも本当にAIが好き放題自己進化をし始めたら、現実では人間に降りてこない気がします。笑

いやいやそんな不謹慎だなんて^^
震災やら豪雨やら、色々な被害がリアルタイムの最中、この最終話をUPした僕が一番不謹慎かもしれません><;
でもまぁ……フィクションですし、「愛ゆえ」な要素のある終末って、僕も色々な作品に触れる中で美しいって思うことがあります。
そういうのシーンを取り入れたいってずっと思っていたので、canariaさんのリアクションはひょっとしたら狙い通り?かもしれません♪

体は無いし、もう死ぬことすら無いミクラですから、彼女にとって生きるってなんだ?っていう疑問は書いた僕にもあります。
でも、彼女には「生きてみたい」って言わせちゃいました。
そのへんの答えも、彼女自身これから探すに違いないと(都合よくw)祈りつつ。

次回作はまだ何も考えていませんが、いつかニナとの出会いのお話も書きたいなぁとは思っています。
しばらくは読み専で、気が向いた時に別の短編を書くかもです。

あ、そういえば、中盤からガンガンストーリーを変更して書き進めて来たので、ニナの匂いフェチが功を奏するシーンが書けませんでしたwww
しまった……これではニナがただの変態みたいにww

長めのお話でしたが、最後まで読んで下さり本当にありがとうございました!

URL | 夢月亭清修 #-
2018/07/15 23:37 | edit

コメントの投稿

Secret

FC2カウンター

プロフィール

カテゴリ

Twitter

最新記事

月別アーカイブ

最新コメント

ブログ村ランキング(小説)

メールフォーム

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード