夢月亭~下手の横好き~

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小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『ぬらりの翁の星の丘』  

   朱鷺端境抄        夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女の私が、この旅には何か意味のある、この旅には止ん事無き意志の導きがある、そう疑い始めたがここ数年の内。
 その意味、その意志は、私をこのような存在へと変えてしまった石、我が懐で孵らぬ卵の如く存在する石を介して私を連れてゆく。
 黒く艶光り、妙に人工物のようでさに非じそれは、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。
 振り返れば、この石が数多の存在と私を結び付け、私をまた一つ、違う存在へと変えたように感じている。
 それは時に、蛍の集う沼の畔とそこに住む獏の女であった――
 それは時に、妖狐隠れる絵画世界と、怪奇な物々を保管する骨董屋であった――
 それは時に、数多の未知と古来の不可思議混ざり合う現世であった――
 それは時に、海のように広がる芒の平面と、そこを渡る貨客船であった――
 そして今、私は意味と、意志の正体に遭遇する。
 そう、辿り着いたのだ。
 ぬらりの翁の星の丘に――』


  『ぬらりの翁の星の丘』

 異界中の異界と誰が云ったか――そこは確かに異界の内側に存在するもう一つの異界であって、広大な平面世界たる『芒』の内側に隠れるようにして存在していた。
 これなるは『ぬらりの翁の星の丘』である。ナロニック号の甲板でレディ・ウィンセルが指差したはある山の頂で、快晴微風が常である『芒』には珍しく、そこばかりに厚い雲が――山頂を覆い隠すかに渦を巻いて広がっていた。
「朱鷺、あそこだよ。山を登ってあそこを目指すんだ」
 振り返る碧眼が見遣るは朱鷺――肩から先の無い胴衣は藍染の、茶色に煤けたカルサン袴は脹脛に絞られて、一見すると杣人か、否、それを着古すは細身の――杣人たる剛毅は何処にも見当たらぬ。
 なれども黒曜の如し両目は漲る力でしかと頂を見据え、ここへの到達は、この女をして心躍る出来事と窺えるよう。
 そう、朱鷺は、いつしか旅の果てを心待ちにし、己の意味を求め歩くようになっていたのだ。
 ならば此処が目的の地であろう。旅は、全ては、星の丘由来の隕石から始まったのだから。
「ありがとう、レディ。行ってきます――」
 言うなり待ち切れぬ様子で朱鷺は飛び出した。甲板を蹴って船の外へ――十五メートルはあろう高さから芒の大地へと降り立ち、背丈ほどもある芒を掻き分け、山へ、一直線に。
 甲板上から見守るレディの目に、その姿は楽しみを待ち切れぬ童のようと映った。

     *

 朱鷺が深い山を掻き分けるように登り始めて数時間。いつしか辺りは濃い霧に包まれて、それ麓から見た渦巻く雲の内側に入ったことを告げる。
 茫洋とした視界の端々に小僧か、獣か、不思議な影を見て、時に異形から発せられたような声を耳にし、それらは時として、木々の隙間から朱鷺の様子を窺っているようでもあった。
 おそらくはこの端境を棲家と定めた小妖魔達がそれらの正体であろうも、朱鷺は不思議な気持ちであった――幾千の世界を渡り歩いてきた彼女から見ても、このように雑多なモノ共で溢れる端境は珍しい。
 彼等にとって、ここは余程居心地の好い端境なのかもしれぬ。
「守られて、いるのですね――」
 朱鷺は呟いて、白い闇の中を登り続けた。
 そして――
 突如として開けた視界に何が映っただろう。月だ――永久の夜に微笑む、あまりに大きな満月であった。
 何の光を反射するでもなく輝いて、嗚呼、なんと明るき、なんと色鮮やかな夜。辺りの木々は黄と紅の葉を降らせ秋の盛り。何が無くとも宴のようと、朱鷺には思わるる。
 囁く葉擦れは彼等の笑い合う声か――朱鷺は、宴席の隙間のような道に落ち葉を優しく踏みしめて、邪魔せぬ塩梅で前へと進んだ。

     *

 山頂の異界は異界故に、登っていたはずの山の頂に非ず。山は異国人の鼻とも思しき丘を持ち、その上から眺める雲海の、それいくつもの頂が浮島の如くと見渡せる開けた景観あり――どこか恐ろしく思わるる程近くに流れるは天の川の、巨大な月をどこへ運ぼうと云うかに煌めく夜空は、嗚呼、決して『芒』からは目に見えぬ。
 丘の根には大和十津川のそれと良く似た民家ありて、朱鷺が辿った道は、その民家の直ぐ脇へと繋がっていた。
 その開けた空間に出でて、そのまま眺むるは丘の先端が、そよ風に揺れる草花を辿れば目に映る。
 そこに、一人の小さな老人が居た。
 野点とは佳い趣味をお持ちと云うべきやも知れぬが、野点傘も無し、緋毛氈をぞんざいに敷いて座るがレジャーシートと同じ扱いの――しかし、袈裟をだぶつかせた小老人の背に感じるは、年月を経て尚宿る意志であろうか。そこに優しさも、厳しさも煮凝りにして圧縮したような――。
 朱鷺は老人に歩み寄り、彼こそこの世界の主、ぬらりの翁に違いなしと、どこに行こうともこれは変わらぬ礼儀なればと挨拶の言葉発しようとした、けれど――
「うん……よぉう来た。よぉう長い道程を越えて来た――」
 先に言葉を口にしたは振り返らずも翁から。そうして振り返って見せたが柔和な、まるで目に入れても痛くなしと孫に語るような笑みで。
「朱鷺よ、ご苦労様じゃった」
 続けて彼女の名が出てきたから朱鷺、これには驚いて、礼を欠くも問うてしまったことよ。
「私を、ご存じなのですか?」
 うむ――頷く翁、朱鷺を緋毛氈の内に誘った。
 そうして点てた茶を勧め、雲海と星空を眺めながら、かく語りき。
「お前さんも持っておろう石じゃが、ここから別の世界に散らばった星、隕石は、全てワシの心と繋がっておる。じゃから、それらは概ね、この世界へと持つ者を導くのじゃ」
「――概ね、とは?」
「うん、ほおっておけば導くだけよ。じゃが、お前さんの持つ石はそうではなかったであろう?」
「はい。敢えて遠回りをさせながら私を此処へ導いた――そんな気がします」
「その通りじゃ。お前さんのことは、お前さんがこの石を拾った時より見ておったから――ワシが意志を働かせて、そのようにした。勝手なことを、と思うであろう? すまなかった…」
 朱鷺は首を横に振って曰く。
「必要な事、だったのでしょう? ここへ来る以前に、数多の世界を知っておくことが」
 翁の顔は、彼女の呑み込みの佳さに綻んだ。
「そうじゃ。選ぶ時には、その方が良しと思っての」
「……今が、選ぶ時、なのですね?」
 翁はまた頷いて、その目を朱鷺へと向ける。
「朱鷺や、ワシの代わりに、ここに居ってくれぬだろうか? ここから星を眺め、陰陽道を用い、千里の眼で様々な世界を見渡すのじゃ――かような存在になりて、事あらば想うように成せば佳し。突然云われてもと……しかし急は承知で頼みたいのじゃ。
 長い年月の間に、この丘は大切な場所になってしまったから……端境を好んで住まうモノ共もおるし、世界には、ワシのような妖魔の加護を求むるモノ共もおる。
 ここはワシが生み出した異界故、後を継ぐ者無ければ無に帰すであろう。本来ワシ自身が居続けるべきじゃが、ワシもお前さんと同じで元は人故、いつか果てる日が来る。いいや、それは既に迫っておるのじゃ。じゃから――」
 流るる言葉を掌で遮って、朱鷺が曰く。
「待ってください。私には、御身のような力がありません。陰陽道に疎く、星とも式神とも戯れたりできません。それに、千里の眼も持ち合わせてはいないのです。聞けばあまりに重荷ではありませんか?」
 これに翁は首を横に振った。
「いいや、お前さんならできる。それに――」
 云うなり翁、右手で己の右目を抉り出した。眼は義眼であるかにそっと外れて、その丸きに滴る血の一滴も無い。これ翁の力働いてのことであろうとは直ぐに思い当たるも、ではそれを如何にせよと云うのか、朱鷺には見当も付かない。が、それ翁の口から直ぐにも伝えられた。
 長き時の流れを映してきた左目と、今空洞となった右目が、真っ直ぐに朱鷺を見据えている。
「朱鷺、これを呑み込むのじゃ。この眼に、お前さんに受け渡そうと溜め込んだ『力』がある。これを受け取れば、この丘の役目に不安もなくなろう」
 なるほど、この日の為に、翁は全てを整えてある。でも――
 それを選ぶはあくまで朱鷺である。翁の願いを叶えるも、また流離うも彼女の自由。翁だって、全てを押し付けることなどできようもなし――ただ、選ぶは今ぞ、と。
 提示された選択肢に、朱鷺、迷うべくもなく――彼女は眼を受け取って、恐れもせずその口に運んだ。
 一息に呑んだ眼は彼女の内側に溶け、広がって、やがて再び一点にその形を現した。

 額が割れたるは新たな窓を得ることよ。そこに、第三の眼を得たり。

 その窓から世界を臨めば、嗚呼、月の裏側までもが浮かび上がる――これなるは千里眼と、朱鷺は理解する。
 それだけに非じ。眼の中には、翁の内にだけ仕舞われていた、長い長い記憶までもが存在してあって――
 平安の都、渡辺綱、酒呑童子、百鬼夜行、木姫、虚穴坊、他にも様々な――それは密事の記録。長きに渡って世の裏側で続いた、誰に知られることもなく行われてきた、密事の――。
 第三の眼、使うに閉じられていた両目を開け、朱鷺は微笑んで曰く。
「しかと、承りました――」
 その胸にあるは如何様な想いであったことだろう。不思議で奇怪な役割を持たされたことに嘆きや悲しみがあっただろうか? 否、彼女は喜びに打ち震えていた。想えば、どれ程意味を求めて彷徨ったことだろう、と。
 今、彼女が得たるは確かな意味と役割であって、これからの彼女は、それに殉じた存在になるのである。重みもあろうが、その重みこそ、朱鷺にしてみれば愛おしい。
 そんな彼女の笑みを見て翁、彼もまた、笑ったことである。
 そうして翁は深々と頭を下げ、ありがとう、では――と旅立った。
 向かうは麓のナロニック号、そして、停車場、発着する異界列車から『陽炎』を目指す。
 終の棲家、陽炎の杉にて憩う為に。

     *

 丘に残された朱鷺の眼に何が映るだろう?

 開けば雲海と満天の星空に舞う式神達だ。

 閉じれば額の眼が働いて、現世も異界も知るに事欠かず。

 朱鷺はぬらりの翁よりその全てを受け継いで、ぬらりの翁の星の丘にあり。

 彼女は、かような存在へと変貌を遂げた。


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、丘の後継者と相成れり。
 手始めに先代がそうしたように、私は私の意志宿した隕石を、様々な世界へと降らせたのだ――』

                                       《朱鷺端境抄・閉幕》

前回の話→朱鷺端境抄『芒の海のナロニック号にて≪手記≫』 最初から読む→朱鷺端境抄『蛍が沼』


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『朱鷺端境抄』は幻創文庫で連載していた小説、『妖・密事(あやかしみつじ)』の外伝として書きはじめました。

いえ、外伝と言いつつも中身はあまり無いのですが、密事シリーズで登場した異界を、別の登場人物に巡らせようというのが当作品でございます。

本編では役目を終えて姿を消す翁の、その「後釜」が存在していたらいいなぁと、美しい「星の丘」には変わらず存在していてほしいなぁと、これは筆者自身の願望を叶える為の物語、という塩梅です………朱鷺はその為に生まれた登場人物でした。

そんな朱鷺ですが、実は「星の丘」を継いでからの彼女が微妙に描かれている作品があります。

それがこちら→≪企画小説≫like a Sound Novel♪ 陽炎レールウェイ『異界列車』

本当にちょっぴり、という感じですが……笑

ともあれ、本編も外伝もこれにて完結です。

二つの作品で書いてきた異界や登場人物達が、いつかまた別の作品で活躍してくれたらありがたいなぁと……これは頭の中が白紙で埋め尽くされている、現在の筆者の漠然とした気持ちでございます><;

読んで下さった方々に心より御礼申し上げます。

    2016.01.27 夢月亭清修

Posted on 2017/01/27 Fri. 01:06 [edit]

category: 小説:朱鷺端境抄

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