夢月亭~下手の横好き~

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.8  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.8



 鈍い足をそれでも動かして、私達が向かった先は野良猫達(ストレイキャッツ)です。なぜでしょう? 今日のアルバイトはお休みするつもりだったのですが、私達は確かにお店を目指していました。
 ひょっとしたら、私の気持ちが少しでも紛れるようにと、あかりちゃんが私の手を引いていたのかも。
 言葉はほとんどありません。ただただ、あかりちゃんの心配そうな視線が今にも泣きそうな様子だったので、私はなんだか申し訳なくなってしまいました。
「ごめんねあかりちゃん、何だか、今日は人に心配ばかりかけてる気がするよ」
 そう言って笑い掛けましたが、彼女は笑ってくれませんでした。むしろより一層泣きそうな顔で、ぶんぶんと首を横に振るのです。
「もう、そんな顔することないじゃない。私、全然平気だよ」
 今度は小さく頷いてくれたあかりちゃんでしたが、納得は仕兼ねているのか、そのまま項垂れています。まったく、これじゃあどっちが落ち込んでいるのか分かったものじゃありませんから、私は少しだけ可笑しくなりました。
「ありがとね、あかりちゃん……」
 その時です。私は自分の背中に強烈な邪気を感じ取りました。あかりちゃんもそれを感じたのか、私と同時に振り返ります。そこには――
 煤けたような黒さ――ですが後ろを透かした人影がありました。そう、人影です。強烈な邪気を私達に向けているそれは、当に人影そのものでした。
 輪郭がはっきりとせず、顔や体のパーツはぼやけて判別ができない、そんな人影そのもの。その人影が、私達に向かって走って来ます。
 私は身震いしました。だってそれは、明らかに私達に危害を加えようという態勢だったのです。そしてその邪気は、今日の昼間に感じたモノと同じ!
 なぜ? という疑問を考える隙もありません。私は繋いだ手をぐいと引っ張って叫びました。
「あかりちゃん! 走って!」
 私とあかりちゃんは恐怖に顔を歪めながら走りました。目的地に変更はありません。お店に向かってまっしぐらです。
向けられた邪気があまりにも強過ぎて、ただ逃げるだけでは手に負えないという判断が直ぐにできたのです。そう、助けを求めました。お店にはマスターがいますし邪気払いの札もありますから、きっとなんとかなる、と――。
 ですが人影が追い縋ります。悍ましくも右腕を私達に伸ばしたまま、ものすごいスピードで追い駆けてくるのです。
 怖くて怖くて、気を緩めば足が竦んで動けなくなってしまいそう。ですが火事場の馬鹿力でしょうか? 私達はなんとか走り続けます。そうして店ももう目の前という所だったのですが――ドサッ――という音が聞こえたかと思うと、なんと隣にあかりちゃんがいません。咄嗟に振り返れば、前のめりに転んでいる彼女と、今にも迫り来る人影の姿が――
「あかりちゃん!」
 どんなに怖くたって彼女を放って置くことなどできるはずもありません。私は踵を返して彼女に駆け寄りました。
『駄目だよ紅葉! 逃げて!』
「何言ってるの! 早く立って!」
 そんな遣り取りの間だって、刻一刻と人影が迫ってきます。一瞬だけ見遣れば、もうほとんど、人影は目前でした。
 それを確認して、私は恐怖と焦りでほとんどパニックの状態に――
 嗚呼! どうしたら!
 その時です。私達と人影の間に割って入ってくる存在がありました。なんと猫の宗次郎さんです。宗次郎さんはまるで私達を庇うように背を向けて、人影に対して唸っています。
 やっぱり、この子には怪異が判るんだ――そう思ったのは一瞬で、パニックの中で私は更に前へ、宗次郎さんを抱き上げるつもりで腕を伸ばしました。
 いつも私に優しくしてくれた宗次郎さんですから、たかが猫などと私には割り切れません。この子だって、私にとっては大切な存在なのです。だからそう、パニックの中で私を動かしたのはこの子に対する想い――そこに後先なんて含まれていなかったのです。
 ですから――そうして、
 私が宗次郎さんに伸ばした左手は、
 宗次郎さんの頭上で、
 遂に人影の右腕に、
 捉えられてしまいました。

 すると――

 私の左腕がぱっと大きな光を放ちました。いいえ、私の腕ではなく、私の腕に巻かれた腕時計から、です。その金色の輝きは私の腕に確かな反発力を残して、なんとあの強烈な邪気を、人影を、一瞬で消し飛ばしてしまいまったのです。
 その力はとても強く、私の腕と人影の腕に強力な磁石がそれぞれに付いていたみたい。
 反発し合い、私は大きく後ろに弾けた左手の勢いそのままに仰け反りました。そのまま地面に叩きつけられるかと思ったのですが。私の背は温かなものに優しく支えられ、その両腕に包まれて無事に立った姿のまま事無きを得たのです。
「よかった、保険が役に立ったな」
 私を抱いて支えてくれたのはマスターでした。店ももう目の前という所でしたから、きっと私やあかりちゃんの声を聞いて出てきてくれたのでしょう。
「ま、マスター……保険って、一体――」
「腕時計さ。実は手作りの品でな、無理言って中に護符の切れ端を仕込んでもらっていたんだ。ま、たった一回の使い切りだけどな」
「そうだったんだ……ありがと…」
「いや、無事で良かった」
 緊張が解けた私はそのまま頽れてしまいそうだったので、後ろから回された両腕にしがみ付いて、マスターに尋ねました。
「今の人影、生霊と同じ邪気だった……どうしてか分かる?」
「たぶん…『魔』だな」
「魔?」
「ああ。魔が差す――の『魔』だ。人の心の隙間に憑り付いて悪さをすることがある。邪気が生霊と同じだって言うなら、たぶん、恨みを助長させていたのがあいつだ。本当なら、生霊なんて生む程の恨みじゃなかったのかもしれない。本来生霊にはできないであろう逆手拍手も、あいつがやらせていたんだろうな」
 ああ、なるほどと思いました。坂之上君の話の中で、宮内さんには男同士の友情に水を差すまいとする情が感じられましたから、きっと、本当はとってもいい子なんだろうなと思っていたのです。ですが、魔が差してしまった――その原因について、私には心当たりがありました。それは彼女自身にではなく、彼女の周りにあったのでしょう。
 彼女の友人達です。彼女と親しい女の子たちは「伊藤に罰が当たればいい――」と噂し合っていましたから、それがきっと、魔を呼び寄せてしまった――。
 そして魔は、自分を認識できる私に警告を発していたのでしょう。そう、病院で覗き見られた時です。あの時の邪気も先程同様、酷く威圧的に感じられましたから、邪魔をするな、とそう言っていたのです。
 嗚呼、その魔がこうして仕返しに私を追って来たということは、つまり――
「しかしまぁ、生霊の件は解消したってことだな。魔は女子高生から離れてここへ来た。憑り付く恨みが無くなったってことだ」
 だから、宮内和美さんの姿ではなく、ただの人影でしかなかった――
 私は遂に、堪えていたモノが抑えきれなくなってしまいました。振り返ってマスターの胸に縋り、泣き始めたのです。わぁわぁと、それはもう、子供のように。
 だって、だって――
 あんなに恐ろしい邪気を向けられて、とても怖かったから――と言うのも勿論そうなのですが、それは一番の理由ではありません。そう、魔が私を追ってきたこと――それ自体が意味するところを想って、抑えきれなくなったのです。
 どういう形でかは分かりませんが、それはつまり、坂之上君の想いが宮内さんに通じた結果なのです。彼女の悲しみを、彼が支えてあげられた結果なのです。
 私はそう、今この瞬間に、完全に失恋した――。
 高校生の失恋は大したことない?
 そんなのウソだ。
 嘘っぱちだ――だって私はこんなにも、悲しい。
 そして何よりも、悔しい。
 そう、悔しいのです。
 これは今だからそう感じるのですが、私の恋は、決して叶わないモノではなかったのです。
 坂之上君は私を信頼してくれていました。だから、彼はあんな昔話だって私にしてくれたのでしょう。そこにきっと、チャンスはありました。それは酷く僅かなものかもしれませんが、私がもっとずる賢く相談に乗っていたなら、彼だって私を好きになってくれたかもしれません。
 実際にずる賢くなれるかどうかはこの際別の話です。もしなれるとして、それでも自分はこの結果を招くであろうことが、とっても悔しいのです。
 だって私は、

 自分に自信が、無かった――

 人見知りで、友達がいなくて、妙な体質で、幼児体型で、塩掛け婆で、運動音痴で――
 そんな私が……
 綺麗で、人付き合いの良い宮内さんを差し置いて、彼に好かれるなんてこれっぽっちも思えなかった……。
 それがあんまりにも、悔しい。
 今こうして私を抱き留めてくれているマスターや、一緒に泣きながら、私の背中に額を押し当てているあかりちゃん、足元から私を見守る宗次郎さん、今はいないけれど、翠さんに祐介さん、両親だって――
 私を大切に想ってくれている人がこんなにもいると言うのに、大切にしてもらえている自分自身に、どうして私は自信が持てなかったのでしょう?
 自分を卑下することは、そんな、大好きなみんなへの、酷い裏切りのよう――
 失恋が悲しくて、それを招いた自分が情けなくて、情けない自分がみんなに申し訳なくて――
 私は泣きました。ただただ泣くことしかできませんでした。マスターの作務衣を涙と鼻水で汚しながら、声を立てて泣き続けました。
 マスターはそんな私の頭を、いつものように撫でてくれます。最近は子ども扱いが嫌で鬱陶しく思っていたそれが、今はこんなにも優しくて、暖かい。
 だからでしょうか? 私はいつしか、マスターを昔のように、幼い頃のように呼び続けていました。
 マコにぃ、マコにぃ……ごめんね、マコにぃ……
「嗚呼、ごめんな、紅葉…」
 マスターもなぜか、そんな風に私に謝りました。私にはその言葉が、何もしてやれなくて――という意味に聞こえて、お願いだからそんなこと言わないで――と、言葉にならない想いでした。
 嗚呼、ですから、泣いて、泣いて――いつか誇れる自分になろうと、みんなの想いを大切にできる自分になろうと強く想い、私はまた、泣いたのでした。

                                    ≪――続く≫
前話→『紅葉の失恋』No.7   次話→『紅葉の失恋』No.9


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Posted on 2016/08/01 Mon. 22:21 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅱ

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tag: 小説 
tb: --   cm: 4

コメント

魔が差すっていいますものね。
完全に宮内さんの内面とリンクしていた、
というよりは魔が宮内さんの心に付け入って
魔を増幅させていたのですね。
生霊と宮内さんの間の繋がりがやっと解決できました。
でも事件の解決が恋の終わりだなんて悲しすぎる……
そして本当にもっと悲しかったのは、
紅葉ちゃんがよくも悪くも狡賢く立ち回らなかったのは
自分に自信がなかったから。
うんうん、これが恋なんだと思うんですよ。
「坂之上君と宮内さんのため身を引いたの!」
よりも、ずっと率直さの感じられる、本音のように感じられました。

理屈や綺麗ごとじゃどうにもならない感情にぶち当たって、
紅葉ちゃんは一段と大人になったのかもしれませんね。
紅葉ちゃんの心がどういう方向に動いていくのか楽しみに
お待ちしております。

URL | canaria #-
2016/08/02 13:53 | edit

Re: タイトルなし

>canariaさん
こんばんは!
取り敢えず力技で伏線を回収した回でした。笑
正しく読み取っていただけて嬉しいです^^
『魔が差す』の『魔』をだいぶ広義に考えて登場させた影の怪異でしたー。
(どっかの漫画でも似たような解釈とかあった気がします)

今回は事件解決=失恋という図式の上で、このNo8のシーンがどうしても書きたかったんです。
誠って昔から『マスター』だったわけじゃないよな?という取っ掛かりでw

恋愛の中で「身を引く」っていうのは何となく綺麗な感じしますけど、やっぱそれなりに理由あってだと思うんですよね。
今回は『生霊』も絡みましたが、若い紅葉だからこそ、そこには後悔もめちゃめちゃあるんじゃないかと思いました。
成長した姿はまだ全然書けていないのですが、残り二話に後日譚があるので読んでいただけたら嬉しいです♪

URL | 夢月亭清修 #-
2016/08/02 23:40 | edit

魔が差しちゃったんですね。どんなに普段誠実で優しい人でも、どこかに揺らぎがあって、そこに付け込んで入り込んで来ちゃったのでしょうね。
そして・・・。そんなことが分かった紅葉ちゃん、それでも悲しみが止まりませんよね。
若い頃の失恋なんて…と言われても、本人には本当に辛いこと。そしてそれが自分に自信がないために招いた結果だと思えば、さらに凹んでしまう。
でも今回の紅葉ちゃんの優しさは、たくさんの人を救ったと思うし。大丈夫、君は良い子だよ~って、言ってあげたくなりますね。あ、でもそれはマスターの仕事ですね^^ いっぱい泣いたらそこから虹が出る。 いつか素敵な恋ができますよ♪

URL | lime #GCA3nAmE
2016/08/06 14:57 | edit

Re: タイトルなし

>limeさん
No.8の読了感謝です!

≫あ、でもそれはマスターの仕事ですね^^ いっぱい泣いたらそこから虹が出る。

↑非常に予言的なコメントありがとうございます。笑
僕も「大丈夫、君は良い子だよ~」って伝えたくて、その気持ちを次話であるキャラクターに託しています。
なので次だけ語り部が代わっているのですが、そこに上記のような表現がわんさかw
僕は「虹」ではなく「宝石」と書きました(∩゚∀゚)∩
ぜひチェックしていただけたらと思います♪

URL | 夢月亭清修 #-
2016/08/07 07:38 | edit

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