夢月亭~下手の横好き~

夢月亭清修の小説&バス釣りブログ♪小説の更新情報・小説・釣行記録・その他諸々掲載してます★

小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.9  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.9



 その日の夕方六時、私はいつも通り野良猫達(ストレイキャッツ)の門を潜ります。相変わらず開店準備の整った店内は清掃が行き届いていて、奥の厨房からは仕込みをするマスターの使う包丁の音。トントンと子気味の良いそれを懐かしむように微笑んだのは私ではなく、私の右斜め後ろに浮かんでいる幽霊でした。
『紅葉の言ってた通り、素敵なお店だね』
「でしょ、待ってて、今マスターを呼ぶから――マスター!」
 私の声でマスターが厨房から出てきました。きっと私の声に元気が戻っていたからでしょうか、暖簾を潜るマスターは微笑んでいて、何だか上機嫌に見えました。でも――
「あ」
『あ』
 マスターの微笑みは私の傍にいる幽霊を目撃した途端、何とも言えない表情に変わって固まりました。その表情は驚きのような、でも懐かしむような不思議な顔です。しかしそれ以上に不思議に思えたのは、マスターだけではなく幽霊の方も、マスターと同じように声を発して固まったことでした。
「え、あれ? どうしたの? 二人とも…」
 私の視線が二人の間を何往復か行き交うだけの沈黙はわずか――次の瞬間、幽霊は歓喜の声を上げたのです。
『マ…マ、マ………マコっちーーーー!』
「へ? マコっち?」
 私の疑問など気にもかけない幽霊はマスターに向かって一直線――そしてパチンッ、と鳴ったのはラップ音ではなく二人の両掌が高々と弾きあう、それだけ見れば二人が仲良しなのだと分かるようなハイタッチでした。
『マコっち! マコっちマコっちマコっちじゃん超久しぶり! うわっ、マコっちお髭なんか生やしてるんだオッサン!』
「ははっ、久しぶりだな、あかり」
 マスターのその言葉は私にとって確信を与えるに十分なものでした。カチン――と石のように固まった私の体は、みるみる内に赤い炎を携えて震えはじめます。そう、怒りの炎です。
 私が学校から道連れにしてきた幽霊、城内あかりちゃんが言っていましたよね? 私とお喋りしてくれる子、一人いたもん――って。それが誰だったかなんて、その時はあの状況ですから気にも留めませんでしたけれど、そう言えばマスター、私の先輩に当たる人でもあるのでした。そう、向稜高校の卒業生で――つまり……
「マ、ス、タァァァァァァァァァァ!」
 再会を喜び合う二人が、私の怒鳴り声にこちらを振り向いて慄きます。
『な、なに紅葉……なに怒ってるの?』
「そ、そうだぞ紅葉、もう過ぎたことだ」
 その言葉、「過ぎたことだ」こそいよいよ確信的です。やっぱりマスターは、あかりちゃんのことを知っていて、知り尽くしていながらワザと黙っていたのでしょう。そういえば、公園では「あいつ」呼ばわりしていたような……。
 だから私の怒りもさらに熱を上げ、やはり炎に例えるなら赤から青へ、私の声はトーンを落としてさながら冷静で、体はゆらゆらと二人に近づいていきます。
「なんで……なんで黙ってるの……」
「い、いやほら! 友情ってのは一から育むモノであるからして! 事前情報なんて余計でしかないかな~…なんて…」
 後退さるマスターの胸倉を掴んで極道映画さながらのメンチ(翠さん直伝です)を効かせようとした私の手は、しかし空を切りました。
「あ、やっべ、鍋に火をかけっぱなしだったかな」
 なんて言い逃れで、マスターは厨房へ駈け込んでいきます。すかさず後を追おうと思いましたけれど、その時横から聞こえてきた笑い声があんまり綺麗だったから、私は毒気を抜かれてしまいました。
『ふふふっ』
「? どうかしたの? あかりちゃん」
『ううん、何でも。何かほら、楽しいなって』
 あかりちゃんは素敵な笑顔でそう言いました。いえ、その顔はやっぱり前髪に隠れて見えませんでしたけれど、彼女の素顔を知っている私には何となく想像できたのです。大人びたくせに少女のような、その笑顔が。
 だからその時、この前髪もどうにかならないモノかなぁと私は思案しましたが、それはこの後、直ぐにどうにかなってしまいました。

『紅葉、この店は心臓に悪いね……』
「う、うん…まぁ私はもう慣れっこだけど…ね、ははは……」
 その日の晩の営業を終えて店を出たところで、あかりちゃんはそう言いました。肯定する私の乾いた笑い声はちょっとした強がりで、たぶん今日が野良猫達初体験のあかりちゃんに引けを取らない程心臓をバクバクさせてきたのです。なにせ今日のお客様はあの有名なろくろ首で――。
 長い首を縦横無尽に張り巡らせてお酒を嗜むろくろ首が意外に饒舌で、その首が彼女の笑い声と同調して跳ね回るのです。大笑いの時は本当に大変でした……。
『紅葉はすごいね、毎晩ここで働いているんだもんね』
 そんな風に感嘆を漏らしたあかりちゃんに、私はくすりと笑います。
「ふふ、あかりちゃんだって、これからは毎晩ここに来るんだよ?」
『あ』
 そのことに今更ながら驚いたようなあかりちゃんは、それから少しだけ、恥ずかしそうに頷きました。
『うん…えへへ』
 とっても、嬉し恥ずかしそうに。
 そう、これからの私たちはずっと一緒です。いいえ、ずっとではないかも知れませんが、たぶん、これから三年間は一緒に居続けるのだと思います。地縛霊だったあかりちゃんは、今は私に憑りついた幽霊さんなのです。
『ねぇ紅葉』
「なぁに?」
『楽しい高校生活にしようね』
 なんて言うか、私はその言葉にこう思いました。
 嗚呼、仲間が増えたんだな――って。
 友達がいなくて、でも友達が欲しい、そんな仲間、いいえ、こういう時は、相棒――と言った方がきっと正しい。
 私はあかりちゃんと言う幽霊の相棒を得て、もう一度踏み出します。花の高校生活へと。
 きっと彼女が幽霊であるということが障害になることもあるかと思います。ですが、私たちは同じ気持ちを持つ相棒ですから、繋がった心が、きっとお互いに明かりを灯してくれると信じています。
 私は祐介さんが教えてくれた言葉を思い出していました。
 外灯と言うのはね、人の為に、つけるんだよな――って。
 私は彼女に明かりを灯してあげられるでしょうか? あかりちゃん、貴女は私に、宵闇を照らす外灯を灯してくれますか? きっとそれは、これから試されること。今はただ、彼女の言葉に全力で頷きます。
「うん、一緒に頑張ろうね、あかりちゃん」

 貴女が成仏できるその日まで――ね。

 私達がそうして微笑み合っていると、背中で野良猫達の引き戸がガラガラと音置立てて開かれました。出てきたのは勿論マスターです。
「おお、良かった、まだいたな」
「なぁに? マスター」
「いやちょっとな。あかりに渡したい物があるんだ」
『へ? なになに?』
 マスターは握り込んでいた右手をあかりちゃんの前で開きます。そこには――
『あ、これ……』
 それは二つの、小さ目の白いシュシュでした。どうして男性のマスターがそんな物を? と私は思いましたが、どうやらあかりちゃんには見覚えのある物のようで――
『これ、私が卒業祝いに渡した……』
「ああ。元々はお前の髪を結んでいたシュシュさ。今度は俺から、入学祝いだ」
 これは後から聞いた話ですが、マスターが向稜高校に入学してまず在籍したのが旧校舎の一年D組だったそうです。そこであかりちゃんと知り合い、二人の付き合いはクラスが変わった二年次三年次も続きました。マスターは時折あの旧校舎を訪れては、あかりちゃんとお喋りをしていたそうなのです。
 そして卒業式の日、マスターはあかりちゃんに最後の挨拶をしようと旧校舎に赴きました。そこでわんわん泣くあかりちゃんからこの二つのシュシュを、卒業祝いとして受け取ったそうです。
 これが無いと貞子のように前髪で顔が見えないので、マスターは断ろうと思ったそうですが、『私にはこれしかあげられる物が無いから』と強く言われ最後には受け取ってしまった――とか。
 そう、このシュシュは、元々死者が身に着けていたシュシュ――私とマスターとあかりちゃん、怪異に絡むモノにしか見えないシュシュ。
 今それは、再びあかりちゃんの手に渡りました。
 あかりちゃんは髪を左右に分け、後ろに二本、大きなツインテールを作ってくるりと一周回ります。
『どう? 似合う?』
 慣れた手つきで作られたその髪型は、きっと本来の姿なのでしょう。それでもそう言って尋ねるのは、きっと彼女なりの照れ隠しなのです。
 そうして素顔を晒し、頬を朱に染めて照れているあかりちゃんはとっても可愛くて、私は思わず抱きしめたくなった程。マスターもにっこり笑って「やっぱあかりはこうじゃなきゃな」なんて言っています。
 そしてマスターは――
 ぽん、と私の頭に掌を乗せました。
「頑張ったな、紅葉」
 私の頭をくしゃくしゃと撫で回します。
 これは昔からマスターが私にすることなのですが、最近ではどうにも子供扱いされている気がして恥ずかしいので、私は右手で振り払ってしまいました。
「もうっ、子ども扱いしないでよ! 行こう、あかりちゃん」
『え、ちょっと、あわわ…』
 あかりちゃんの右手を引っ張り、宙に浮いたままの彼女を引き摺るようにしてずんずん歩きます。あかりちゃんの戸惑いもなんのその、です。
『紅葉ぃ、どうかしたの?』
「何でもないよ」
『でも、お顔が赤いよ?』
「……別に、嬉しくなんてないもん…」
『?』
「だから、何でもないってば!」
 ああでもない、こうでもないと言い合いながらの帰り道は、傍から見れば私の独り言です。でも、私には彼女がちゃんと見えています。だからそう、私はこの楽しい帰り道に、初めて視えることを有難く想ったのでした。

                                       ≪――続く≫
前話→『紅葉の相棒』 No.8   次話→『紅葉の相棒』 No.10


にほんブログ村

Posted on 2016/04/17 Sun. 19:42 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tag: 小説 
tb: --   cm: 4

コメント

そっかあ~、マスターとあかりちゃんは知り合いだったのかw

マスターも人が悪い。紅葉ちゃんが怒るのもむりないですw
でも、みんな笑顔になれてよかったです。
ツインテールのあかりちゃん、かわいいんだろうなあ。
このお店で、新たな出会いがあって、恋なんか実ったら・・・それこそ成仏できなくなるかもしれましけど^^

URL | lime #GCA3nAmE
2016/04/20 07:19 | edit

Re: タイトルなし

>limeさん
こんばんは!
そうなんです。知り合いだったんです。笑
人が悪いというか、微妙な親心と言うか、マスターは何を考えているのか分からないところがありまして…
でも、次話はマスターが考えていたことをちょっぴり覗かせて完結となっています^^

ツインテールのあかり、大人びた顔に子供っぽい髪型というのもアリかもしれませんね^^
紅葉曰く可愛いみたいなのでw

あかりに『恋』!!
想像したことも無かったです……そうなったらまずいなぁ…(;´^д^`)ゞ

URL | 夢月亭清修 #-
2016/04/20 23:51 | edit

何と、マコっち・・・知り合いだったのか。
公園のシーンに戻ってあいつ呼ばわりを確認。確かに。
もーマスターったらぁ~。謎めいてます。

ああなんか、紅葉ちゃんとあかりちゃんがすごく良いお友達になれたのが何だか自分のことのように嬉しい。ここで祐介さんの言葉がきいていますね。
紅葉ちゃんの相棒って、最初はマスターの事かと思ったのですが、あかりちゃんのことだったのですね。
あと一話でおわりなんて寂しいなあ・・・

URL | けい #-
2016/05/11 19:49 | edit

Re: タイトルなし

>けいさん
こんばんは!
マスターは非常にずるいというかなんというか……wでも、彼には彼なりの考えがあっての言動をとっているようです^^
次のお話ではこのマスターもお話しますよ♪

あかりが紅葉の灯りになるのかならないのか――書いている僕自身楽しみだったりします。笑
祐介の格言探しの作業が案外楽しいんですよ!僕自身格言大好きで^^

  >あと一話でおわりなんて寂しいなあ・・・

ぎゃあぁっ!これって最高の褒め言葉じゃないですかっ!?
ありがとうございます(*ノ´Д`)ノ
しばらくしたら二話目も更新するのでよろしくお願いします♪
モチベーション上がってきたぁ!w

URL | 夢月亭清修 #-
2016/05/11 22:02 | edit

コメントの投稿

Secret

FC2カウンター

プロフィール

カテゴリ

Twitter

最新記事

月別アーカイブ

最新コメント

ブログ村ランキング(小説)

メールフォーム

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード