夢月亭~下手の横好き~

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.7  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.7



 翌日、学校に向かう足は鈍く、頭の中は彼女のことでいっぱいでした。
 彼女の心を覗き、彼女を知った私に、昨日彼女の背中を見た時のような怒りなど湧いてくるはずもありません。あるのはただただ深い共感と同情のみです。本当に彼女は、私と同じ寂しさを持っていたのですから。
 いいえ、比べてしまえば彼女の方が不運な境遇だったことでしょう。彼女には私にとっての三人のような、心の支えと呼べる人が傍にいなかったのですから。だから、地縛霊になってしまった……。
 私は、すっかり彼女が怖くなくなりました。ですがそれと引き換えに、今度は彼女に何かしてあげなくてはと焦り、苦しむ羽目に。いいえ、たぶん本当は、罪悪感から苦しんでいるだけなのですけれど…。
 ともあれ私はバス停から学校へと続く一本道を辿りながら、取り敢えず昨日のことを謝らなくちゃ、と考えていました。
 しかしこれから行われる朝一番のホームルームで、事態は急展開を迎えてしまうのです。それは私と彼女にとって、まさに青天の霹靂でした。

 掃除用具入れの前で明らかに落ち込んだ様子の体育座りをしている前髪さんを尻目に、私は自分の席に着席しました。やっぱり今日は話し掛けてこないんだな、と思いながら。
 本当は私から話し掛けるべきなのですが、どんな言葉を掛けていいやら見当も付かない私は、人目の無い放課後がいいだろうと自分に言い訳をし、何事もない振りでホームルームの開始を待ちます。
 程なくして始まったホームルームの第一声に柳田先生は言いました。
「おはよう。突然だがこの旧校舎の取り壊しが決まった。来週の木曜日から工事が始まる。したがって、D組は普段あまり使われていない視聴覚室を教室とし、今後はそちらで授業に励んでもらう。水曜日の放課後までに机の中を綺麗にしておくように。何か質問はあるか?」
 たっ――と、私にだけ聞こえる音が教室の隅から聞こえてきました。見なくても分かります。前髪さんが勢い良く立ち上がったのです。たぶん、先生に質問しようとして――ですが、その声が柳田先生に届くはずもありません。
 他の生徒たちはと言うと、突然事務的な口調でそう告げられ、少しの間ポカンとした様子で口を噤んでいました。でも、それは本当にわずかの間――次の瞬間には歓声が上がり、みんな綺麗な本校舎へ移れる喜びを口々に語りはじめました。
「やった! 俺いつか床板踏み抜いちまうんじゃないかって思ってたんだよ!」
「ねぇ、視聴覚室って二年生の教室近いよね? これで竹下先輩に近づけるかも!」
「はぁ、これでやっとここの気味悪さから解放されるってわけだ」
「あ、やっぱそう思ってた? 俺さぁ、一昨日のアレ、やっぱ怪しいなって思ったんだよね」
「私も私も! やっぱあの噂本当なんじゃないかって」
「これで一安心だよ」
「ああ」
「そうね」
 みんな嬉しそうでした。その喜びの中に、前髪さんへの恐怖について語るものが少なからずあり、私の心は居た堪れないような気持ちでいっぱいです。
「静かにしろ!」
 はしゃぐ生徒達を一喝した柳田先生は、それからいくつか注意事項を述べ、颯爽とホームルームを切り上げました。
 一時間目が始まるまでのわずかな時間をお喋りに費やすクラスメイト達の会話は、やっぱり先程と同じ話題で持ちきりです。そんな中私は、左斜め後ろを振り返って彼女の様子を眺めていました。
 彼女がどんな表情をしているのかは分かりませんが、その力なく立ち尽くした様子が胸に苦しくて、私は思わず泣きそうになってしまった程です。
 彼女は右手を軽く上げたまま固まっていました。やっぱり、生徒として先生に質問しようとしていたのでしょう。どうしてここが取り壊されなくてはならないのか、と。ですが声は届きません。届かないと彼女は知っています。知っていて、口を噤みました。そして――
 そして彼女を包んだのは、彼女との決別を喜ぶ生徒達の声………。
 彼女にとってこの旧校舎は憧れの場所だったのに、彼女にとってみんなは、ずっと仲良くなりたかった、みんななのに……。
 彼女を縛るこの校舎が無くなったら、彼女はどうなってしまうのでしょうか………。

 お昼休みになると、私はお弁当を食べるよりも先に走りはじめました。目的は職員室です。今の自分にできることは、これ以外には在り得ないと思って走りました。
 職員室の扉をノックも無しに開いて、勢いよく呼びかけます。
「柳田先生!」
「ほふぅっ!」
 入口から近い席に座っている先生は変な声を上げて驚き、店屋物の天丼、その海老天の尻尾が口からはみ出したまま振り返りました。
「はんははひはわ、あんほほっふしほお(なんだ柿川、ちゃんとノックしろよ)」
「はあっ、はあっ…す、すみません、あの――」
 先生が海老天を咀嚼し終えるのを待ちながら、私も息を整えます。そして――
「旧校舎、どうして無くなっちゃうんですか!」
 質問しました。そう、彼女の代わりに私ができること、それはたったこれだけです。でも知らなくてはなりません。彼女にちゃんと説明してあげられるのは、私だけなのですから。
「みんな喜んでたじゃないか。なのにどうした? そんなに声を荒げるなんて」
「そう、ですけど……あの、その、どうしてかなって…」
 問い返されて直ぐに勢いは萎んでしまいました。旧校舎の取り壊しに対して、私の心の中を埋め尽くしているのは彼女に対する同情の一念ですから、それを上手く説明できるはずもありません。苦し紛れに「あの、私は……旧校舎、結構気に入っていたので…」なんて嘘を吐くより他には無くて……。
 でも、先生は笑ってくれました。
「そうか、そうだな、悪かった、確かに説明不足だったな。よし、ついて来い」
「へ?」
 勢いよく天丼を口に掻き込んで(まだ結構な量が残っていましたが…)、先生は私の手を取り歩きはじめました。
「あ、あの、どちらへ?」
「決まっているだろう、旧校舎だよ」

 先生は私を旧校舎に連れて行きました。いえ、正確には渡り廊下から外に出て、旧校舎の裏側です。
「見ろ、柿川」
 先生は旧校舎の柱を指差します。そこには大きな罅、黒ずんだ木目を右から左へ大きく渡るような罅です。
「先生、これは……」
「見ての通り、罅だ」
「いえ、あの…」
 それは見れば分かると言いそうになりましたが、取り敢えず堪えました。堪えて、その柱を根元から天辺まで見渡します。天辺とは言っても平屋の旧校舎ですから、すぐそこの屋根の辺りまで――そして鈍感な私でも、ようやく事の次第が理解できたのです。ああ、この柱が折れてしまったなら、きっと屋根が落ちてくるに違いない、と。
「何年か前に震災があっただろう?」
「…はい」
 そうなのです。私が中学校一年生の頃、この町は震災に見舞われて結構な被害を被りました。学校が二週間も休みになったので私も良く覚えています。
 町の中央に位置している繁華街などは大したこともなかったのですが、山際に立っていた木造住宅などは半壊や全壊がほとんどで、市の管理していた空地には仮設住宅が立ち並んでいました。それを想えば、この山際に位置する学校の、この旧校舎がこうして立っていることが奇跡のようではありませんか。おそらく、先生もそう言いたいのでしょう。
「本当は今すぐにでも教室を移したいんだが、いろいろとあってな。ちゃんと説明してやれなくて済まなかったが、あんまりちゃんと説明するとみんなが不安がるだろうし、このことは内緒にしてくれ」
「……はい」
 私は萎れて頷きました。本当は反論の一つでもぶつけるくらいの覚悟で職員室に駆け込んだのですが(本当にできるかどうかは兎も角、です)、これでは何も言い返せません。私が守ろうとしているのは死者の気持ちで、学校側は今を生きる生徒達の身の安全を守ろうとしているのです。一体どこに反論の余地があると言うのでしょう。
 旧校舎が無くなる、その確実な未来を、私は受け入れるより他はありませんでした。そしてこのことをどう彼女に告げていいものか、私の心は更に重くなってしまったのです。

                                     ≪――続く≫
前話→『紅葉の相棒』 No.6  次話→『紅葉の相棒』 No.8


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Posted on 2016/04/11 Mon. 02:20 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tag: 小説 
tb: --   cm: 4

コメント

なんと。せっかく謝って関係改善を図ろうとしていた矢先に。
校舎がなくなってしまう。教室がなくなってしまう。それは一大事。
前髪さんの行く末はどうなってしまうのでしょう。

ああでも、校舎もギリギリのところに建っているのですね。
ほんの数日で荷物をまとめなくてはいけない・・・
センセに何かしてもらえないのか? マスターに相談? 

URL | けい #-
2016/05/09 21:54 | edit

Re: タイトルなし

>けいさん
旧校舎が無くなったらどうなってしまうのか――現状の紅葉は漠然とした危機感で動いていますが、次のお話にて詳しく触れています^^
しかしまぁ、木造の旧校舎……きっと耐震設備とか無かったのでしょう……
校舎自体に何かをするというのは、マスターにもセンセイにも難しそうです……

URL | 夢月亭清修 #-
2016/05/09 23:41 | edit

おお……
そうですよね、「地縛霊」というくらいだから、「場所」に縛られるんですよね。
旧校舎は前髪さんにとって居場所でもあったんですね。
死者と生者という違いさえあれど、最早前髪さんと紅葉ちゃんの間に
横たわるものは「人間同士の友達」のそれと変わらないもの
だと思います。
それだけにこの事態が辛く、歯痒いです(;;)

URL | canaria #-
2016/05/20 20:10 | edit

Re: タイトルなし

>canariaさん
こんばんは!
7話目の読了ありがとうございます^^
そうなんです、地縛霊さんなんですよね~……実際旧校舎が無くなったらどうなるのか、については次のお話で触れます^^

まったく仰る通りで、実際に紅葉もあかりのことを『幽霊』ではなく『一個の人格』として考えるようになりました。
そんな紅葉がこの状況に対してどう打って出るのか!期待していただけたら幸いです^^

URL | 夢月亭清修 #-
2016/05/21 00:15 | edit

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