夢月亭~下手の横好き~

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 まとめ  

     小説:紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 まとめ


2016.06.28から2016.08.16まで当ブログで連載致しました小説:紅葉怪奇譚Ⅱ『紅葉の失恋』のまとめ記事になります。

拍手やコメントを下さった皆様に感謝! とっても楽しく更新することが出来ました!

続編、いつか書けたらいいなぁと思っています♪

尚、当作品はお絵かき自由でございます^^挿絵やイメージ画など随時募集しておりますので、もし書いてくださる方がいらっしゃいましたらご連絡ください♪

☆―――――――――☆

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.1~失恋のはじまり、二人の宮内さん~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.2~お前、良い奴なんだな~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.3~晩、ろくろ姐と逆手拍手の話~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.4~お見舞いの約束~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.5~あかり探偵の情報収集と幼馴染の会話~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.6~昏睡した伊藤君の傍には…~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.7~三人の事情と珈琲の味~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.8~解決、完全に失恋した~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.9~祐介の気持ち~

紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』 No.10 (終) ~太郎と握手~

前話はこちら→紅葉怪奇譚Ⅰ 『紅葉の相棒』


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Posted on 2016/08/27 Sat. 22:40 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅱ

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.10  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.10



 翌朝、私は自分の部屋で目を覚ました時に、嗚呼、今日が日曜日で本当に良かったと思いました。なにせ昨日の今日ですから、早速学校へ行って坂之上君に会うなんてできそうもありません。ましてや、宮内さんとのツーショットなんて見せられてしまったなら、きっと泣いて早退したことでしょう。
 私は再びお布団を被り直して、現実逃避の為の二度寝を敢行しました。が、普段から早起きの私には遅いくらいの時間帯でしたから、頭はスッキリと冴え、スッキリとした頭は昨日の出来事を思い出したり、明日の登校を想像して憂鬱を育ててしまいます。
 まったく、どうして私ってこうなんでしょう。いっそ翠さんのようにパーッと遊んでみようかなんて考えもあったのですが、一体何をどうしたら楽しくなれるのか、それさえも思い付かず――。
 寝返りを打つと、すぐ目の前にはあかりちゃんの寝顔がありました。そう言えば彼女、昨晩は「添い寝する!」と言い張って譲らなかったのです。その寝顔があんまり気持ちよさそうに見えたので、ちょっぴり彼女が憎らしくなりました。
「何よ…人の気も知らないで……」
 いいえ、本当は知っているから、添い寝を譲らなかったのでしょう。でもしかし、そんな涎はんぶんのアホづらじゃあ説得力に欠けると言うかなんと言うか……。
 私がそのアホづらの頬っぺたをつつくと、彼女は『う~ん…もぅたべりゃれないよぅ……』と滅茶苦茶ベタな寝言を口にしました。それが少しだけ可笑しくって、だからそう、もう一回押したらどうなるんだろう? と思うのは自然の流れですよね? 実際にもう一度押してみると――
 ピンポーン――と鳴ったのはなんと家の玄関から。なんと、と言うか当然ですけれど、タイミング良く誰かが訪ねてきたみたい。パタパタと玄関に向かうお母さんのスリッパの音が一階から聞こえました。
 それから間もなく、お母さんは大きな声で二階にいる私を呼んだのです。
「紅葉起きてるー? 誠君が来たわよー!」
 なんだ、マスターか、と思ったのは尋ねて来たのが坂之上君だったらどうしようという気持ちがあったから。いいえ、彼は私の家なんて場所も知らないはずですけれど、こんな風に考えてしまうあたり、私自身、引き摺っているなぁと思います。
 ともあれ、何もそんな朝寝坊さんを呼ぶみたいに声を掛けなくてもいいじゃないかお母さん、と私は思いました。まぁ相手がマスターですから、面倒なので寝癖にパジャマ姿のままで玄関に出ちゃうんですけれど……。
 一階に降りると、マスターは珍しく私服姿で玄関に立っていました。最近は作務衣しか見ていなかったので新鮮な気がしたのですが、ジーンズに黒のウィンドブレーカー、黒のワークキャップというその姿は、昔に見たことがあるものでした。
「よ、紅葉、ちょっと付き合え」
「なに? 釣りに行くの?」
「ああ。久しぶりにな」
 そうです。マスターのその姿はお洒落でも何でもなく、ちょっとくらい汚れちゃってもいいかな的な、そういうスタンスの格好なのです。以前というか結構昔のことなのですが、その格好で魚釣りに出かけるマスターを、渋々見送った記憶がありました。その頃の私はまだ小さくて、一生懸命連れて行ってもらえるように頼み込んだのですが、水辺は危ないからと素気無くされたような……。
 それを想えば念願叶ってのお誘いのようですが、いえいえ、今や花の女子高生たる私(本当にそうか? というツッコミは受け付けません)が楽しめる遊びには思えませんでしたから、私はあからさまに嫌そうな顔をしました。しかしマスターはそんな私に全然取り合いません。
「どうせ暇だろ? じゃ、車で待ってるから――」と言ってあっさり玄関を出て行ってしまいました。
 私は溜息を吐いて二階に上がります。そう、着替える為です。なんだよ、結局行くのかよ――と思われてしまいそうですが、そう、結局行くのです。マスターの言動も、それが分かり切っているみたいで嫌になっちゃいます。溜息の一つも吐きたくなるってものです。
 でもまぁ、どうせ暇ですからね。
私はお布団を思い切り引っぺがしてあかりちゃんを起こし、マスターに習って汚れても良さそうな服をクローゼットから取り出します。
『う~ん………あれぇ? もみじぃ……どっか行くの?』
 あかりちゃんはベッドの上で両目を擦りながら私に聞きました。
「そうだよ。マスターが釣りに行こうって。あかりちゃんも行く?」
 釣りが好きと言うわけでもないでしょうに、あかりちゃんは目を輝かせました。
『釣り! 行く行く! 絶対行く!』
 未経験の物事にはなんでも興味津々で食付いてくる彼女です。誘われたこと自体も嬉しかったのでしょう。寝ぼけ眼もどこへやらで、早速いつものテンションになってベッドの上でぴょんぴょん飛び跳ねます。それが下の階へ響いたのか、お母さんがまた大きな声で呼びかけてきました。
「紅葉! うるさーい!」
「ごめーん!」
 私は咄嗟に謝って、あかりちゃんを睨み付けました――――てへぺろじゃないよまったくもうっ。
 黒のレギンスにデニムのショートパンツ、上はグレーのパーカーを着て――あ、このパーカーちょっとだぶだぶだなぁ……ま、いっか――寝癖を直して一階へ、玄関を出ると目の前にマスターの車が止まっていました。
 マスターの車は白の軽トラックです。元酒屋の緑ヶ丘家が配送に使っていた物で、かなりのお古。何度か乗せてもらったことがあるのですが、お世辞にも乗り心地が良いとは言えません。これからどんな場所へ向かうのか分からない私は溜息を一つ、車酔いしないかしら……と思いながらそれに乗り込みました。
「遅いぞ紅葉」
 今にも寝てしまいそうだったと言わんばかりの欠伸をしながらマスターがそう言いました。
「急に尋ねて来たのはそっちじゃない。女の子の準備には時間がかかるの」
「そういうものか?」
「そういうものなの」
「……その割には早かったような…」
「もうっ! いいから早く行こう!」
「はいよ」
『マコっち! おじゃまします!』
「うおっ!」
 憑代から飛び出したあかりちゃんを見て、さすがに怪異慣れしているマスターも驚きました。なにせ二人乗りの軽自動車ですから、突然車内に三人目が現れれば誰だって驚くはずです。あかりちゃんは私の膝の上に座るような形で現れました。
「なんだ、やっぱりお前も一緒かよ」
『あったりまえじゃん!』
「ま、いいけど。じゃ、出発するぞ」
『しゅっぱーつ!』
 動き出した軽トラはいかにも重たげにエンジンを鳴らし、私達を町外れへと導き始めます。
 私は妙にハイテンションなあかりちゃんの重みに耐えながら、横で運転しているマスターを覗き見ました。
 なんだか少し、残念そうな横顔に見えるのは私の気のせいでしょうか?

 辿り着いた先は私の家からひたすら東へ――ただただ広大な田園風景の真ん中を突っ切って、町を囲む山々も目前の場所です。
 私は案の定車酔いして、軽トラを降りるなり膝に手を突いて息していました。なにせ田園風景の真ん中、つまり舗装されていない畦道を長々と渡って来たのです。
「はぁ、はぁ……マスター、新しい車の購入予定は?」
「今の所ないなぁ」
 やっぱりか……と余計に項垂れてしまいます。私が頑張って店の売り上げが伸びたらその気になるでしょうか? いいえ、たぶんマスターなら、壊れるまでこの車に乗ることでしょう。
「っていうか、一体どこで釣りをするの?」
 見れば辺りは見渡す限りの田園です。植えられたばかりの稲がどんぐりの背比べ――後ろには小高い丘があって――ん?
『お~い! 紅葉ぃ! こっちこっち!』
 丘の上からあかりちゃんが手を振っていました。私はひぃひぃ言いながら手も突いてその丘を登ります。すると――
「わっ! すごい!」
 丘――ではありませんでした。登り切ってあかりちゃんの隣に立てば一目瞭然、目の前は河に切り取られたかの山々がそそり立ち、その内で温められていたであろう岩盤を露わにして水の流れる方向を変え、河は、青い空と山の緑を逆さに写す鏡のごとくと澄み渡り、ただ揺ったりと微笑んでいます。
 そう、私が登ったのは丘ではなく、土手。河は土手と山の間を流れ、私の視界は豪華絢爛の自然色に満たされていました。
 所々に見える黄色は山吹が伝える春の調べ――嗚呼、こんな場所が私の町にあっただなんて!
 風が、景色が、こんなにも気持ちいい。先程まで私を苦しめていた車酔いがどこかへ行ってしまったみたい――自然、手を握っていました。隣にいるあかりちゃんの手です。きっと彼女も、この景色に同じような感動を抱いていたことでしょう。
「お~い! 紅葉! あかり! こっちだ!」
 今度は下の方からマスターの呼び声がしました。見れば川縁から伸びる古い木造の桟橋があって、どうやらそこで釣りの準備をしていたみたい。桟橋には、それと同じくらい古そうな渡し船が一隻舫われていました。
 私達も桟橋に降りて、軽くマスターからレクチャーを受けて糸を垂れます。
 渡された竿は一本、私の背よりも長い竹竿に、丸浮と板重り、針には練り餌が付いています。あかりちゃんは早く魚が見たいのか、一生懸命私の浮きを見守っています。
 私はマスターが用意してくれたアウトドア用の小さな折り畳み椅子に腰かけて、のんびりと周囲を見渡しました。
 嗚呼、やっぱり、なんて綺麗な景色なんでしょう。足元を流れる水が、頬をくすぐる風が、私の心を洗い流すかのよう――。先程までベッドで落ち込んでいた自分が、まさかこんな気持ちになるなんて。
 私は隣で同じように糸を垂れているマスターの横顔をそっと覗きました。その顔は至って穏やかそのもので、不安も、悲しい記憶だって影も無く、ただそこに居る、ありのままそこに居ることの――それでいいと物語るかに。
 私は思いました。嗚呼、この人は知っているんだなって。私のことを、とても良く知ってくれている。
 気が付けばマスターの足元には宗次郎さんがいました。軽トラの荷台にでも乗っていたのでしょうか?
 宗次郎さんもあかりちゃんと同じようにマスターの浮きをじっと見つめています。きっとこの子の場合は、魚が食べたいのでしょう。
 嗚呼、みんないるな、と思いました。
 みんながいて、水も空気も綺麗で、空は青くて、雲が白くて、山が雄大で、山吹が可愛くて――これだけ満たされて、私はもう、泣くことなんてできないような気持ちでした。いいえ、明日のことはまだ分かりませんけれど、少なくとも今は――です。
 きっとこの気持ちは、翠さんの言う「だって勿体無いよ!」と同じかもしれませんね。
 こんな素敵な時間は泣いているよりも、笑って過ごした方がずっと気持ち良い。
 私はマスターに微笑みました。
「マコにぃ…」
「ん?」
 ありがとう――そう言おうとしたその瞬間です。
『紅葉! 引いてる引いてる!』
 次の瞬間にはぐいと竿ごと持っていかれるような重みを手に感じ、私は慌てました。
「きゃあ! どどどどうしようこれ! 重い重い重い!」
「かかった! 紅葉、慌てずにゆっくり竿を引くんだ!」
『頑張れ紅葉!』
 私は言われた通り腕に力を、ゆっくりと竿を立てるように引きました。すると浮かび上がってきたのは魚ではなく白い器。あれ? と思う間もなく、器の次は水草のような何か――その何かは器の周りからびっしりと生えているみたいで……。
 感の良い方なら既にお気付きかと思われますが、そう、さらに水から上がってきたのは緑色の肌、そして糸の先を呑みこんだ黄色い嘴。
「ぎゃああああああああああああ!」
 思わず叫んで、私は椅子から転げ落ち尻餅を突きました。
『いよぅ、誠の旦那、分福の野郎から分けてもらった酒、ありゃ美味かったぜぃ。ん? なんだい、見慣れねぇ嬢ちゃんだな。俺ゃ旦那に釣られたつもりだったが、こりゃ失敗失敗――ん? つーか嬢ちゃん、俺っちが見えてる? 見えちゃってるの?』
 商売人のような早い口調でそう捲し立てたのは、初見でそれと分かる程に知っている超有名妖怪、河童でした。
「よう、久しぶりだなー太郎。お前見ると春って感じがするよ。ははは」
『へへへ、水が冷たい時期は俺っちもじっとしてることが多くってさ。まぁぼちぼち店にも顔出す頃合いさね。ん? で嬢ちゃんは何者? ありゃ、宗次郎さんもいるじゃねぇか。んでこっちの幽霊嬢ちゃんは何だい? 知らない顔がずばぁだね。ずばぁ』
 マスターと河童の太郎がにこやかに話す様を見た私は「って知り合いかい!」と突っ込みつつ竿を振り下ろし、桟橋に上がろうとしている河童の器に一撃くれてやりました。
『痛い! なんだいなんだい乱暴な嬢ちゃんだ!』
「もうっ! 台無し!」
 私が初対面の河童に怒っているのが面白いらしく、あかりちゃんはお腹を抱えて笑いました。宗次郎さんは魚を待ちくたびれて欠伸をしています。マスターも、笑っていました。
「お~い!」
 その時土手の上から聞こえてきたのは翠さんの声。振り仰げば、翠さんと祐介さんの姿が。
「お兄ちゃん抜け駆けずる~い! 私達も誘ってよ!」
 二人が手を繋いで――いや、祐介さんの手は翠さんに引っ張られているみたい――土手を下ってきます。
 嗚呼、やっぱり、みんないるな――と私は思いました。そして――
 この幸せの中で、私はきっと、いつか、悲しい記憶に打ち勝つことができるように思ったのです。直ぐではないかもしれませんが、いつかきっと――。
 なにせ私の青春は始まったばかりです。青春に、消化試合など在り得ません。青春はきっと、その全てが青春なのです。
 ともあれ、ともあれ――私は桟橋に腰掛けてバケツの中の練り餌をつまみ食いしようとしている河童を見遣りました。未だ嘴に針を引っ掛けているのが何だか間抜けです。その間抜け面は、今後も慌ただしい日々が続いていくことを、私に想像させました。
 はぁ、と溜息を一つ、そして微笑んで、私は河童の嘴に手を伸ばし、針を外して言いました。
「私は柿川紅葉、お店で働いてるからきっとまた会うね、太郎さん」と――そして、彼に握手を求めました。

     *

 嗚呼、恥ずかしい。どうも恋の絡む話、恋バナはまだまだ苦手です。ましてや自分のことですから尚更……。
 ええ、そんなこんなで、以上が紅葉怪奇譚第二話――紅葉の失恋、でした。私こと柿川紅葉にとって此度の失恋が非常に大きな経験であったことは語るに及ばず(すっかり語り尽くしましたが)、私という殻に罅を入れた出来事であったことは間違いありません。今後は少しでも成長した姿をお見せできればな、と考えている所存です。
 それではこれにて閉幕。案内人は私、柿川紅葉でした。ごきげんよう。

                                      ≪――一旦閉幕≫
前話→『紅葉の失恋』No.9

――閉幕歌≪2016.08.16描き下ろし≫――

 不思議で美しい世界あり

 紙の扉は掌に

 失策も何処かでは傑作と成れり



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Posted on 2016/08/16 Tue. 00:17 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅱ

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.9  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.9



 一応、はじめまして、になるのかな?
 はじめまして、青木祐介です。出しゃばりだとは思うのだけれど、僕にも少し語らせてもらいたい。
 紅葉ちゃんが誠兄さんの胸で泣いている時、実は僕と翠もそこにいたんだ。いや、いたとは言っても二人のすぐそばに立っていたわけじゃない。恥ずかしながら、そんな二人の様子を僕達は覗いていた。そう、お店の中からね。
 元々僕たちは家の二階で寛いでいたのだけれど、突然、外から大きな泣き声が聞こえてきた――一体誰の泣き声だろうと気になって窓を開けたのは翠だ。
「祐ちゃん大変! 紅葉が泣いてるわ!」
 翠がそう言うから僕も驚いたね。え! あの紅葉ちゃんがっ!? って。
 そう、僕達はその泣き声の主が紅葉ちゃんだなんて想像もしていなかった。きっと近所の子供が転んだんだろう――消毒薬あったかな? くらいに思っていたよ。なにせ僕達は、泣いている彼女を見たことが無かったからね。
 それで二人そろってバタバタと階段を駆け下りて、ちょうど翠が店の戸に手を掛けたその時だった。
 気が、変わったんだ――
 僕の気が変わった。本当は直ぐにでも飛び出して、三人で紅葉ちゃんを慰めてやろうなんて思っていたのだけれど、そこで僕は翠の手を掴んで引いた。
「いたっ! ちょ、祐ちゃん何すんのよ! 早く紅葉の所へ行かなくちゃ!」
 ここで引き留めたら殴られるかもな――と正直思ったよ。案の定、僕を振り返った時の翠の睨み顔は滅茶苦茶怖かったしね(極道映画さながらのメンチだ)。邪魔立てするなら祐ちゃんだろうと――! って感じかな。でもね――
 紅葉ちゃんが大好きで、大好きな人の涙を見過ごすような翠でないのは良く解ってはいたけれど、ここはどうしても、僕に付き合ってもらいたかった。
 その想いが通じたわけではないんだろう。でも、彼女は僕を殴ってくることも、僕を睨み続けることもなかった。ただ、訝しそうな顔で一言――
「……なんで、笑ってるのよ」
 僕を問い質した。
 そう、僕は笑っていた。勿論それは満面の笑みなんかじゃなくて、困り笑いに近いような笑い方なのだけれど、翠からは酷く能天気なツラに見えたことだろう。紅葉が泣いているのに、とか、紅葉が心配じゃないの? と、質問の裏にはそんな言葉が聞こえてくるようだったからね。
 勿論僕にだって紅葉ちゃんを心配する気持ちはあった。僕だって、翠に負けないくらい紅葉ちゃんが好きだから。でも――
 今は、兄さんただ一人に泣いていて欲しいと思ったんだ。相手が兄さん一人なら、紅葉ちゃんも心のままに泣けるだろうと、そう思った。
 さっきも言ったけれど、僕達は紅葉ちゃんが泣いているところを見たことが無かった。それはきっと、彼女が僕達に泣いているところを見られまいと努力してきた結果なんだろう。
 泣きたくなるようなことは、きっと沢山あった。
 実際に泣くことだって、きっと沢山あったに違いない。
 でも、見せなかった。
 あの子はね、いつもそう――誰かに心配をかけまいとする。誰かに心配されるとすごく申し訳なさそうにする。昔からそう、そういう子だった。
 でも誠兄さんは、そんなあの子が唯一人泣き顔を見せることのできる特別な相手だ。その兄さんが今、彼女を抱き締めているならそれでいい。それでいいじゃないか――。
 僕達が出しゃばれば、彼女はまた我慢してしまうかもしれないと思ったんだ。あんなに泣く程の悲しみに襲われていて、それを我慢させること程酷いこともないだろう?
 だからね、僕達の出る幕じゃない。
 しかしそうはっきり言うと、兄への嫉妬心とか何もできないことへの悔しさをパワーに変えて、今度こそ翠は僕に襲い掛かってくるかもしれないから、僕は代わりにこう答えた。
「……青春の失策は、壮年の勝利や老年の成功よりも好ましい――」
 これはベンジャミン・ディスレイリィの言葉だ。そう、以前に僕から紅葉ちゃんへ、送った言葉の一つ。
「兄さんに任せておけよ。ただ泣くことが必要なことだってあるさ。僕達はただ、見守ればいい」
 はっきりと、ばっさりとは言わなかったけれど、まぁ実は、ディスレイリィの言う『好ましい――』これこそ僕の本心だった。そう、僕が笑っていた、本当の理由は――。
 泣いている紅葉ちゃんが、嬉しくもあった。ざまぁみろ! なんて思っているわけじゃない。当然だろ?
 泣かないあの子が、涙を見せないあの子が、それでもああして泣いているのだから、そこにはきっと、あの子にとって大切な何かがあったんだろうと思う。その大切な何かと向き合っているから、きっと泣けるのさ。
 ならば泣いてはいても、前に進んでいる。
 もっと大切な何かを、知ろうとしている。
 青春って、きっとそういうモノだろう?
 だからね、その涙は青春の汗――いいや、こんな表現ではどうにも男らしくって愛らしいあの子には似合わないな。そう、涙は彼女を飾る宝石のよう。彼女をを輝かせる、光の粒だ。
 そう想えば、嬉しくないわけがない。
 だから僕達は見守ろう。彼女を甘やかしたがりな心配性の心を押さえて、困ったような笑顔で、輝く彼女を見守ろう。
 きっと今は、それが正しい――。
「でも……」
 そう呟いた翠は何だか泣きそうな顔になって、戸の隙間から二人を見ていた。彼女の背中は震えていて、やはり紅葉ちゃんがどうしても心配らしい。だから僕は、そんな背中をそっと抱き締めて、彼女を習うように戸の隙間から二人を見守った。
 紅葉ちゃんの泣き声は夜空に響いている。わぁわぁと、まるで生まれたての少女のように。
 そんな彼女に、僕はもう一言、送りたくなった。
「泣くほどの青春が、君を大きくする」
「……それは、誰の言葉?」
 紅葉ちゃんの涙に当てられて、静かに泣き始めた翠が僕に尋ねた。僕は恥ずかしげもなく言う。
「僕の言葉さ」
 そんな僕を「………くさっ」と彼女は一蹴した。

                                          ≪――続く≫
前話→『紅葉の失恋』No.8   次話→『紅葉の失恋』No.10


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Posted on 2016/08/09 Tue. 23:53 [edit]

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.8  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.8



 鈍い足をそれでも動かして、私達が向かった先は野良猫達(ストレイキャッツ)です。なぜでしょう? 今日のアルバイトはお休みするつもりだったのですが、私達は確かにお店を目指していました。
 ひょっとしたら、私の気持ちが少しでも紛れるようにと、あかりちゃんが私の手を引いていたのかも。
 言葉はほとんどありません。ただただ、あかりちゃんの心配そうな視線が今にも泣きそうな様子だったので、私はなんだか申し訳なくなってしまいました。
「ごめんねあかりちゃん、何だか、今日は人に心配ばかりかけてる気がするよ」
 そう言って笑い掛けましたが、彼女は笑ってくれませんでした。むしろより一層泣きそうな顔で、ぶんぶんと首を横に振るのです。
「もう、そんな顔することないじゃない。私、全然平気だよ」
 今度は小さく頷いてくれたあかりちゃんでしたが、納得は仕兼ねているのか、そのまま項垂れています。まったく、これじゃあどっちが落ち込んでいるのか分かったものじゃありませんから、私は少しだけ可笑しくなりました。
「ありがとね、あかりちゃん……」
 その時です。私は自分の背中に強烈な邪気を感じ取りました。あかりちゃんもそれを感じたのか、私と同時に振り返ります。そこには――
 煤けたような黒さ――ですが後ろを透かした人影がありました。そう、人影です。強烈な邪気を私達に向けているそれは、当に人影そのものでした。
 輪郭がはっきりとせず、顔や体のパーツはぼやけて判別ができない、そんな人影そのもの。その人影が、私達に向かって走って来ます。
 私は身震いしました。だってそれは、明らかに私達に危害を加えようという態勢だったのです。そしてその邪気は、今日の昼間に感じたモノと同じ!
 なぜ? という疑問を考える隙もありません。私は繋いだ手をぐいと引っ張って叫びました。
「あかりちゃん! 走って!」
 私とあかりちゃんは恐怖に顔を歪めながら走りました。目的地に変更はありません。お店に向かってまっしぐらです。
向けられた邪気があまりにも強過ぎて、ただ逃げるだけでは手に負えないという判断が直ぐにできたのです。そう、助けを求めました。お店にはマスターがいますし邪気払いの札もありますから、きっとなんとかなる、と――。
 ですが人影が追い縋ります。悍ましくも右腕を私達に伸ばしたまま、ものすごいスピードで追い駆けてくるのです。
 怖くて怖くて、気を緩めば足が竦んで動けなくなってしまいそう。ですが火事場の馬鹿力でしょうか? 私達はなんとか走り続けます。そうして店ももう目の前という所だったのですが――ドサッ――という音が聞こえたかと思うと、なんと隣にあかりちゃんがいません。咄嗟に振り返れば、前のめりに転んでいる彼女と、今にも迫り来る人影の姿が――
「あかりちゃん!」
 どんなに怖くたって彼女を放って置くことなどできるはずもありません。私は踵を返して彼女に駆け寄りました。
『駄目だよ紅葉! 逃げて!』
「何言ってるの! 早く立って!」
 そんな遣り取りの間だって、刻一刻と人影が迫ってきます。一瞬だけ見遣れば、もうほとんど、人影は目前でした。
 それを確認して、私は恐怖と焦りでほとんどパニックの状態に――
 嗚呼! どうしたら!
 その時です。私達と人影の間に割って入ってくる存在がありました。なんと猫の宗次郎さんです。宗次郎さんはまるで私達を庇うように背を向けて、人影に対して唸っています。
 やっぱり、この子には怪異が判るんだ――そう思ったのは一瞬で、パニックの中で私は更に前へ、宗次郎さんを抱き上げるつもりで腕を伸ばしました。
 いつも私に優しくしてくれた宗次郎さんですから、たかが猫などと私には割り切れません。この子だって、私にとっては大切な存在なのです。だからそう、パニックの中で私を動かしたのはこの子に対する想い――そこに後先なんて含まれていなかったのです。
 ですから――そうして、
 私が宗次郎さんに伸ばした左手は、
 宗次郎さんの頭上で、
 遂に人影の右腕に、
 捉えられてしまいました。

 すると――

 私の左腕がぱっと大きな光を放ちました。いいえ、私の腕ではなく、私の腕に巻かれた腕時計から、です。その金色の輝きは私の腕に確かな反発力を残して、なんとあの強烈な邪気を、人影を、一瞬で消し飛ばしてしまいまったのです。
 その力はとても強く、私の腕と人影の腕に強力な磁石がそれぞれに付いていたみたい。
 反発し合い、私は大きく後ろに弾けた左手の勢いそのままに仰け反りました。そのまま地面に叩きつけられるかと思ったのですが。私の背は温かなものに優しく支えられ、その両腕に包まれて無事に立った姿のまま事無きを得たのです。
「よかった、保険が役に立ったな」
 私を抱いて支えてくれたのはマスターでした。店ももう目の前という所でしたから、きっと私やあかりちゃんの声を聞いて出てきてくれたのでしょう。
「ま、マスター……保険って、一体――」
「腕時計さ。実は手作りの品でな、無理言って中に護符の切れ端を仕込んでもらっていたんだ。ま、たった一回の使い切りだけどな」
「そうだったんだ……ありがと…」
「いや、無事で良かった」
 緊張が解けた私はそのまま頽れてしまいそうだったので、後ろから回された両腕にしがみ付いて、マスターに尋ねました。
「今の人影、生霊と同じ邪気だった……どうしてか分かる?」
「たぶん…『魔』だな」
「魔?」
「ああ。魔が差す――の『魔』だ。人の心の隙間に憑り付いて悪さをすることがある。邪気が生霊と同じだって言うなら、たぶん、恨みを助長させていたのがあいつだ。本当なら、生霊なんて生む程の恨みじゃなかったのかもしれない。本来生霊にはできないであろう逆手拍手も、あいつがやらせていたんだろうな」
 ああ、なるほどと思いました。坂之上君の話の中で、宮内さんには男同士の友情に水を差すまいとする情が感じられましたから、きっと、本当はとってもいい子なんだろうなと思っていたのです。ですが、魔が差してしまった――その原因について、私には心当たりがありました。それは彼女自身にではなく、彼女の周りにあったのでしょう。
 彼女の友人達です。彼女と親しい女の子たちは「伊藤に罰が当たればいい――」と噂し合っていましたから、それがきっと、魔を呼び寄せてしまった――。
 そして魔は、自分を認識できる私に警告を発していたのでしょう。そう、病院で覗き見られた時です。あの時の邪気も先程同様、酷く威圧的に感じられましたから、邪魔をするな、とそう言っていたのです。
 嗚呼、その魔がこうして仕返しに私を追って来たということは、つまり――
「しかしまぁ、生霊の件は解消したってことだな。魔は女子高生から離れてここへ来た。憑り付く恨みが無くなったってことだ」
 だから、宮内和美さんの姿ではなく、ただの人影でしかなかった――
 私は遂に、堪えていたモノが抑えきれなくなってしまいました。振り返ってマスターの胸に縋り、泣き始めたのです。わぁわぁと、それはもう、子供のように。
 だって、だって――
 あんなに恐ろしい邪気を向けられて、とても怖かったから――と言うのも勿論そうなのですが、それは一番の理由ではありません。そう、魔が私を追ってきたこと――それ自体が意味するところを想って、抑えきれなくなったのです。
 どういう形でかは分かりませんが、それはつまり、坂之上君の想いが宮内さんに通じた結果なのです。彼女の悲しみを、彼が支えてあげられた結果なのです。
 私はそう、今この瞬間に、完全に失恋した――。
 高校生の失恋は大したことない?
 そんなのウソだ。
 嘘っぱちだ――だって私はこんなにも、悲しい。
 そして何よりも、悔しい。
 そう、悔しいのです。
 これは今だからそう感じるのですが、私の恋は、決して叶わないモノではなかったのです。
 坂之上君は私を信頼してくれていました。だから、彼はあんな昔話だって私にしてくれたのでしょう。そこにきっと、チャンスはありました。それは酷く僅かなものかもしれませんが、私がもっとずる賢く相談に乗っていたなら、彼だって私を好きになってくれたかもしれません。
 実際にずる賢くなれるかどうかはこの際別の話です。もしなれるとして、それでも自分はこの結果を招くであろうことが、とっても悔しいのです。
 だって私は、

 自分に自信が、無かった――

 人見知りで、友達がいなくて、妙な体質で、幼児体型で、塩掛け婆で、運動音痴で――
 そんな私が……
 綺麗で、人付き合いの良い宮内さんを差し置いて、彼に好かれるなんてこれっぽっちも思えなかった……。
 それがあんまりにも、悔しい。
 今こうして私を抱き留めてくれているマスターや、一緒に泣きながら、私の背中に額を押し当てているあかりちゃん、足元から私を見守る宗次郎さん、今はいないけれど、翠さんに祐介さん、両親だって――
 私を大切に想ってくれている人がこんなにもいると言うのに、大切にしてもらえている自分自身に、どうして私は自信が持てなかったのでしょう?
 自分を卑下することは、そんな、大好きなみんなへの、酷い裏切りのよう――
 失恋が悲しくて、それを招いた自分が情けなくて、情けない自分がみんなに申し訳なくて――
 私は泣きました。ただただ泣くことしかできませんでした。マスターの作務衣を涙と鼻水で汚しながら、声を立てて泣き続けました。
 マスターはそんな私の頭を、いつものように撫でてくれます。最近は子ども扱いが嫌で鬱陶しく思っていたそれが、今はこんなにも優しくて、暖かい。
 だからでしょうか? 私はいつしか、マスターを昔のように、幼い頃のように呼び続けていました。
 マコにぃ、マコにぃ……ごめんね、マコにぃ……
「嗚呼、ごめんな、紅葉…」
 マスターもなぜか、そんな風に私に謝りました。私にはその言葉が、何もしてやれなくて――という意味に聞こえて、お願いだからそんなこと言わないで――と、言葉にならない想いでした。
 嗚呼、ですから、泣いて、泣いて――いつか誇れる自分になろうと、みんなの想いを大切にできる自分になろうと強く想い、私はまた、泣いたのでした。

                                    ≪――続く≫
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Posted on 2016/08/01 Mon. 22:21 [edit]

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.7  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の失恋』 No.7



 伊藤君の容体の悪さに衝撃を受けた後の坂之上君と、生霊の恐ろしさが依然として尾を引く私の帰り道は、来る時とは一転して静かなものになってしまいました。私は自分の心配までさせてしまったことを一言謝りたかったのですが、意気消沈で下を向いたままの彼になんと声を掛けていいのか分からず、結局二人だんまりの――駅でバスを降りるまで一言だって話せず仕舞いでした。
 ですが、下車して直ぐに彼が口を開きました。
「悪かったな、柿川」
 どうして彼が謝るのでしょう? と私は思いましたが、なるほど、少し考えれば分かることです。私が元気を無くしているのは生霊の邪気に当てられてしまったからなのですが、彼にはそれが分からないのです。ですから、私が塞いでいるのは伊藤君の姿にショックを受けてのことと思っているのでしょう。自分が誘った為に辛い想いをさせたと、そう思っての「悪かったな」――なのです。
「あ、あやまらないで。私の方こそ…ごめん」
「なんで柿川が謝るんだよ?」
「だって、余計な心配…掛けさせちゃったし……本当にごめんなさい…」
 私は深々と頭を下げました。本当に申し訳ないと思ったからです。ですがそんな私の頭の上から聞こえてきたのは、困ったような小さな笑い声でした。
「ははっ、お前って、本当に良い奴なんだな。俺とは大違いだ」
 俺とは大違い――とは、一体どういう意味なのでしょう? 怪訝に思った私が顔を上げて見た彼の顔は、夕暮れ時の逆光の中で、なんだか少し、泣きそうになっているように見えました。
「なぁ柿川、少しだけ、話を聞いてくれないか?」
 そう言って、彼は私を近くの公園に案内し、ベンチに座らせて待っているよう言いました。戻ってきた彼の両手には缶珈琲が二本、それぞれに握られています。
「わりぃ、つい癖で珈琲買っちゃったんだけど、他のが良かったか?」
 私は彼にこれ以上気を使わせるのが申し訳なくて、首をぶんぶん横に振りました。
「だ! 大丈夫! 珈琲、好きだから!」
 本当はちっとも飲み慣れないのですが、正直に言えば彼はもう一度自販機まで行ってしまいそうですし、飲み慣れないからと言って飲めないわけでもないだろうと思い、私は温かいそれを受け取りました。
 この時の私は、少し緊張していたのでしょう。もうだいぶ生霊の恐怖も落ち着いた頃だったのですが、これからどんな話をされるのか分からなかったことと、飲み慣れない大人な飲み物(大げさですけれど)を前にして、気が付くと指が震えていたのです。
 プルトップがなかなか開けられなくて、私はそれに気が付きました。
「貸してごらん」
 手間取っている私を見兼ねたのか、坂之上君は私の手からひょいと缶を取り上げると、あっさりとそれを開けて見せました。
「はい」
「あ、ああ、ありが、と…」
 なんでしょう、私にとっては今が当に理想のシチュエーションかもしれません。好きな人にしてもらう一つ一つは、なんだかすごくスペシャルな気がしました。缶をもう一度受け取る手がさっきよりも震えています。きっと、顔も真っ赤だったかも……。
 この夢心地は私を更なる緊張へと誘いましたが、彼は私の隣に腰を下ろして珈琲を一口飲んだ後に、とても落ち着いた様子で語り始めました。いいえ、ちょっぴり、悲しそうにも見えたのは気のせいでしょうか?
 その話は、私の知らなかった三人――坂之上君と、伊藤君と、そして宮内さんの話でした。
「実は中学の頃、このベンチでよくお喋りしてたんだ。俺と、伊藤と、和美の三人でさ。夜中に家を抜け出して、じゃんけんで負けた奴が三人分の缶珈琲を買って来るのが決まりだった」
 話はそんな風に切り出されました。なるほど、彼の言っていた『癖』はそこに由来するのでしょう。ですがそんなことよりも、私は彼が宮内さんのことを――「和美」と下の名で呼んだことに、ちょっぴり傷付いていました。私以外の女の子を親しげに呼ばないで欲しいと、それは恋する心ゆえに芽生えた気持ちで、まるでさっきまでの夢心地が曇ってしまったみたい……。
「元々俺達三人は家が近くてさ、幼馴染だった。でも中学は別になっちまったんだ。それは俺んちが、俺が小6の頃引っ越したからなんだよ。遠くに引っ越したわけじゃないんだけど、まぁ元々が借家住まいだったから、両親にとっちゃ夢のマイホームってわけでさ、学区が変わったんだ。で、お前と同じ中学に入学した。けどまぁさっきも言ったことだけど、それでも家はそこそこ近いわけだしな。夜中にここに集まってお喋りしてたんだ。
「そんで中学二年の頃だったかな。伊藤と和美が付き合い始めたんだよ。その報告もここで聞いた。その時の俺、すげぇ頑張ったんだぜ? 精一杯嬉しそうな顔してさ、自棄みたいにはしゃいで、じゃあ今日の缶珈琲はじゃんけん無しで俺が買うわ! なんて言って自販機まで走ったよ。そんで二人に缶珈琲渡して、たまには二人でいい感じに楽しんでろよ、とかなんとか、目一杯からかって家に帰った。とぼとぼ一人で歩いてたら、泣けてきたね。
「その時やっと気が付いたんだよな。嗚呼、俺も和美のこと好きだったんじゃねぇか――って。
「変な気分だったよ。嬉しいって気持ちもあったんだ。だって仲の良い二人が幸せなんだって思ったら、こんなに良いことはないような気もしたし、でもやっぱり、あいつの隣は俺が良かったとも思うしさ、もし俺が同じ中学に通えてたら――とも考えたね。まぁ、在り得ないんだけど……。
「それからはここに集まることも無くなった。まぁあの二人は来てたのかもしれないけど、俺が行かなくなったんだ。なんか、俺が行くことで変な空気にしちゃったら嫌だったしな。だからあいつらと会うことも無くなった。でも――」
 でも――その先はきっと、今に繋がるのだと直ぐに分かりました。だって、三人は今同じクラスに在籍しているのです。私は想像の中で、再会を喜び合う三人を思い描きました。その想像の中で、彼、坂之上君は一番の笑顔で二人と向かい合っています。それはきっと、一生懸命な作り笑いで……。
「また同じクラスになっちまった。一年半前を思い出すような気持だったよ。嬉しいような、悲しいような……。でも時間も経ってたし、前よりはかなり落ち着いて二人を見れたと思う。これからはまた親友として、二人と時間を過ごしたいなって思ったんだ。でも、そうはいかなくなった――あの二人が、まさかあんなにあっけなく別れるだなんて想像もしてなかった。
「別れたことは、和美から聞いた。すごく悔しそうな顔で言ってたよ。フラれた――って。どうしてフラれたかまでは教えてくれなかったけど……」
「あのさ、それを聞いた時の俺がどんな気持ちだったか、想像できるか?」
 ここで坂之上君は私に話を振ってきました。私は首を横に振ります。いいえ、想像できなかったからそうしたわけではありません。私は――そう、その先を聞くのが、怖かったのです。
「俺、嬉しかったんだ。まだ自分にもチャンスがあるんだって思った」
 そう、つまりは――
「俺は、今でも和美が好きなんだ」
 曇った夢心地も、もう今は跡形もありません。粉々に砕けたそれは、風が攫うでもなく、ただただ心の底に重く沈殿したかのよう。
「それをもう一度自覚した。自覚して、直ぐに気が重くなった。だってさ、二人の幸せを喜ぶ自分なんて、その瞬間はどこにもいなかったから……結局俺は、自分のことしか考えてなかったんだ。俺はそれが、許せない…」
 本当に悔しそうな、悲しそうな表情で彼はそう言いました。きっと、綺麗ごとでもなんでもなく、本当にそうなのでしょう。彼は宮内さんを強く想ってはいても、同じくらい三人でいることを大切にしていた。本当は以前のように三人で笑いたいのに、それができない今、自分だけ笑うことに抵抗があるのです。目の前には、確かなチャンスがあるのに……。
「まして伊藤があんな状態だろ? なのに俺、自分がこんなことに悩んでるのが馬鹿みたいで………どうしていいのか、分からなくなっちまった……」
 彼は最後にそう呟くなり、下を見て黙ってしまいました。
 私は重く沈んだ心で、彼になんて声を掛けたらいいのでしょう? よりにもよって、なぜ私にそんな話を? と、暗い気持ちは不満ばかりを喉元にまで押し上げてきます。嗚呼、でも彼は、今私の言葉を待っているのです。彼のことが好きな、こんな、私の言葉を………。
 その時私の心に浮かんできたのは、昨晩聞いたばかりの翠さんの言葉――「もういっそのこと新しい恋をしちゃえばいいんだよ」という、昨日は在り得ないと思ったそれでした。
 そうそれは、私にではなく、彼女に――
 私は立ち上がって、項垂れている坂之上君の背中を思いっ切り平手で叩きました。バシンッ――と良い音が、私たち以外に誰もいない公園内に響き渡ります。
「痛っ!」
 驚いた彼は目を丸くして私に振り向きます。一体何が起こったんだ? と言いたそうな顔でした。それもそうでしょう。私がまさか平手打ちするなんて、想像もしなかったことでしょうから。いいえ、私だって、自分がそんな風に彼に接することがあるだなんて、思ってもみなかったのです。ただ――痛くて当たり前、私はその平手の中に、とても大きな気持ちを込めていました。そして――
「それでいいの!?」
 私は叫びました。自分でも吃驚するくらい、強く――
「……今一番、宮内さんのことを支えてあげられるのは、坂之上君、でしょ? 伊藤君があんななんだから、尚更――」
 その時の彼は少し、はっとしたような表情でした。そして私から目を逸らして何かを思い出すような顔付になったのです。きっと、先程言っていた「悔しそうな顔」かも――いいえ、きっと本当は、悔しくて、悲しい泣き顔だったのかも。
「それにね――」
 私は畳み掛けます。話しから察するに、彼が知らないであろう事実を――。
「伊藤君には、もう別の恋人が、いるみたいだよ」
 彼は目を閉じました。その意味を、噛みしめているみたいに――。ひょっとしたら、その事実について彼は薄々気が付いていたのかもしれません。ただ、認めたくなかった――。
 それを突き付けた私は、ひょっとしたらある意味で酷く残酷なことを彼にしたのかもしれません。だってそれは、宮内さんが彼に黙っていたこと。きっと二人の仲を慮って、彼女が敢えて言わなかったことでしょうから……。
 坂之上君は立ち上がって、私に向き直りました。そして――とっても素敵な笑顔でこう言ったのです。
「ありがとう。やっぱりお前、良い奴だな」
 つい数日前には喜べたその言葉が、今はとても辛い。だって私は、あなたの恋人になりたかった――良い奴止まりでは、いられなかったのに……。
「じゃあ、行ってくるよ」
 彼は私に背を向けてそう言いました。その背中に、私が縋るような想いで手を伸ばしたことに、彼は気が付いたでしょうか?
「どこへ……行くの?」
「和美の家」
 そうして、私は走り去る彼の背中を見届けました。その背中がとても遠くて、一人きりの公園が突然、寂しさを私に突き付けてきたかのような――。
 気が付けば、外灯が灯る程に夜は訪れていました。
 嗚呼、私も帰らなきゃな……なんて心では思うのですが、足が進みません。
 そうしてしばらく立ち尽くしていると、私の左手をそっと握ってくれる人影がありました。
『私には良く解らないけど……本当に良かったの? これで…』
 それは家で強制的に留守番をしているはずのあかりちゃんでした。
 これは後で聞いた話ですが、実は彼女、私の隙を突いて自分の憑代をこっそり私のバッグに忍ばせていたのです。なんという出歯亀根性かと呆れるような話ですが、この時の私には彼女を怒るような元気があるはずもなく、そっとその手を握り返しました。
「いいに、決まってるよ……」
 そう、呟いたのです。
 右手にある缶珈琲はすっかり冷えていて、私はようやくそれを口にしましたが、味なんて、分かるはずもなく――
「……珈琲って、苦いんだね、あかりちゃん……」

                                       ≪――続く≫
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Posted on 2016/07/28 Thu. 21:49 [edit]

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