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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 まとめ  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 まとめ


2016.03.17から2016.04.21まで当ブログで連載致しました小説:紅葉怪奇譚『紅葉の相棒』のまとめ記事になります。

拍手やコメントを下さった皆様に感謝! とっても楽しく更新することが出来ました!

これを励みに、紅葉怪奇譚は第ニ話目も更新する予定ですのでどうぞよろしくお願いします。

尚、当作品はお絵かき自由でございます^^挿絵やイメージ画など随時募集しておりますので、もし書いてくださる方がいらっしゃいましたらご連絡ください♪

本当にありがとうございました!

☆―――――――――☆

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.1~はじめまして、柿川紅葉です~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.2~祐介と外灯~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.3~旧校舎の前髪さん、踊る~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.4~ストレイキャッツのアルバイト~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.5~晩と先生のアドバイス~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.6~地縛霊の本心~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.7~旧校舎の罅~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.8~最初の友達は幽霊!?~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.9~二つの小さな白いシュシュ~

紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.10(終)~誠と道子と白い靄~

続編はこちらです→紅葉怪奇譚Ⅱ 『紅葉の失恋』


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Posted on 2016/04/22 Fri. 17:06 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.10  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.10



「いってきまーす…」
『いってきまーす!』
 二つ重なった声は、私のお母さんには唯一つのそれ。返す「いってらっしゃい」の声も勿論私に向けられたもの。ですが自分にも返事が貰えているようだと感じるのか、あかりちゃんは嬉しそうです。
 そして、元気いっぱいなのです。
『紅葉、今日も学校楽しみだね!』
「そう? 私眠いんだけど…」
『もう、夜更かしするからだよ』
「………」
 夜更かししていたのは私ではなく、あかりちゃんの方なのに……と思いながら、私は軽く彼女を睨みました。
 時代を跨いで家に帰るという経験をした彼女は、今じゃすっかりテレビゲーム好きです。家にある見慣れない機器には興味津々で、中でも強く興味を示したのがそれ。試しに一緒にプレイしてみたところ、これが見事にハマってしまいまして…。
 だから昨晩も、あかりちゃんは徹夜でテレビ画面に噛り付き、私は画面の明かりやら音声で寝付くことができず――だったのです。なのにこのテンションの違いは何なのでしょう? 幽霊は疲れ知らずなのでしょうか?
 さらに、それだけではありません。ここ数日のあかりちゃんのテンションは、夜になるたびハイなのです。まるでどこかの修学旅行の夜さながらで、枕を投げたり、削り取った木片の中から眠りの際で話し掛けてきたりと、私の日常をエンジョイしまくっています。
 おかげさまで私はすっかり寝不足に……。
『紅葉! 桜綺麗だよ! ほらほら! もうすっかり春なんだね!』
「うん…」
 私の通学路だってすっかり覚えた彼女は、ふわふわ浮きあがりながら私の前を進んで行きます。確かに見上げれば、満開の桜は目の覚めるような美しさで――その時でした。
『ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
 前をゆくあかりちゃんから叫び声が上がったのです。見れば彼女の前には行く手を遮る異形の黒き姿――そう、塊がいたのです。私はハッとしました。
「あ……ここって……」
 振り返って見れば、そこにはすっかり通り越してしまった南十字が……。
 何となくあかりちゃんに付いて行って、何となく桜を見上げている隙に通り過ぎてしまったみたいです。
 嗚呼、またやってしまいました…。私はあかりちゃんの手を取って走り出します。駅とは真逆の方向へ――です。
『紅葉! あれ何!』
「捕まっちゃ駄目なヤツ!」
 あかりちゃんも地に降りて走りはじめます。そのスピードは私といい勝負で、どうやら、あかりちゃんも運動は苦手だったみたいです。
 私が振り向いて塊の位置を確認すると、まだ距離は開けていません。いいえ、なんだか塊は、いつもより動きが速い気がします。なんだかこう、いつもより頑張っている……ような?
 まさか――
「大好物がたくさん! ってことなの!?」
『何? 何か言った!?』
「もうっ! もう知らない! あかりちゃんのバカ!」
 寝不足なんてまるで言い訳にできない逃走劇が始まってしまいました。果たして私たち、今日は無事に登校できるのでしょうか?
 まるでここ数日の疲れにトドメを刺しに来たかのこの出来事の最中、私の心にはちょっぴりの後悔が芽生えています。嗚呼、私、早まったのかな――なんて。
 そんな私の心なんて露知らずのあかりちゃんは、走りながら笑い出しました。
『あははっ! こういうのも楽しいかも!』
「全然楽しくないっ!」
 笑顔の幽霊と泣き顔の私は、住宅街を全力で駆け抜けます。嗚呼、まったく、これから先の高校生活が思いやられるようで、私のこの気持ちを言葉にするなら「ちくしょう」――なんだと思います。それでもやっぱり、あかりちゃんは能天気なもので――
『紅葉といると楽しいことばっかりだね! 私、紅葉がだーいすき!』
 なんて、走りながら言っています。
「そんな場合じゃないんだってばーーっ!」
 走って、走って、離れがたい私達はどこへ向かっているのでしょう? 青天の空はどこまでも高く、視界は揺れども明朗なり。
 私達の高校生活は、まだ、始まったばかりです。

 以上が紅葉怪奇譚の第一話、紅葉の相棒――でした。拙い語り部で大変申し訳ありませんでしたが、皆様、お楽しみいただけたでしょうか? あかりちゃんと出会い、私、柿川紅葉の青春は幕を開けます。いわゆる序章、とでも言いましょうか、どうぞ今後とも御贔屓に。ではでは、案内人は私、柿川紅葉でした。ごきげんよう。

     *

 幕を下ろした後に登場するのは気が引けるが――初めまして、野良猫達のマスターこと、緑ヶ丘誠です。
 いやいや、拙いにも程がある、と言うものさ。なんたってこの物語には穴が多すぎるな。だから少しだけ補足と言うか、後日譚というか、俺がちょっぴり出しゃばろうと思う。過保護だなんて言わないでくれよ?
 これは紅葉とあかりが一緒に過ごすようになって暫くしてからの、俺と柳田の会話なんだが――柳田、分かるか? 紅葉の担任の柳田道子さ。
 あいつが俺と同じ二十七歳だって気付いていたかい? そう、同級生なのさ、向稜高校のな。三年間同じクラスだった。つまりあいつも旧校舎に一年間いたわけ、一年D組の生徒として。しかもだ、あいつ、霊感があるんだよ。俺や紅葉のようにはっきりと見えるわけじゃないんだが……あいつはあかりのことを白い靄のような――とそう知覚していたらしい。その靄と会話しているところを見られちまったのが、俺とあいつの縁の始まりだった。
 まあその辺の下りはまた別の話であるからして、ここでは割愛しよう。
 紅葉とあかりが仲良くなって数日してから、俺はあいつに電話を掛けた。礼が言いたくってな。晩の営業の後だったから、もう寝ているかとも思ったけれど、きっちり二回のコール音の後で明朗な声が返ってきた。「はい、柳田です」ってな。
「よ、元気か?」
「なんだよ、こんな夜中に」
「ありがとな、柳田」
「ん? ああ、柿川のことか」
「そう、ちゃんとアドバイスしてくれたみたいじゃないか」
「まぁな。意味不明だから、妙に恥ずかしかったぞ。なんだよ、触れてみろって」
「ははっ、まぁそう言うなって。結構大事なことだったんだ。それに、俺が言っても聞かないことだってあるしな」
「ふぅん、それは今柿川に纏わり付いている白い靄と関係があるのか?」
「ああ」
「いいのか? 憑り付かれるっていうのは、あんな状態のことなんだろう?」
「いいんだよ。まぁ正確に言うなら、憑り付かれるって状態とはちょっと違う」
「?」
「旧校舎にいた地縛霊は、城内あかりは、紅葉の持つ憑代に憑いている」
「憑代?」
「旧校舎の床板、ちょっと失敬したみたいだぜ?」
 ここで柳田は溜息を吐いた。どうやら床に新しくできた凹みに躓きかけたらしい。
「それであんな妙な削り傷ができていたのか……まぁもう取り壊しも始まっているし、別にいいけどさ。しかし、地縛霊を憑代に移すなんて、できることなのか?」
「いいや、紅葉ならでは――だな。あいつはちょっと特別なんだよ」
「へぇ。そんな風には見えないけど…」
「しかしまぁ、あの旧校舎がついに――か」
「なんだ? 寂しいのか?」
「ちょっとだけ、な。色々と思い出もあるし、お前だってそうだろう?」
「……まぁ、な」
「最後に見に行けば良かったと思ってる」
「……それには及ばないさ。お前が御執心の柿川が、あの白い靄と一緒に眺めていたよ。ほんの一週間ちょっといただけの建物だってのに、随分と寂しそうな背中だった」
「……そうか。ははっ」
「なんで笑うんだ?」
「ん? なんでかな。紅葉らしいって思ってさ」
 その背中に現れていたのは、たぶん、紅葉本人の寂しさではないと思ったんだ。あかりの寂しさに、きっと共感していたんだと思う。あいつはそういう子だ。そういう、心の通う子なんだ。
「そういえば、柿川が授業中に妙なツッコミを決めていたんだが、何か知ってるか?」
 そこで俺は大笑いしたね。俺にとっては今回の話の一番面白いところさ。
「なんだよ、笑ってないで教えろよ」
「あかりが踊ったらしい」
「なにを?」
「でもそんなの関係ねぇ! って」
「ああ、それで小島ね」
「いや実はさ、最近流行の芸人ってヤツを俺が教えたのさ。在学中にな」
「へぇ。そりゃ柿川もいい迷惑だ。顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた」
「ああ。目に浮かぶようだ」
「相変わらず、嫌な奴なんだな、お前は」
「言うなって」
 それから俺達は適当に雑談した。どこそこの店屋物が美味いとか、俺の店の話とか、あとは昔の思い出話しとか。で、良い時間だしそろそろ長電話も頃合いかなって折に、柳田が言ったんだ。「ありがとな――」って。
「なんでお前が礼を言うんだよ?」
「いや……なんとなく、な」
 あいつはこういう理由を細かく説明するようなヤツじゃない。でも、俺にもなんとなく分かったんだ。たぶん、本当に礼を言いたい相手は俺じゃない。紅葉さ。紅葉の寂しそうな背中が、嬉しかったのさ。
 俺達にとっては思い出ある旧校舎だから、やっぱり無くなるのは寂しいってもんさ。でも、今在学している生徒は喜ぶもんだろう? 綺麗な教室に行ける――って。
 教師は生徒と同じ立場にはなれない。でも、心の中には共感して欲しいことだってたくさんある。思い出深い事なら尚更だ。だから、嬉しかった――。
「お前も相変わらず、素直じゃないんだな」
「……ほっとけよ」
「じゃあな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 まぁ紅葉のいない所でこんな電話のやり取りがあったわけなんだが、補足後日譚もこんなものかな? 
 さて、紅葉怪奇譚第一話、これにて今度こそ閉幕だ。じゃあな、また会おうぜ。

                                        ≪――一旦閉幕≫
前話→『紅葉の相棒』 No.9  最初から読む→『紅葉の相棒』 No.1

――閉幕歌(2016.04.21書き下ろし)――

 快晴歩む子らに歓声を

 完成は遠く

 語り部は反省を


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Posted on 2016/04/21 Thu. 01:12 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.9  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.9



 その日の夕方六時、私はいつも通り野良猫達(ストレイキャッツ)の門を潜ります。相変わらず開店準備の整った店内は清掃が行き届いていて、奥の厨房からは仕込みをするマスターの使う包丁の音。トントンと子気味の良いそれを懐かしむように微笑んだのは私ではなく、私の右斜め後ろに浮かんでいる幽霊でした。
『紅葉の言ってた通り、素敵なお店だね』
「でしょ、待ってて、今マスターを呼ぶから――マスター!」
 私の声でマスターが厨房から出てきました。きっと私の声に元気が戻っていたからでしょうか、暖簾を潜るマスターは微笑んでいて、何だか上機嫌に見えました。でも――
「あ」
『あ』
 マスターの微笑みは私の傍にいる幽霊を目撃した途端、何とも言えない表情に変わって固まりました。その表情は驚きのような、でも懐かしむような不思議な顔です。しかしそれ以上に不思議に思えたのは、マスターだけではなく幽霊の方も、マスターと同じように声を発して固まったことでした。
「え、あれ? どうしたの? 二人とも…」
 私の視線が二人の間を何往復か行き交うだけの沈黙はわずか――次の瞬間、幽霊は歓喜の声を上げたのです。
『マ…マ、マ………マコっちーーーー!』
「へ? マコっち?」
 私の疑問など気にもかけない幽霊はマスターに向かって一直線――そしてパチンッ、と鳴ったのはラップ音ではなく二人の両掌が高々と弾きあう、それだけ見れば二人が仲良しなのだと分かるようなハイタッチでした。
『マコっち! マコっちマコっちマコっちじゃん超久しぶり! うわっ、マコっちお髭なんか生やしてるんだオッサン!』
「ははっ、久しぶりだな、あかり」
 マスターのその言葉は私にとって確信を与えるに十分なものでした。カチン――と石のように固まった私の体は、みるみる内に赤い炎を携えて震えはじめます。そう、怒りの炎です。
 私が学校から道連れにしてきた幽霊、城内あかりちゃんが言っていましたよね? 私とお喋りしてくれる子、一人いたもん――って。それが誰だったかなんて、その時はあの状況ですから気にも留めませんでしたけれど、そう言えばマスター、私の先輩に当たる人でもあるのでした。そう、向稜高校の卒業生で――つまり……
「マ、ス、タァァァァァァァァァァ!」
 再会を喜び合う二人が、私の怒鳴り声にこちらを振り向いて慄きます。
『な、なに紅葉……なに怒ってるの?』
「そ、そうだぞ紅葉、もう過ぎたことだ」
 その言葉、「過ぎたことだ」こそいよいよ確信的です。やっぱりマスターは、あかりちゃんのことを知っていて、知り尽くしていながらワザと黙っていたのでしょう。そういえば、公園では「あいつ」呼ばわりしていたような……。
 だから私の怒りもさらに熱を上げ、やはり炎に例えるなら赤から青へ、私の声はトーンを落としてさながら冷静で、体はゆらゆらと二人に近づいていきます。
「なんで……なんで黙ってるの……」
「い、いやほら! 友情ってのは一から育むモノであるからして! 事前情報なんて余計でしかないかな~…なんて…」
 後退さるマスターの胸倉を掴んで極道映画さながらのメンチ(翠さん直伝です)を効かせようとした私の手は、しかし空を切りました。
「あ、やっべ、鍋に火をかけっぱなしだったかな」
 なんて言い逃れで、マスターは厨房へ駈け込んでいきます。すかさず後を追おうと思いましたけれど、その時横から聞こえてきた笑い声があんまり綺麗だったから、私は毒気を抜かれてしまいました。
『ふふふっ』
「? どうかしたの? あかりちゃん」
『ううん、何でも。何かほら、楽しいなって』
 あかりちゃんは素敵な笑顔でそう言いました。いえ、その顔はやっぱり前髪に隠れて見えませんでしたけれど、彼女の素顔を知っている私には何となく想像できたのです。大人びたくせに少女のような、その笑顔が。
 だからその時、この前髪もどうにかならないモノかなぁと私は思案しましたが、それはこの後、直ぐにどうにかなってしまいました。

『紅葉、この店は心臓に悪いね……』
「う、うん…まぁ私はもう慣れっこだけど…ね、ははは……」
 その日の晩の営業を終えて店を出たところで、あかりちゃんはそう言いました。肯定する私の乾いた笑い声はちょっとした強がりで、たぶん今日が野良猫達初体験のあかりちゃんに引けを取らない程心臓をバクバクさせてきたのです。なにせ今日のお客様はあの有名なろくろ首で――。
 長い首を縦横無尽に張り巡らせてお酒を嗜むろくろ首が意外に饒舌で、その首が彼女の笑い声と同調して跳ね回るのです。大笑いの時は本当に大変でした……。
『紅葉はすごいね、毎晩ここで働いているんだもんね』
 そんな風に感嘆を漏らしたあかりちゃんに、私はくすりと笑います。
「ふふ、あかりちゃんだって、これからは毎晩ここに来るんだよ?」
『あ』
 そのことに今更ながら驚いたようなあかりちゃんは、それから少しだけ、恥ずかしそうに頷きました。
『うん…えへへ』
 とっても、嬉し恥ずかしそうに。
 そう、これからの私たちはずっと一緒です。いいえ、ずっとではないかも知れませんが、たぶん、これから三年間は一緒に居続けるのだと思います。地縛霊だったあかりちゃんは、今は私に憑りついた幽霊さんなのです。
『ねぇ紅葉』
「なぁに?」
『楽しい高校生活にしようね』
 なんて言うか、私はその言葉にこう思いました。
 嗚呼、仲間が増えたんだな――って。
 友達がいなくて、でも友達が欲しい、そんな仲間、いいえ、こういう時は、相棒――と言った方がきっと正しい。
 私はあかりちゃんと言う幽霊の相棒を得て、もう一度踏み出します。花の高校生活へと。
 きっと彼女が幽霊であるということが障害になることもあるかと思います。ですが、私たちは同じ気持ちを持つ相棒ですから、繋がった心が、きっとお互いに明かりを灯してくれると信じています。
 私は祐介さんが教えてくれた言葉を思い出していました。
 外灯と言うのはね、人の為に、つけるんだよな――って。
 私は彼女に明かりを灯してあげられるでしょうか? あかりちゃん、貴女は私に、宵闇を照らす外灯を灯してくれますか? きっとそれは、これから試されること。今はただ、彼女の言葉に全力で頷きます。
「うん、一緒に頑張ろうね、あかりちゃん」

 貴女が成仏できるその日まで――ね。

 私達がそうして微笑み合っていると、背中で野良猫達の引き戸がガラガラと音置立てて開かれました。出てきたのは勿論マスターです。
「おお、良かった、まだいたな」
「なぁに? マスター」
「いやちょっとな。あかりに渡したい物があるんだ」
『へ? なになに?』
 マスターは握り込んでいた右手をあかりちゃんの前で開きます。そこには――
『あ、これ……』
 それは二つの、小さ目の白いシュシュでした。どうして男性のマスターがそんな物を? と私は思いましたが、どうやらあかりちゃんには見覚えのある物のようで――
『これ、私が卒業祝いに渡した……』
「ああ。元々はお前の髪を結んでいたシュシュさ。今度は俺から、入学祝いだ」
 これは後から聞いた話ですが、マスターが向稜高校に入学してまず在籍したのが旧校舎の一年D組だったそうです。そこであかりちゃんと知り合い、二人の付き合いはクラスが変わった二年次三年次も続きました。マスターは時折あの旧校舎を訪れては、あかりちゃんとお喋りをしていたそうなのです。
 そして卒業式の日、マスターはあかりちゃんに最後の挨拶をしようと旧校舎に赴きました。そこでわんわん泣くあかりちゃんからこの二つのシュシュを、卒業祝いとして受け取ったそうです。
 これが無いと貞子のように前髪で顔が見えないので、マスターは断ろうと思ったそうですが、『私にはこれしかあげられる物が無いから』と強く言われ最後には受け取ってしまった――とか。
 そう、このシュシュは、元々死者が身に着けていたシュシュ――私とマスターとあかりちゃん、怪異に絡むモノにしか見えないシュシュ。
 今それは、再びあかりちゃんの手に渡りました。
 あかりちゃんは髪を左右に分け、後ろに二本、大きなツインテールを作ってくるりと一周回ります。
『どう? 似合う?』
 慣れた手つきで作られたその髪型は、きっと本来の姿なのでしょう。それでもそう言って尋ねるのは、きっと彼女なりの照れ隠しなのです。
 そうして素顔を晒し、頬を朱に染めて照れているあかりちゃんはとっても可愛くて、私は思わず抱きしめたくなった程。マスターもにっこり笑って「やっぱあかりはこうじゃなきゃな」なんて言っています。
 そしてマスターは――
 ぽん、と私の頭に掌を乗せました。
「頑張ったな、紅葉」
 私の頭をくしゃくしゃと撫で回します。
 これは昔からマスターが私にすることなのですが、最近ではどうにも子供扱いされている気がして恥ずかしいので、私は右手で振り払ってしまいました。
「もうっ、子ども扱いしないでよ! 行こう、あかりちゃん」
『え、ちょっと、あわわ…』
 あかりちゃんの右手を引っ張り、宙に浮いたままの彼女を引き摺るようにしてずんずん歩きます。あかりちゃんの戸惑いもなんのその、です。
『紅葉ぃ、どうかしたの?』
「何でもないよ」
『でも、お顔が赤いよ?』
「……別に、嬉しくなんてないもん…」
『?』
「だから、何でもないってば!」
 ああでもない、こうでもないと言い合いながらの帰り道は、傍から見れば私の独り言です。でも、私には彼女がちゃんと見えています。だからそう、私はこの楽しい帰り道に、初めて視えることを有難く想ったのでした。

                                       ≪――続く≫
前話→『紅葉の相棒』 No.8   次話→『紅葉の相棒』 No.10


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Posted on 2016/04/17 Sun. 19:42 [edit]

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.8  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.8



 休日の土曜日、私はアルバイトまでの暇な時間を持て余して、近くの公園でブランコに揺られていました。この公園は昔からマスターと会っていた公園で馴染み深く、このブランコは私の友達とも言える程良く乗っていた指定席。考え事をするには最適で、高校生にもなって未だにお世話になること頻繁なコイツです。乗るときは「いつも溜息ばかり聞かせてごめんね」と、心の中で謝るのが欠かせません。
 そのブランコに揺られて、やっぱり頭の中は彼女、前髪さん、城内あかりのことでいっぱいでした。昨日の放課後は結局何も話せないまま帰ってきてしまったので、来週には、教室が移動になる木曜日までには話さなくちゃと、でも、取り敢えず謝らなくちゃ――どう謝ろうか、なんて、思考はぐるぐる、答えの出ないまま堂々巡りで……。
 人とのコミュニケーションが苦手なのは知っていましたが、まさか怪異とのコミュニケーションまで苦手だなんて、思ってもみませんでした。まぁ逃げるばっかりだったから当然ですけれど……。
 何度目かの溜息を吐いたとき、足元でにゃぁと鳴く声がしました。見ると宗次郎さんがいつもと変わらぬ凛々しさでじっと私の顔を覗いています。また慰めに来てくれたのでしょうか? 真意は分かりませんが、ちょっぴり嬉しくて、私は微笑みました。
「おいで、宗次郎さん」
 そう言うと宗次郎さんは私の膝に一っ跳び、大きな体がくるんと丸まって、ふわふわしたボールのように落ちてきました。
「ぐっ……」
 宗次郎さん、見た目そのままに重いのでお腹に響きます。でもやっぱり、その重みも、こんな時には何だか嬉しいのです。私はその背中をさらさらと撫でました。
「さすが宗次郎さんだな」
 その声と大きな影が後ろから私を包んだのはほぼ同時です。振り返らなくったって誰か分かります。
「紅葉が落ち込んだとき、真っ先に駆けつけるのが宗次郎さんだ。俺はいっつも二番目って決まってる」
 そう言って笑ったマスターは、いつかみたいに私の背中を押しました。宗次郎さんが落ちない程度に軽く揺れたブランコは、ほんのり頬に風を感じさせます。
「ねぇマスター、あの子にはさ、こんな風に優しくしてくれる人、いなかったのかな?」
「いただろ、両親とか」
「両親なら私にだっているよ。それ以外に」
「さぁ、それは分からないな」
「…そうだよね」
 そうして私は、マスターにぽつぽつと、少しずつ全てを話しました。
 彼女が怖くなくなったこと。
 彼女が寂しがっていること。
 まるで私みたいだということ。
 生きていた頃の彼女を視たこと。
 彼女を傷つけてしまったこと。
 旧校舎が無くなってしまうこと。
 全てを話しました。
「ねぇマスター、旧校舎が無くなったら、あの子、どうなっちゃうのかな………」
「……野晒さ。あの場所で、雨の日も、風の日も…」
「それって、すっごく辛いよね…」
「そうだな。でも、それだけじゃない」
 私は振り返ってマスターの顔を見ました。マスターは真剣な顔をしていて、次に紡がれる言葉に不穏な空気が漂うだろうことは簡単に想像が付きます。私は怖くなって、でも、知らなくちゃと思いました。
「……どうなっちゃうの?」
「取り込まれるだろうな。建物や壁ってのは一種の結界みたいなモノだから、それが無くなったら、取り込まれる」
 その言葉に、私はハッとさせられました。彼女のような存在を取り込んでしまう怪異を、私は知っているのです。
「…塊」
 マスターは無言で頷きます。そして次なる私の疑問を見透かしたように言ったのです。
「取り込まれちまったら先は無い。成仏も、生まれ変わりも、無い」
 私は反論しようとしました。本当にそうなの? って。でも、それはきっと事実なのです。塊の動きが遅いのは色々な思念が混ざり合った結果ですから、おそらく思念は、ずっとあの黒い異形の中に留まってしまうのでしょう。そして霊は、ある思念の塊そのものなのです。
「どうしよう! あの子が……」
 遂に涙ぐむ私の顔に、それでもマスターは微笑みました。
「大丈夫だ」
「でも、だって……」
「あいつに優しくしてやれる人間なら、ここにいるじゃないか」
「そんな人、どこに――」
「ここだよ、ここ」
 そう言ってマスターは、ポンと私の肩に掌を乗せたのです。
「…え――わた、し?」
 マスターは大きく頷きます。
「そうさ、あいつの気持ちは、お前が一番解ってやれる――そうだろう? 紅葉」
「でも…」
 その時です。ブランコから少し離れた松の木から、カリカリ何かを削る音が聞こえてきました。見れば宗次郎さんがいつの間にか私の膝から離れ、木の幹で爪を研いでいたのです。
 カリカリカリ、カリカリカリ――体の大きな宗次郎さんの爪はやはり大きくて、とっても大きな音を鳴らしています。そして――
 ガリッ――!
 一際大きな音が鳴ったかと思うと、宗次郎さん、随分力を入れて研いでいたのでしょう、幹から石ころのような木片を落としてしまいました。それを見て、私の中に閃くモノが――
「マスター……」
「なんだ?」
 もう一度、マスターの顔を仰ぎ見ます。私の顔は、もう涙に曇ってはいません。
「私、やってみるよ。できるかどうか分からないけど…、やってみる」
 マスターも真っ直ぐに私の顔を見て言いました。
「ああ、頑張れ!」

     *

 日曜日を過ごし、月曜日。放課後は相変わらずの晴天が辺りを橙色に染め上げて、私は渡り廊下からその景色を眺めています。グラウンドや体育館から聞こえる快活な声は羨望と嫉妬を私の心に植え付けて、これが彼女の心象風景ではないかと、そんな錯覚か共感さえ覚えました。
 さぁ、もう教室には彼女しか残っていない時間帯です。私は大股に歩いてその教室を目指します。もう迷いはありません。思い切って、やってやるのみです。
 教室の扉を開けば、やっぱり教室には彼女のみ。またあの寂しそうな背中が私の目に飛び込んで来ます。私はその背中に向かって全力で飛び込みました。
 タタタッ――と、床板を踏む音が急激に近づいて来たことに吃驚したのでしょう。彼女は振り向くなり仰天して背中を窓に押し付けるくらい後退りました。
『え? え?』
 彼女が戸惑うのは無理もありませんが、私は構うものかの疾走で彼女に飛びついたのです。いえ、彼女の足元に、です。そんな私の右手に握られていた物を見て、彼女は恐怖で飛び上がりました。
『ぎゃあああああああああああああああ!』
 ズカッ――と、それは床に突き刺さる彫刻刀。中学時代に使った物を、今日は鞄に忍ばせていたのです。彫刻刀の先は宙に浮いた彼女の真下に突き刺さり、床板から木片を剥ぎ取ります。木片はカツンと音を立てて転がりました。
『あ、あ、危ないじゃないかぁぁぁぁ! そんな物振り回して、刺さったらどうするんだよ! ひっ!』
 幽霊と言えど刃物は怖いと見えて、木片を握りしめて立ち上がった私をまるで暴漢でも見るような目で見た彼女は、涙ぐんで浮いたままでも後退ります。お尻が窓を破ってしまいそうな程。
『や、やめて! 乱暴しないで! この前は私が悪かったよぅ……もう話し掛けないって約束するから……』
「城内、あかりちゃん……」
 彼女の誤解を今は敢えて無視し、私は呼びかけました。怖がる彼女に木片を見せて、ありったけの勇気を振り絞ります。
 いいえ、本当に勇気が必要だったのは彫刻刀を振り翳した瞬間だけ、こうしていざ口にしてみれば、なんてことはありませんでした。むしろ、どうして最初からこうしなかったんだろうと、今更ながら思っただけです。
 でも、決意は滲む程に込めたつもりです。それは彼女に対する同情や、哀れみから来る決意ではありません。私は、彼女の保護者になるつもりなんてありませんから。
 この決意は自分自身に対する決意――これを切欠に、私は変わるんだ、私だって変われるんだ――そう願っての決意です。
 彼女にそれが伝わったかどうかは解りませんが、この後彼女が私に見せたポカンとした表情が何とも言えず面白かったと言うのは、ここだけの話。固まった彼女の前髪を掻き上げて、私、ちゃんと確認しましたから。
 その表情まで五秒前です。
 じゃあ、言いますね?
 せーの――

「あかりちゃん、私と友達になろう!」

 こんなことを口にして友達を作る人、普通はいませよね?

                                   ≪――続く≫
前話→『紅葉の相棒』 No.7   次話→『紅葉の相棒』 No.9


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Posted on 2016/04/14 Thu. 20:59 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

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小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.7  

   小説:紅葉怪奇譚 『紅葉の相棒』 No.7



 翌日、学校に向かう足は鈍く、頭の中は彼女のことでいっぱいでした。
 彼女の心を覗き、彼女を知った私に、昨日彼女の背中を見た時のような怒りなど湧いてくるはずもありません。あるのはただただ深い共感と同情のみです。本当に彼女は、私と同じ寂しさを持っていたのですから。
 いいえ、比べてしまえば彼女の方が不運な境遇だったことでしょう。彼女には私にとっての三人のような、心の支えと呼べる人が傍にいなかったのですから。だから、地縛霊になってしまった……。
 私は、すっかり彼女が怖くなくなりました。ですがそれと引き換えに、今度は彼女に何かしてあげなくてはと焦り、苦しむ羽目に。いいえ、たぶん本当は、罪悪感から苦しんでいるだけなのですけれど…。
 ともあれ私はバス停から学校へと続く一本道を辿りながら、取り敢えず昨日のことを謝らなくちゃ、と考えていました。
 しかしこれから行われる朝一番のホームルームで、事態は急展開を迎えてしまうのです。それは私と彼女にとって、まさに青天の霹靂でした。

 掃除用具入れの前で明らかに落ち込んだ様子の体育座りをしている前髪さんを尻目に、私は自分の席に着席しました。やっぱり今日は話し掛けてこないんだな、と思いながら。
 本当は私から話し掛けるべきなのですが、どんな言葉を掛けていいやら見当も付かない私は、人目の無い放課後がいいだろうと自分に言い訳をし、何事もない振りでホームルームの開始を待ちます。
 程なくして始まったホームルームの第一声に柳田先生は言いました。
「おはよう。突然だがこの旧校舎の取り壊しが決まった。来週の木曜日から工事が始まる。したがって、D組は普段あまり使われていない視聴覚室を教室とし、今後はそちらで授業に励んでもらう。水曜日の放課後までに机の中を綺麗にしておくように。何か質問はあるか?」
 たっ――と、私にだけ聞こえる音が教室の隅から聞こえてきました。見なくても分かります。前髪さんが勢い良く立ち上がったのです。たぶん、先生に質問しようとして――ですが、その声が柳田先生に届くはずもありません。
 他の生徒たちはと言うと、突然事務的な口調でそう告げられ、少しの間ポカンとした様子で口を噤んでいました。でも、それは本当にわずかの間――次の瞬間には歓声が上がり、みんな綺麗な本校舎へ移れる喜びを口々に語りはじめました。
「やった! 俺いつか床板踏み抜いちまうんじゃないかって思ってたんだよ!」
「ねぇ、視聴覚室って二年生の教室近いよね? これで竹下先輩に近づけるかも!」
「はぁ、これでやっとここの気味悪さから解放されるってわけだ」
「あ、やっぱそう思ってた? 俺さぁ、一昨日のアレ、やっぱ怪しいなって思ったんだよね」
「私も私も! やっぱあの噂本当なんじゃないかって」
「これで一安心だよ」
「ああ」
「そうね」
 みんな嬉しそうでした。その喜びの中に、前髪さんへの恐怖について語るものが少なからずあり、私の心は居た堪れないような気持ちでいっぱいです。
「静かにしろ!」
 はしゃぐ生徒達を一喝した柳田先生は、それからいくつか注意事項を述べ、颯爽とホームルームを切り上げました。
 一時間目が始まるまでのわずかな時間をお喋りに費やすクラスメイト達の会話は、やっぱり先程と同じ話題で持ちきりです。そんな中私は、左斜め後ろを振り返って彼女の様子を眺めていました。
 彼女がどんな表情をしているのかは分かりませんが、その力なく立ち尽くした様子が胸に苦しくて、私は思わず泣きそうになってしまった程です。
 彼女は右手を軽く上げたまま固まっていました。やっぱり、生徒として先生に質問しようとしていたのでしょう。どうしてここが取り壊されなくてはならないのか、と。ですが声は届きません。届かないと彼女は知っています。知っていて、口を噤みました。そして――
 そして彼女を包んだのは、彼女との決別を喜ぶ生徒達の声………。
 彼女にとってこの旧校舎は憧れの場所だったのに、彼女にとってみんなは、ずっと仲良くなりたかった、みんななのに……。
 彼女を縛るこの校舎が無くなったら、彼女はどうなってしまうのでしょうか………。

 お昼休みになると、私はお弁当を食べるよりも先に走りはじめました。目的は職員室です。今の自分にできることは、これ以外には在り得ないと思って走りました。
 職員室の扉をノックも無しに開いて、勢いよく呼びかけます。
「柳田先生!」
「ほふぅっ!」
 入口から近い席に座っている先生は変な声を上げて驚き、店屋物の天丼、その海老天の尻尾が口からはみ出したまま振り返りました。
「はんははひはわ、あんほほっふしほお(なんだ柿川、ちゃんとノックしろよ)」
「はあっ、はあっ…す、すみません、あの――」
 先生が海老天を咀嚼し終えるのを待ちながら、私も息を整えます。そして――
「旧校舎、どうして無くなっちゃうんですか!」
 質問しました。そう、彼女の代わりに私ができること、それはたったこれだけです。でも知らなくてはなりません。彼女にちゃんと説明してあげられるのは、私だけなのですから。
「みんな喜んでたじゃないか。なのにどうした? そんなに声を荒げるなんて」
「そう、ですけど……あの、その、どうしてかなって…」
 問い返されて直ぐに勢いは萎んでしまいました。旧校舎の取り壊しに対して、私の心の中を埋め尽くしているのは彼女に対する同情の一念ですから、それを上手く説明できるはずもありません。苦し紛れに「あの、私は……旧校舎、結構気に入っていたので…」なんて嘘を吐くより他には無くて……。
 でも、先生は笑ってくれました。
「そうか、そうだな、悪かった、確かに説明不足だったな。よし、ついて来い」
「へ?」
 勢いよく天丼を口に掻き込んで(まだ結構な量が残っていましたが…)、先生は私の手を取り歩きはじめました。
「あ、あの、どちらへ?」
「決まっているだろう、旧校舎だよ」

 先生は私を旧校舎に連れて行きました。いえ、正確には渡り廊下から外に出て、旧校舎の裏側です。
「見ろ、柿川」
 先生は旧校舎の柱を指差します。そこには大きな罅、黒ずんだ木目を右から左へ大きく渡るような罅です。
「先生、これは……」
「見ての通り、罅だ」
「いえ、あの…」
 それは見れば分かると言いそうになりましたが、取り敢えず堪えました。堪えて、その柱を根元から天辺まで見渡します。天辺とは言っても平屋の旧校舎ですから、すぐそこの屋根の辺りまで――そして鈍感な私でも、ようやく事の次第が理解できたのです。ああ、この柱が折れてしまったなら、きっと屋根が落ちてくるに違いない、と。
「何年か前に震災があっただろう?」
「…はい」
 そうなのです。私が中学校一年生の頃、この町は震災に見舞われて結構な被害を被りました。学校が二週間も休みになったので私も良く覚えています。
 町の中央に位置している繁華街などは大したこともなかったのですが、山際に立っていた木造住宅などは半壊や全壊がほとんどで、市の管理していた空地には仮設住宅が立ち並んでいました。それを想えば、この山際に位置する学校の、この旧校舎がこうして立っていることが奇跡のようではありませんか。おそらく、先生もそう言いたいのでしょう。
「本当は今すぐにでも教室を移したいんだが、いろいろとあってな。ちゃんと説明してやれなくて済まなかったが、あんまりちゃんと説明するとみんなが不安がるだろうし、このことは内緒にしてくれ」
「……はい」
 私は萎れて頷きました。本当は反論の一つでもぶつけるくらいの覚悟で職員室に駆け込んだのですが(本当にできるかどうかは兎も角、です)、これでは何も言い返せません。私が守ろうとしているのは死者の気持ちで、学校側は今を生きる生徒達の身の安全を守ろうとしているのです。一体どこに反論の余地があると言うのでしょう。
 旧校舎が無くなる、その確実な未来を、私は受け入れるより他はありませんでした。そしてこのことをどう彼女に告げていいものか、私の心は更に重くなってしまったのです。

                                     ≪――続く≫
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Posted on 2016/04/11 Mon. 02:20 [edit]

category: 小説:紅葉怪奇譚Ⅰ

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