夢月亭~下手の横好き~

夢月亭清修の小説&バス釣りブログ♪小説の更新情報・小説・釣行記録・その他諸々掲載してます★

小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『ぬらりの翁の星の丘』  

   朱鷺端境抄        夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女の私が、この旅には何か意味のある、この旅には止ん事無き意志の導きがある、そう疑い始めたがここ数年の内。
 その意味、その意志は、私をこのような存在へと変えてしまった石、我が懐で孵らぬ卵の如く存在する石を介して私を連れてゆく。
 黒く艶光り、妙に人工物のようでさに非じそれは、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。
 振り返れば、この石が数多の存在と私を結び付け、私をまた一つ、違う存在へと変えたように感じている。
 それは時に、蛍の集う沼の畔とそこに住む獏の女であった――
 それは時に、妖狐隠れる絵画世界と、怪奇な物々を保管する骨董屋であった――
 それは時に、数多の未知と古来の不可思議混ざり合う現世であった――
 それは時に、海のように広がる芒の平面と、そこを渡る貨客船であった――
 そして今、私は意味と、意志の正体に遭遇する。
 そう、辿り着いたのだ。
 ぬらりの翁の星の丘に――』


  『ぬらりの翁の星の丘』

 異界中の異界と誰が云ったか――そこは確かに異界の内側に存在するもう一つの異界であって、広大な平面世界たる『芒』の内側に隠れるようにして存在していた。
 これなるは『ぬらりの翁の星の丘』である。ナロニック号の甲板でレディ・ウィンセルが指差したはある山の頂で、快晴微風が常である『芒』には珍しく、そこばかりに厚い雲が――山頂を覆い隠すかに渦を巻いて広がっていた。
「朱鷺、あそこだよ。山を登ってあそこを目指すんだ」
 振り返る碧眼が見遣るは朱鷺――肩から先の無い胴衣は藍染の、茶色に煤けたカルサン袴は脹脛に絞られて、一見すると杣人か、否、それを着古すは細身の――杣人たる剛毅は何処にも見当たらぬ。
 なれども黒曜の如し両目は漲る力でしかと頂を見据え、ここへの到達は、この女をして心躍る出来事と窺えるよう。
 そう、朱鷺は、いつしか旅の果てを心待ちにし、己の意味を求め歩くようになっていたのだ。
 ならば此処が目的の地であろう。旅は、全ては、星の丘由来の隕石から始まったのだから。
「ありがとう、レディ。行ってきます――」
 言うなり待ち切れぬ様子で朱鷺は飛び出した。甲板を蹴って船の外へ――十五メートルはあろう高さから芒の大地へと降り立ち、背丈ほどもある芒を掻き分け、山へ、一直線に。
 甲板上から見守るレディの目に、その姿は楽しみを待ち切れぬ童のようと映った。

     *

 朱鷺が深い山を掻き分けるように登り始めて数時間。いつしか辺りは濃い霧に包まれて、それ麓から見た渦巻く雲の内側に入ったことを告げる。
 茫洋とした視界の端々に小僧か、獣か、不思議な影を見て、時に異形から発せられたような声を耳にし、それらは時として、木々の隙間から朱鷺の様子を窺っているようでもあった。
 おそらくはこの端境を棲家と定めた小妖魔達がそれらの正体であろうも、朱鷺は不思議な気持ちであった――幾千の世界を渡り歩いてきた彼女から見ても、このように雑多なモノ共で溢れる端境は珍しい。
 彼等にとって、ここは余程居心地の好い端境なのかもしれぬ。
「守られて、いるのですね――」
 朱鷺は呟いて、白い闇の中を登り続けた。
 そして――
 突如として開けた視界に何が映っただろう。月だ――永久の夜に微笑む、あまりに大きな満月であった。
 何の光を反射するでもなく輝いて、嗚呼、なんと明るき、なんと色鮮やかな夜。辺りの木々は黄と紅の葉を降らせ秋の盛り。何が無くとも宴のようと、朱鷺には思わるる。
 囁く葉擦れは彼等の笑い合う声か――朱鷺は、宴席の隙間のような道に落ち葉を優しく踏みしめて、邪魔せぬ塩梅で前へと進んだ。

     *

 山頂の異界は異界故に、登っていたはずの山の頂に非ず。山は異国人の鼻とも思しき丘を持ち、その上から眺める雲海の、それいくつもの頂が浮島の如くと見渡せる開けた景観あり――どこか恐ろしく思わるる程近くに流れるは天の川の、巨大な月をどこへ運ぼうと云うかに煌めく夜空は、嗚呼、決して『芒』からは目に見えぬ。
 丘の根には大和十津川のそれと良く似た民家ありて、朱鷺が辿った道は、その民家の直ぐ脇へと繋がっていた。
 その開けた空間に出でて、そのまま眺むるは丘の先端が、そよ風に揺れる草花を辿れば目に映る。
 そこに、一人の小さな老人が居た。
 野点とは佳い趣味をお持ちと云うべきやも知れぬが、野点傘も無し、緋毛氈をぞんざいに敷いて座るがレジャーシートと同じ扱いの――しかし、袈裟をだぶつかせた小老人の背に感じるは、年月を経て尚宿る意志であろうか。そこに優しさも、厳しさも煮凝りにして圧縮したような――。
 朱鷺は老人に歩み寄り、彼こそこの世界の主、ぬらりの翁に違いなしと、どこに行こうともこれは変わらぬ礼儀なればと挨拶の言葉発しようとした、けれど――
「うん……よぉう来た。よぉう長い道程を越えて来た――」
 先に言葉を口にしたは振り返らずも翁から。そうして振り返って見せたが柔和な、まるで目に入れても痛くなしと孫に語るような笑みで。
「朱鷺よ、ご苦労様じゃった」
 続けて彼女の名が出てきたから朱鷺、これには驚いて、礼を欠くも問うてしまったことよ。
「私を、ご存じなのですか?」
 うむ――頷く翁、朱鷺を緋毛氈の内に誘った。
 そうして点てた茶を勧め、雲海と星空を眺めながら、かく語りき。
「お前さんも持っておろう石じゃが、ここから別の世界に散らばった星、隕石は、全てワシの心と繋がっておる。じゃから、それらは概ね、この世界へと持つ者を導くのじゃ」
「――概ね、とは?」
「うん、ほおっておけば導くだけよ。じゃが、お前さんの持つ石はそうではなかったであろう?」
「はい。敢えて遠回りをさせながら私を此処へ導いた――そんな気がします」
「その通りじゃ。お前さんのことは、お前さんがこの石を拾った時より見ておったから――ワシが意志を働かせて、そのようにした。勝手なことを、と思うであろう? すまなかった…」
 朱鷺は首を横に振って曰く。
「必要な事、だったのでしょう? ここへ来る以前に、数多の世界を知っておくことが」
 翁の顔は、彼女の呑み込みの佳さに綻んだ。
「そうじゃ。選ぶ時には、その方が良しと思っての」
「……今が、選ぶ時、なのですね?」
 翁はまた頷いて、その目を朱鷺へと向ける。
「朱鷺や、ワシの代わりに、ここに居ってくれぬだろうか? ここから星を眺め、陰陽道を用い、千里の眼で様々な世界を見渡すのじゃ――かような存在になりて、事あらば想うように成せば佳し。突然云われてもと……しかし急は承知で頼みたいのじゃ。
 長い年月の間に、この丘は大切な場所になってしまったから……端境を好んで住まうモノ共もおるし、世界には、ワシのような妖魔の加護を求むるモノ共もおる。
 ここはワシが生み出した異界故、後を継ぐ者無ければ無に帰すであろう。本来ワシ自身が居続けるべきじゃが、ワシもお前さんと同じで元は人故、いつか果てる日が来る。いいや、それは既に迫っておるのじゃ。じゃから――」
 流るる言葉を掌で遮って、朱鷺が曰く。
「待ってください。私には、御身のような力がありません。陰陽道に疎く、星とも式神とも戯れたりできません。それに、千里の眼も持ち合わせてはいないのです。聞けばあまりに重荷ではありませんか?」
 これに翁は首を横に振った。
「いいや、お前さんならできる。それに――」
 云うなり翁、右手で己の右目を抉り出した。眼は義眼であるかにそっと外れて、その丸きに滴る血の一滴も無い。これ翁の力働いてのことであろうとは直ぐに思い当たるも、ではそれを如何にせよと云うのか、朱鷺には見当も付かない。が、それ翁の口から直ぐにも伝えられた。
 長き時の流れを映してきた左目と、今空洞となった右目が、真っ直ぐに朱鷺を見据えている。
「朱鷺、これを呑み込むのじゃ。この眼に、お前さんに受け渡そうと溜め込んだ『力』がある。これを受け取れば、この丘の役目に不安もなくなろう」
 なるほど、この日の為に、翁は全てを整えてある。でも――
 それを選ぶはあくまで朱鷺である。翁の願いを叶えるも、また流離うも彼女の自由。翁だって、全てを押し付けることなどできようもなし――ただ、選ぶは今ぞ、と。
 提示された選択肢に、朱鷺、迷うべくもなく――彼女は眼を受け取って、恐れもせずその口に運んだ。
 一息に呑んだ眼は彼女の内側に溶け、広がって、やがて再び一点にその形を現した。

 額が割れたるは新たな窓を得ることよ。そこに、第三の眼を得たり。

 その窓から世界を臨めば、嗚呼、月の裏側までもが浮かび上がる――これなるは千里眼と、朱鷺は理解する。
 それだけに非じ。眼の中には、翁の内にだけ仕舞われていた、長い長い記憶までもが存在してあって――
 平安の都、渡辺綱、酒呑童子、百鬼夜行、木姫、虚穴坊、他にも様々な――それは密事の記録。長きに渡って世の裏側で続いた、誰に知られることもなく行われてきた、密事の――。
 第三の眼、使うに閉じられていた両目を開け、朱鷺は微笑んで曰く。
「しかと、承りました――」
 その胸にあるは如何様な想いであったことだろう。不思議で奇怪な役割を持たされたことに嘆きや悲しみがあっただろうか? 否、彼女は喜びに打ち震えていた。想えば、どれ程意味を求めて彷徨ったことだろう、と。
 今、彼女が得たるは確かな意味と役割であって、これからの彼女は、それに殉じた存在になるのである。重みもあろうが、その重みこそ、朱鷺にしてみれば愛おしい。
 そんな彼女の笑みを見て翁、彼もまた、笑ったことである。
 そうして翁は深々と頭を下げ、ありがとう、では――と旅立った。
 向かうは麓のナロニック号、そして、停車場、発着する異界列車から『陽炎』を目指す。
 終の棲家、陽炎の杉にて憩う為に。

     *

 丘に残された朱鷺の眼に何が映るだろう?

 開けば雲海と満天の星空に舞う式神達だ。

 閉じれば額の眼が働いて、現世も異界も知るに事欠かず。

 朱鷺はぬらりの翁よりその全てを受け継いで、ぬらりの翁の星の丘にあり。

 彼女は、かような存在へと変貌を遂げた。


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、丘の後継者と相成れり。
 手始めに先代がそうしたように、私は私の意志宿した隕石を、様々な世界へと降らせたのだ――』

                                       《朱鷺端境抄・閉幕》

前回の話→朱鷺端境抄『芒の海のナロニック号にて≪手記≫』 最初から読む→朱鷺端境抄『蛍が沼』


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Posted on 2017/01/27 Fri. 01:06 [edit]

category: 小説:朱鷺端境抄

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小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『芒の海のナロニック号にて≪手記≫』  

    朱鷺端境抄        夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、石と共鳴し道を指し示す、夢渓羅針銅の導きを得たり――』


   『芒の海のナロニック号にて《手記》』

 人ならざるモノが営み、人ならざるモノ同士の縁を結ぶ――私にとって、朱松骨董品店は言うなればそのような店でした。
 私はそこで夢渓羅針銅と出会い、《ぬらりの翁の星の丘に降る隕石》と共鳴するそれの導きを得て、しばらくは現世を旅してきました。
 長い間異界を渡り歩いてきた私にとって、現世は数多の未知で溢れかえる場所――刺激的であった、と言うのが最も的を得た表現のように思います。私はこの現世の旅から様々な物事を学びました。
 例えば発達した文明の在り様や、様々な国の存在、そしてその歴史など――これらの多くは書物を通して学びました。
 またある時は、書物からでは決して学びえない文化にも触れました。例えば富士樹海に隠れ住む山窩(さんか)など、彼等の内側には妖魔の血がいくらか混じってあり、特異な能力を持つ人々が寝食を共にしていました。
 他にも、敢えて現世に居座って人のように、又は獣のように活動する妖魔達にも出会いました。(例を挙げると飛縁魔、分福茶釜などです。他にも諸々――)
 夢渓羅針銅と共鳴した為なのか、隕石はこれまでと違い次の端境を示そうとせず、様々な物事と私を結び付けました。まるでその経験と知識が今後役立つとでも言うように――。
 ですから、現世での旅は数年に渡りました。人の道を外れ、時の流れにはずっかり疎くなってしまった私ですから、それが何年だったかと明確に記述することはできません。(おそらく二、三年だと思うのですが…)長いようで早いような――ともあれそのような時間を現世で過ごしたのです。
 そうして、私は今に至ります。
 今は、ようよう導かれた端境を越え、ここは『芒』と呼ばれし海なる異界――一面芒の枯れ色が風に靡く広大な平面世界です。ここで、私はレディ・ウィンセルと、彼女の本体であるナロニック号に出会ったのです。
 ナロニック号は芒を掻いて進む稀な蒸気貨客船――かつては大西洋を渡る船だったのですが、大きな存在を丸ごと神隠しによって『芒』へと飛ばされてしまいました。
 船に乗組員はおらず、船魂であるレディが唯一人、頽廃と惰性を運ぶように運行させています。『芒』は多種多様な端境と密接に関係しており、レディは暇つぶしに、ここを訪れる人や妖魔をその目的の端境へと運んでいるのだそうです。
 ですからナロニック号は現在、私の希望で『ぬらりの翁の星の丘』を目指しているのですが、代替燃料で動くこの船の鈍足は致し方無し――三週間程掛かる見込みとのことで、珍しく私も退屈を感じています。
 今まではこの足で歩いて端境を渡ってきましたから、いよいよと言う所でまさか乗り物を頼るとは思ってもみませんでした。歩いている時には退屈などまるで無縁のモノでしたが、今はこの気持ちの慰めに、こうして言葉を綴っているのです。
 誰に読ませるわけでもないのですが――。

     *

 さて、ここまで世話になった夢渓羅針銅ですが、これはレディ・ウィンセルに献上しました。
 荒れることの無い芒の海を漂うばかりの退屈は、私以上にレディにとっては深刻な悩みのようで――そんな彼女の慰めと言えば専ら性行為なのだそうです。彼女は女性ですが、相手は男女問わず、人も人外も問わず誰でも良いのだとか。この船に滞在する人型であれば昼夜を問わず口説いて回り、駄目なら現在常駐してしまっているアルフレッド・タイラー(彼は人です)に泣き付いている様子。
 私も例に漏れず誘われました。
 彼女に乗せてもらって何の返礼も用意できませんから、私も一度ならば相手をするのも吝かでない――そう思っていました。が――
 私を誘う時のレディの様子がとても気持ち悪くて――きっと私は久しぶりの獲物だったのでしょう。両頬を嬉しそうに朱に染めて、だらしない笑顔からは涎が零れそうな雰囲気でした。まだ何も許していないと言うのに十本の指がわさわさと宙を揉みしだいて、今にも襲ってきそう――。
 最近学んだ現代の日本語で言うなら、『引くわぁ…』という表現がぴったりの私の心境だったのです。
 引いた私は彼女の包容を躱し、夢渓羅針銅を差し出しました。実は、彼女はコレを欲しがっていたのです。と言うのも、この船が何の指標も無い芒の海を渡るのに用いていたのが、夢渓羅針銅とは(レディ曰く)親戚に当たるらしい怪奇物品――『月泉羅針銅(げっせんらしんどう)』です。夢渓と同じく縁を結んで指し示す、というのが謳い文句の道標なのですが、ナロニックの行方を左右するこれが力を失い始めていたのです。
 ぬらりの翁の星の丘も、本来ならもう少し早く辿り着ける場所――しかし力の半減した月泉では「どうしても蛇行してしまう」とレディは出会った当初にぼやいていました。遠からず月泉が完全に力を失ってしまうことを、彼女は心配していたのです。
 ですから私の提案は彼女にとって渡りに船を得ると言うそれ。まぁ、彼女自身船なのですが――。
 ともあれそうして、その時の私は夢渓を生贄にし、彼女の魔手から逃れたのです。(因みに、今でも毎晩誘われるので逃げ続けています。)

     *

 レディ・ウィンセルとナロニック号は新たに夢渓羅針銅の導きを得て、前述の通りぬらりの翁の星の丘を目指しています。
 私は、かの地に至り新たな縁を得るものと想像しており、それを目前とした今、どうにも落ち着かない気分です。
 こんな気持ちになるのは、旅を始めた時以来かと思います。

 ですが――

 私は私を待ち受ける運命に、大いに期待しています。これまでは何の意味も役割も持たずに彷徨い歩いて来ましたから、この先私と言う存在がどう変化してゆくのか――私はそれを、最後まで見てみたい。


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、星の丘に辿り着く――』

                                     ――了
前回の話→朱鷺端境抄『朱松骨董品店』  次回の話→朱鷺端境抄『ぬらりの翁の星の丘』


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Posted on 2016/05/26 Thu. 20:26 [edit]

category: 小説:朱鷺端境抄

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小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『朱松骨董品店』  

   朱鷺端境抄          夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、星の丘を目指している――』


  『朱松骨董品店』

 賑わい無き裏路地もまた裏路地に、何故か一軒の骨董品店あり。
 その煤けた弁柄格子の佇まい――「さぞ閑古鳥の鳴く店に違いあるまい」との想像は迷い人あらば三文判の如しであるが、さりとて扱う品々は《怪奇物品》ばかりとあって、通常《人》の来客など受け付けてはおらぬ。
 時折何を間違ったか足を踏み入れてしまう《人》もあれど、皆ロクな目に遭わない――化かされたりする程度なら可愛いモノで、中には発狂した者もあれば命を落とした者も――。
 その店、名を朱松骨董品店と申す。

 店の店主である骨のような老翁は腹巻に片手突っ込んでいい加減なはたき掛けの、店内を所狭しと並ぶ怪奇物品の手入れ、その日課の最中であった。
「………はて…銀狐や、その女は誰だろうな?」
 老翁が「銀狐」と呼ぶは壁に掛けられた一枚の絵画――妖狐の住まう異界がそれそのまま絵と切り取られた怪奇物品の一つである。
 絵の中で妖狐は雪花石膏(アラバスタ―)のような艶めかしい裸体を晒し、一人退屈そうに伏せているのが常であったが――はて、不思議な――今はその隣に女が一人正座している。
 女は肩から先の無い藍染の胴衣とカルサン袴という時代錯誤な出で立ちで、絵の中にありながらも凛とした眼差しで正面を見据えていた――何か、物申す心積もりと見て取れるような。
 その隣で「銀狐」と呼ばれし妖狐はどこか不貞腐れ顔の、どうやらその女の存在が気に食わないらしい。
 老翁はその様しみじみと眺め、絵の中に闖入者があらわれるとは……これは稀な現象に出くわしたもの――と自身の発見に「ほぅ」と感嘆を漏らしつつ、まぁこれも手入れの内と腹巻に刺していた左手をずぶり、と絵の中へと突っ込んだ。
絵画が一つの世界として存在するならば、老翁の左手は二つの世界、その端境を超えていよう。これは如何な妖術か、否、絵画はそもそも外から人を招き入れる世界なのだ。「銀狐」は好みの若い男を魅了しその世界に招き入れ、精と生を思う存分弄ぶ妖魔――怪奇物品の中でも取り分け性質の悪い一品である。
 老翁はその勝手知ったると手慣れた手付で、絵の中の闖入者の腕を掴んで引っこ抜いた。
 ずるり――と、女が絵の中から上半身を出す。
「ぷはぁっ」
 水の中にでも潜っていたような息継ぎをして、後は己で、両手を壁に付き下半身を押し上げる。
 そうして女、軽やかに床に足付けて、己を引き抜いた老翁に深々と頭下げて曰く。
「ありがとう御店主――どうにも絵から抜け出せず困っておりました。私は朱鷺と申します。旅人、のようなモノです」
 これに老翁、ふむ、と頷いて曰く。
「随分と変わった旅人のようだねぇ…いやいや、銀狐が絵の中に男以外を招くのは珍しい。驚いたよ」
 これに女、朱鷺は、少しばかり歯切れ悪く――勝手を知らぬ骨董品店の品物に無礼だったかと気まずげに言った。なにせ招かれて入った世界ではなかったが故である。
「いえ、その……招かれてはおりませぬ。迷い込んだのです……。蛍が沼という異界を遡りましたら、ある青年の淫夢に迷い込みまして、それが気が付けば絵の中に居たという顛末でして…」
「あ、そうかい、それで…」
 老翁は皆まで語らずも、その青年と淫夢に心当たりあって、そして図らずも、銀狐の不貞腐れた表情にも得心の回答を得た。
「どうりでねぇ、銀狐はおなごを好かんから……おや、見りゃやっぱり、随分とやられちまったようだね」
 老翁は朱鷺の肌に幾本も走る引っ掻き傷をみてそう言った。どうやら、この不思議な闖入者を嫌ってなかなかに暴れたらしい。まぁ、喰われなかっただけマシと言うモノであるが、その意を汲んだか朱鷺が代弁するにはこう。
「ええ、おなごの肉はきらいじゃと言うておりましたが、そもそも女ならば虐め倒したいと言った様子でして――まぁ、早いうちに引き出していただけたので助かりました」
 老翁はその傷に「消毒でもするかえ?」と問うたが、これに朱鷺は首を振る。「異なる傷ですが、私の異なる肌も直ぐに直りましょう」――と。

 さて、店内で差向う二人、今は茶の湯など沸かして腰を落ち着けていた。粗茶とは言えなぜ持て成されるかと朱鷺、少し訝しんではいたものの、聞けば老翁の本分であるところの商売は、商売と言うより渡し役と言った方が的を得る。
 そう、彼は渡すのだ――どことも知れぬ世界から店に流れ着く怪奇物品を、それを必要とするまた異なる世界へと、時には異なる存在へと、渡す。
 だから彼が言うにはこう。
「うん、この店は品々にとって中休みの為の場所なんだろうよ。ワシもこの店に憑いて何百年か解らんが、ありとあらゆる品を様々に渡したもんだ……だから、あんたみたいな訳解らん奴が、まぁこの店の正しい客さね。皆どうしてこの店を訪れたものか、それ縁の導き以外には無い。端からこの店に来ようと思って来る奴なんざいないのさ。だからあんたもきっと客なんだろうよ。この茶一杯分ほど、ワシに語ってみてもよかろう」
 そう促されて、ならばと茶の湯に口を付け、朱鷺は己の在り方を語って聞かせた。懐にある《星の丘の隕石》のこと――ただその導きにて異界から異界を歩み続けていること――そして、今は《ぬらりの翁の星の丘》を目指していること、それに意味も目的も見出せていないことを、聞かせた。
 翁はその全てを沈黙で受け止め、ならばと店内の片隅より差し出したモノがある。それは――
「こいつはね、夢渓羅針銅(むけいらしんどう)と言う」
 風変りな、掌に乗る大きさの羅針盤――コンパスであった。磁針もベゼルも、ありとあらゆる部品が赤茶けた銅製の、不可解な文字はその銅に彫られて読み解けず、道具と言うよりは呪具との印象が強い。その夢渓羅針銅を、老翁は朱鷺へと差し出した。
「これを持ってゆくといい。ここは現世だから、これがきっと次の端境まで役に立つ。これはありとあらゆる存在から縁を導いて指し示す、おかしな羅針盤よ」
 朱鷺がそれを両手で受け取れば、その裳裾の内で星の丘の隕石がぶるりと身震いするかに震えた。それが共鳴的な反応と直ぐに知れたのは、また同時に、羅針銅をぐるりと囲むべゼルが独りでに回転し始めたが故である。
 やがてピタリと止まって方位を指し示す夢渓羅針銅――その方角に何があるのか、朱鷺、今は知る由も無し。しかし老翁の役目が渡すことにあるならば、己は縁に従って受け取るまでと腹を括る。して、気になるのは対価――これを受け取って発生する義務か役割か、はたまた金であろうか。
 これに老翁、首を振って曰く。
「金は要らぬが義務も役割もあろう。羅針銅はこれを機にまた旅することになろうから、あんたからまた何者かに、これを渡すことが義務であり役割にもなろう」
 成程と、朱鷺は深く頷いて曰く。
「その対価、しかと承りましょう。夢渓羅針銅――これにはこれの、モノとしての縁がありましょうから」
 そうして、不可思議な羅針盤を手にして朱鷺は店を後にした。
 外に出てみれば見慣れぬコンクリートの道、どこの国の文化とも知れぬ佇まいで街は迷宮のよう――と朱鷺に映る。それでも、夢渓羅針銅はただひたすら北北東を指して迷わぬ。朱鷺もそれを信じ、疑いの曇りその心に一片も無し。
 この女、朱鷺、意味も目的も見いだせぬくせに、感じる縁にこれ程実直になれるとは――嗚呼、その存在、元は人なれど今は異と呼んで相応しい。



『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、石と共鳴し道を指し示す、夢渓羅針銅の導きを得たり――』

                                        ――了

前話へ→朱鷺端境抄『蛍が沼』  次話へ→朱鷺端境抄『芒の海のナロニック号にて≪手記≫』
☆―――――――――――――☆
「朱松骨董品店」は元々小説ブログ「DOOR」の管理人、Limeさんの描かれた『狐画』を元に書いたお話ですが、今回は自社内コラボと言うか、ブログ内コラボと言うか……朱鷺端境抄の舞台として使いました。(ちなみに、朱鷺端境抄は幻創文庫で連載中の『妖・密事シリーズ』の外伝のような小説です)

元となった「朱松骨董品店 『人食い銀狐』」の話はこちらです→朱松骨董品店『人食い銀狐』
hitokuiginnko.jpg
ちなみに、この絵を元にたくさんの書き手が掌編を書いております。

個性豊かな書き手が綴る掌編はどれも酔える世界観で、なんとうか、色んなカクテルのリキュールが並んだBARのカウンターみたいなことになってます。

その企画がこちら→妄想らくがき企画≪狐画≫

ぜひぜひ、こちらも遊びに来てください♪


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Posted on 2016/02/19 Fri. 19:55 [edit]

category: 小説:朱鷺端境抄

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tag: 小説  掌編 
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小説:朱鷺端境抄(ときはざかいしょう) 『蛍が沼』  

  朱鷺端境抄       夢月亭清修


『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石の正体さえ、私には解らぬのだ――』


   『蛍が沼』

 女が霞の中を行く。
 見渡せぬ周囲をものともせず、濃密な粥の中とも思しき世界を渡る。
 五里霧中を絵に描いたようなその場所にあって、しかし女の足取りに迷いは無い。導き在ってか、それともその黒曜の如し目に確かな道筋見えてのことか、傍から見れば不思議な有様である――。
 この女の名は朱鷺。肩から先の無い胴衣は藍染の、茶色に煤けたカルサン袴は脹脛に絞られて、一見すると杣人か、否、それを着古すは細身の女――杣人たる剛毅は何処にも見当たらぬ。
 なれどもその背に通る一筋が窺えよう。貧相なナリとは言え、その存在は胆力漲るかに凛として、粥の中を歩くことに露程の疑問も無いと見える。
 その女、朱鷺。やがて彼女の短く整えられた髪を、風が揺らした。

 霞の道程を抜けた朱鷺の前に、出現した世界は三日月の夜、どこか山中に佇むと思しき平屋の裏手。平屋は、古めかしくも郷愁を誘う日本家屋の――嗚呼、勝手口が見えた。
 正面へと回ればそこには縁側が――縁側には、女が一人。
 青の浴衣は着流しの、宿浴衣と呼ぶが相応しい。その上に茶羽織を羽織って宿から抜け出して来たかの女、波打つ長い髪を束ね左肩から胸元へと流している。
 女の金色の双眼は見開かれて瞬きの、朱鷺を目にしてさぞ「驚いた」と言わんばかりの表情である。
 この世界の住まい人かと朱鷺、会釈して曰く。
「はじめまして、私は朱鷺と申します。旅人、のようなモノです」
 この言に女、今度は浴衣の袖で口元隠し笑いだし、「ふふっ、これは変わったお客人だこと。まぁ、悪いモンじゃあなさそうだ。そら、こちらにお越しよ」と、朱鷺に縁側の隣を勧めた。
 なぜ笑われるのかと朱鷺、無表情の内側で思案するが皆目見当も付かぬ――とまれ、朱鷺から見ても女は悪いモノでもなさそうな。彼女は勧められるが儘、女の隣、縁側へと腰を落ち着けた。

 勧められた茶の湯の暖かみが手の内に広がっている。
 朱鷺の目は辺りを見回して、その美麗な様に揺蕩うかに心は広がってゆく。
 何となれば、そこには数千の蛍が明滅を繰り返し、柔な月明かりにも増して艶やかなる灯りが二人を包んでいたからで。
 暫し見蕩れて呆然と――言葉無く茶の湯を啜る。
 そんな二人に会話が持ち上がったのは、女の呑んでいた煙管が煙管盆の灰吹きを拍子木の如く叩いたからで、拍子木の音は、物語の幕を上げるに相応しい。
「綺麗な場所ですね、蛍がこんなにも――」
 そう、朱鷺は自然と呟いていた。女は無知な旅人の案内人か、勝手知ったる世界だもの――流れるようにその名を口にする。
「ここは『蛍が沼』さね。名前のとおり、蛍と沼がある。沼の上はもっと綺麗だよ。此処よりも多くの蛍が飛んでいるからね、それが水面に映るのさ」
 して女、ここは『白河夜船の白河の如し世界』とも語った。白河夜船とは、熟睡して何も知らないこと、知ったかぶりを指す言葉であるが、その白河であるなら何なのだろう? 朱鷺は、誰かの見た夢かと想像する。
「近いがちょいと違う。ここはね、誰かが見た夢を喰って繋がる世界さ。なんしろ、私は獏の眷属さね。夢を喰らう獏の住む世界。夢を喰らった獏と繋がる世界。私は『獏女』なんて呼ばれているんだよ」
「獏、ですか……私の知っている獏はこう、熊と象と犀を混ぜた、もっと動物的な妖怪なのですが……」
 そう言って朱鷺、改めて隣にいる女をまじまじと見るが、その姿形はどこから見ても人のそれ、彼女の言う動物的な特徴など欠片も持ち合わせておらぬ。
 視線に女、獏女は、また笑って曰く。
「ははっ、まぁそういう獏もどこかにはおることだろうねぇ。でも、だから私は『獏女』なのだろうよ――これでも女さね。人の男を好くことだってあるくらいだ」
「人の世に降りることがあるのですか?」
「いいや、人の方から迷い込んでくるのさ。夢を渡ってね。私は、迷い込んだ人間を案内するのが役目でね、沼で釣りをさせる。夢を餌にしてね――ここで餌にする『夢』は寝てみる夢じゃない。起きてみる夢の方。叶わなかった夢を捨てさせてやるんだよ。金盤(かなばん)はそういった『夢』が大好きなのさ」
「金盤?」
「嗚呼、沼に住む大きな肺魚でね、ほら、私の瞳と同じ金色の鱗を持っている。そいつらを釣ってみてはいかがかと勧めるのさ。まず、私以外に釣られることはないだろうけれど…」
 何事を皮肉ってか、獏女はくつくつと笑った。それを見て、嗚呼、なるほどと、朱鷺は得心する。
「貴女は、夢を喰らった金盤を喰らうのですね」
「ふふっ、そうさね――だから私も獏なのさ。あんた、察しが良いじゃないか」
 獏女は今し方出会ったばかりの朱鷺を見て、茶飲み相手はこうでなくちゃあと微笑む。して、吹かした煙管の拍子木を一つ、カンッ――と響かせた。
「で、あんたの方は?」と朱鷺を見詰める金色の双眼、如何にも興味ありげな眼差しで。
 朱鷺は懐より、切欠の石を取り出して曰く。
「私は……私はこれを人間の頃に拾いました。不思議な石です。元々巫女の家系に生まれた私と相性が良かったのか悪かったのか――この石が、私を様々な異界へと導くのです。いつしか私、年を取らなくなっていました」
 その石を、顎に手で見遣る獏女が呟やいた。「これは……」と。
「ご存じなのですか?」
 うむ、と頷く獏女が曰く。
「なるほど、だからあんたは出口から入ってこれたのだねぇ。いやね、この世界は一方通行なのだよ。家の裏手、霞の向こうから誰かが訪れることなんて、今まで一度だって無かったのさ。夢より迷い込んだ人は皆沼の向こうより来て、あの霞の向こうへと帰って行くのだから。何の横紙破りかと驚いたよ。でも、その横紙破りが以外にも礼儀正しかったもんだから、つい吹き出しちまった――」
「嗚呼、それで――」
 出会い頭に笑われたことに納得の朱鷺、元より口数の少ない彼女が言葉を続けたのは、やはり石に対して並々ならぬ執着があった故だろうか。
「して、この石は何なのでしょう?」
「こいつぁね――」
 獏女が言う。その地を指す言葉、深みを滲ませるかに。
「――『ぬらりの翁の星の丘』の隕石と聞く。私も初めて見たよ」
「ぬらりの翁の星の丘……」
 朱鷺はその名、忘れるべからじと心に刻んだ。全ての始まりがその石であるなら、全ての終焉もまた、その石に縁るのではとの予感が確かにあって。
 獏女がまた、煙管を拍子木の如くと打ち鳴らした。

 そうして幾許かの時を茶の湯と過ごした朱鷺、獏女に頭を下げて平屋を辞する。別れ際に少なからず心配を滲ませた獏女の言葉――「あんた、見れば随分と若い時分にその石を拾っちまったようだが、その身を嘆くようなことは止しなね。疲れたら立ち止まるのも、立派な術さね」と。
 これに返す朱鷺の言葉、その芯を窺わせて何とも凛々しく。
「嘆いたことなど一度もありませぬ。理由も目的も持ち合わせませぬが、それでも、私と言う存在にも意味があるのでしょう。私はただ、この石が指し示す運命に従うのみです。揺れず、ただ歩くのみなのです」
 そうして再び歩き出した朱鷺が向かうは獏女の言う『世界の入口』である。ただ石が指し示すままに、彼女は一方通行を遡ってゆく。

 次に繋がるは、誰かの夢の中かも知れぬ。

 入口に向かう途中、話に聞いた沼の縁を横切った。沼の上に漂う数千の蛍火が艶やかで、水面は当に鏡面世界の如し。情交の宴が醸し出す灯りのなんと優しげで、なんと悲しげなことだろう。
 朱鷺が暫し立ち止まれば、鏡面世界を揺蕩うが如くと黄金の肺魚が呼吸する。その魚、不思議と自らが発光している様子であった。
「なんて綺麗な異界でしょう……」
 朱鷺は呟き、また歩き出す。
 夢の墓場を、後にする。

『私は朱鷺――元は人、今も姿形こそ人の女なれど、その本質は定かならぬ。
 今ではないいつか、此処ではない何処かにて、石を拾って成り果てたが今の私と言うモノで――世界と世界の端境を歩み、ただ歩んで進むだけの女、それが私。その在り様に意味も、目的さえも見出せぬまま歩き続けている。
 嗚呼、いったいどれ程の世界を歩いたことだろう――。
 私をこのような存在へと変えてしまった石は、今も我が懐にて孵らぬ卵の如し。黒く艶光り、妙に人工物のようでいてさに非ず。
 この石、ぬらりの翁の星の丘に降る隕石とのこと。私は今、星の丘を目指している――』

                                              ――了
次話はこちら→朱鷺端境抄『朱松骨董品店』


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Posted on 2016/01/14 Thu. 19:45 [edit]

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