夢月亭~下手の横好き~

夢月亭清修の小説&バス釣りブログ♪小説の更新情報・小説・釣行記録・その他諸々掲載してます★

小説:釣り一頁ss No.7 「今も昔も」  

    小説釣り一頁ssNo.7  『今も昔も』         夢月亭清修



 私の彼、A太にK介という幼馴染がいるように、私、M美にも、T子という幼馴染がいる。
 小中高と席を並べ、大学こそ別れてしまったものの、お互い地元に就職して以来付き合いが復活し、最近も彼女に会ってきた。
『ねぇ、お魚食べようよ』
 今回は電話越しに彼女がそう言いだしたことが発端だった。住むところがところなら、こんな誘いは「築地を見に行こう」とか「美味しい店の情報を仕入れた」といった話題に繋がるのだろうけれど、生憎田舎住まいの私達だ――築地は遥か彼方だし、魚料理を満喫しようと思ったら敷居の高い割烹料亭にでも入らなければならない。だから私の返答は喰い気味に『なんで?』だった。
『テレビで見たの! 鮎の塩焼き!』
 その言葉もさらに喰い気味で返ってきて――暫し沈黙した後に私の溜息が電波に乗せられる。
 非常に残念ながら、私に当てが無いわけでもなかったのだ――。

 そんな経緯でT子を管理釣り場に連れて行った。
 管理釣り場――昔風に言うなら『釣り堀』だ。山奥を流れる川幅三メートルの源流に岩を並べて作った堰がいくつも設けてあり、透き通る水がその堰を乗り越える度に勢いを増し、白い気泡を含んで魚達を隠している。
 辺りは木々生い茂る野性味溢れた情景で、初夏を感じさせる日差しもここでは陰に負けて木漏れ日と言うのが相応しい。
 車から降りて呑気な欠伸をしながら「わぁ、綺麗なところ~」とT子は言った。
 このやろう……二時間の道程をほとんど寝て過ごしやがって――ちょっぴり怒りたかったけれど、豊かな景色が慰めてくれるおかげか、溜息を零すに留まった。
 ともあれ、私はロッジで借りた竿に餌(イクラ)を付け、それを魚の居そうな岩陰に流し込んでゆく。T子は見様見真似で糸を垂らしていた。
 魚の反応はとても良くて、思っていた以上に流れの強いポイントで食ってくる。クルリと反転してそれを知らせる糸に付けた目印――糸の動きをよく見てアワセていく。
 あっと言う間に私の魚籠は魚でいっぱいになった。その様に覚える満足感が、私の頬を緩めるのは言うまでもない。そうして――
「T子、どう? そっちは釣れてる?」
 しばらく自分の釣りに夢中になってほったらかしてしまっていた。T子は釣りなんて子供の頃以来だろうから、本当はレクチャーした方が良かったのだけれど、でも――
 気が付けば彼女は持参のレジャーシートに仰向け、顔を麦藁帽子で隠していて――。
「……また寝てる……マジで?」
私は今日一番の深い溜息を吐いて、あれこれと準備を整え始めた――。

 焼ける魚の匂いに反応したのか、T子が深い眠りから目覚めたのはちょうど焼き上がる頃合いだった。T子のレジャーシートの前には背の低い焚火グリル(私が用意し火を起こした)が設置されており、彼女にしてみれば全てが整えられてあったと言えるだろう。
「わぁ! 美味しそう!」
 目を輝かせるT子に私はまた溜息を吐く。ちょっとは手伝いなさいよ、とのお小言は、全てが済んでから言うには遅いように思った。
「ほら、そのまま食べれるわよ」
 促して、彼女は串を手に取った。あち、あち、と、ふー、ふー、がほとんど同時にその口から零れている。
 そうして魚の背に思い切り歯を立て頬張る様は、アウトドアに疎い癖に、こと食べ方となると流儀を知っているかのよう。いや、本当は食い意地が張っているだけなのだろうけれど……。
「美味しい?」
 問い掛けに、T子は大きな瞳をもっと大きくさせて頷いた。
「美味しい! 鮎最高!」
 嗚呼、そう言えば目的は鮎だったっけ? 私は思い出し、誤解を解いた。
「これは鮎じゃないよ。虹鱒
虹鱒最高!」
 どっちでもいいらしい。まぁ、きっと串打ちのアウトドア感があれば何でも良かったのだろう。私も彼女を真似て、思い切り頬張ってみた――うむ、我ながら完璧である。
「M美はいいお嫁さんになるねぇ」
 T子のその一言が私を綻ばせる。お世辞に舞い上がっているわけではない――昔は単純に喜んだものだけれど、今私が覚えるのは懐かしさだ。
 嗚呼、そうそう、昔からこうして世話を焼けば、彼女は決まって私を褒めそやす。変わらない彼女の口癖というか、条件反射というか――今も昔も、T子はT子なのだなぁという感慨が嬉しい。
「あ、それなんだけどね…」
 ここで私の言うそれは「お嫁さん」である。この日、私は彼女にA太との婚約を知らせたのだ。
 私の知らせに彼女の顔がくしゃりと歪んだ。
「え? ちょ、ちょっと…どうしたのよ?」
 ぽろぽろと涙を流すT子の反応は意外で、さすがに付き合いの長い私も慌てふためいた。
「ご、ごめんっ――え、なんで? どうして?」
 意味も解らず謝罪を口にする。そんな私に、T子は首を横に振った。
「違うの……嬉しくって…」
 震える声がそう告げて、私の胸にも泣きたくなるような暖かさが染み渡った。
 でも――続く彼女の言葉に、私の感情は反転する。
「私、M美が一生独身で過ごしちゃうんじゃないかって心配だったの……だって、M美って昔から全然モテないんだもん……」
 さすがにカチンときた。溜息? いいや、ここはさすがに怒ってもいいだろう。
「あんただって人のこと言えないでしょ!」
 マイペースで、甘え上手で、そのくせ余計な世話を内側に秘めているT子は、二十代も後半にさしかかる今尚、相変わらずであったのだ。

                 ――了
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Posted on 2016/03/03 Thu. 18:20 [edit]

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tag: 小説  釣り  虹鱒  管理釣り場 
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小説:釣り一頁ss No.6 「運か、腕か――」  

小説釣り一頁ss No.6 『運か、腕か――』      夢月亭清修



 性(さが)、と言うモノを目の当たりにしたように思う。
 僕の恋人は釣り好き一家の次女に生まれ、幼い頃より釣りに親しみ、自然と触れ合って育ってきた。その為か斯々然々の経緯で必死に隠していた『釣り好き』も易々と露見し、僕がそれを受け入れたと見るや否や溌剌と野を歩く姿は……まぁ、何と言うか――
 彼女に対し、割と大人しい子という印象を持っていた僕からすれば「あの上品な猫はどこへ行ったか」という塩梅だ。
 当の彼女は「猫なんて最初から被っていなかった」と言い張るけれど、それが本当なら釣りに行けるか行けないかは彼女の人格に多大な影響を与えていると言わざるを得ない。
 性だな――と思ったし、性は捻じ曲げられないモノなのだろうとも。
 ミディアムヘビーロッドに一オンスのテキサスリグをぶら下げて、物干し竿のようなそれを両肩で曲げるその姿は、僕のような初心者から見れば堂々たるバスアングラーそのもので――あまりにも堂に入っていた。
 正直釣り場で肩を並べるのが畏れ多いと思ってしまうくらいだ。
 しかも本当に上手くて、小さな隙間を精巧に狙い撃ち、カバーの下から大きなバスを強引に引き抜くその腕前は、プロの取材を目撃しているような錯覚を覚える。
 その隣でちまちま小さなバスを釣る僕に対し、彼女は快活に笑って「今日も私の勝ちじゃない?」と檄を飛ばす。猫なんて可愛らしいものじゃなく、豹かトラか――そのくらい性格に筋肉が付いたようだった。
(この「筋肉」という表現はいつも僕の脳内にはあるけれど、言ったら激怒されること請け合いだろう……)
 でもしかし、彼女とのデートに釣りというプランが半分を占めるようになっても、これといって僕自身の心境、彼女に対する恋心に変化は無かった。
 こと釣りとなると元気になる彼女だけれど、それは躁鬱のように正と負を行き来するようなギャップではなくて、好きなことを満喫してはしゃぐ子供のような、正数に正数を掛けるような上がり方なのだ。だから好ましいギャップとして見ることができたし、口遊びに「あんまり羽目を外すと池に落ちるぞ」と苦笑いの親心を披露すれば、「そんなことよりどっちが大物を釣るか競争しよう」と返って来た時には笑ったものだ。
 まるで本当に子供みたいだね――と。
 そうやって僕も、気が付けば以前よりずっと釣りにのめり込んだように思う。

 さてさて、ノロケ話をこれ以上語っても仕方が無いので閑話休題だ。
 そんな僕達の釣りデートに初めて幼馴染のK介が同行したときの話を、少しだけしよう。

「なんだよてめぇ! 彼女ができたならそう言えよ! 俺はてっきり……」
 すごく怒られた。なぜ怒られるのか解らない僕は呆気に取られて彼の言葉のサンドバックに成り下がっていたけれど、そんな僕達の様子をM美は笑って眺めていた。どうやら、彼女にはK介の考えていることが直ぐに分かったらしい。
「――てっきり、釣りに飽きちゃったんじゃないかって心配になったのよ、彼。ふふっ、意外とツンデレな幼馴染じゃない」とは、あとで彼女が耳打ちしてくれた言葉だ。K介とツンデレの二つが僕の中ではまったく混じり合わないのだが、彼女は「ベジータ級よ」と笑った。
 そうして三人で釣りを始めたわけだけれど、釣り好き同士とあって気の合う遣り取りを見せていたK介とM美が、ある瞬間を境に言い合いになった。
 原因を聞けば、お互いの戦略が噛み合わず、どちらの釣り方がより正解かを競い合ってしまったらしい。
 M美が言うにはこうだ。
「すっかりターンオーバーしちゃってるじゃない。こういう時大きい魚はカバーからそうそう動くモノじゃないわ。ディープの隣接したカバーを探しましょう」
 対してK介はこう言った。
「いいや、流れ込みの新鮮な水でベイトを追ってる。大型はまだ水温に影響されていないはずだから、新鮮な水があればそこにいるはずだ」
 流れ込みがあるエリアとカバーの豊富なエリアは縦に長いフィールドの対岸同士(ちなみに、全体としてウィードは薄いマッディな野池だ)――要するに、どちらのエリアへ優先的に足を運ぶのかで意見が分かれたのである。
 僕は「両方回ればいいじゃないか」と思ったけれど、朝の良い時間帯をどちらで過ごすかは二人にとって重要な問題であるらしく、結果、二人はそれぞれが思うように釣りをして、どちらがより大きい魚を釣るか対決する運びとなった。
 二人は鼻息を荒くして互いに背を向け、それぞれが目指すポイントへと歩いて行く。僕はどちらに付いてゆくべきかと考えて、考えあぐねて――結局その場に取り残される形となってしまったのだった。

 いざ一人になってみると、どうやって釣ったモノか全然見当が付かない。僕の釣りがいかに二人の師匠任せだったか身に染みてくるようだ。
 取り敢えず「秋は巻物」との格言を信じてスピナーベイトをぐりぐり巻いてみたものの、アタリは一向に無く、釣れる気が全くしなくなってきた。
 ならばと手を変え品を変えの引き出しが僕には無いわけで、直ぐに思考はワームの釣りへと傾くのも、バス釣り初心者にとっては「あるある話」の一つだろうか?
 最近知ったスプリットショットリグを結び、漠然と沖へ投げ、ボトムを取り、ゆっくりロッドワークでズル引きしてみる。
 コツコツと石を乗り越える感触が手元に伝わって来る。何となく、何かしら沈みモノの感触を味わっていると釣れそうな気がするから不思議だ。
 僕はしばらく、のんびりとそれを繰り返した。すると、ある時不思議な感触を手に覚えた。それまで頻繁にあった小石の感触とは違い、もう少し強く引っかかって、ぐんと何かに乗り上げたような――。
「なんだろ? 何か大きいモノが沈んでいるのかな?」
 気になって同じ場所へ数回キャストすると、どうやらかなり大きめの岩が転がっているらしいと想像が膨らんだ――おぉ、ならばそこには魚が付いているかもしれない。ひょっとしたら、まだ誰も発見していない穴場的スポットじゃないかしら?
 なんて、そこまで考えて首を振った。
 もう何回も同じ場所にキャストしているのだもの。本当に穴場であるなら、既に魚の反応を得ているはず。実際にはもぬけの殻なのだろう――と自分にとって都合の良い想像を振り払った。が、次の瞬間――
 ぐっとティップが水面に向けて曲がった。こちらの動作とは関係なしに引っ張られたような――。
 まさかと思ってするフッキングは「吃驚アワセ」と言われるそれに違いなかったけれど、しかし一動作入れて確かめることのできた重さには、ちゃんと生き物の動きが感じ取れたのだ。
「うわわ! 魚だ! 間違いない!」
 今までに感じたことの無い強烈な重みに腕が振るえる。ジリジリと音を立ててラインを放出するドラグは果たしてキツイのか緩いのか――僕の左手は壊れて暴走する玩具のようにハンドルを巻き続けているのに、なかなか魚は寄ってこない。
「ど、どうするんだよ――これっ!」
 リールの回転に頭の回転は追いつかない。一人で慌てふためく僕の様は「テンパっている」という言葉がピタリと当てはまっていて――。
 しかしそうこうしていると右からM美が、左からK介が駆け寄ってきた。どうやら僕の遣り取りが遠くからでも見えていたらしく、それぞれ大物の予感に興奮しているようすだった。
「無理に巻いちゃ駄目! 魚の泳いでいく方向と逆に竿を倒しながらラインを出して! 適度に抵抗を掛け続ければ魚が疲れてくるくるはずよ!」
 M美が教師か教科書のような言葉で僕をサポートする。
「こっち寄せられるか? 俺がネットで拾ってやる!」
 K介はランディングネットを伸ばして積極的に魚を取り込もうと体を動かした。
 そうして――
 僕はネットの中で身悶える魚体に手を掛け、持ち上げる。
 つやつやの鱗、脂の乗った魚は魚をたらふく食べていると言うが、それを証明するような大きな腹はまるで力士のそれと似て強さの証にも見える。
 写真でしか見たことの無いようなカッコいいバスだった。何でも吸い込んでしまいそうな大きな口、日に焼けた黒い肌、ピンと尖った背鰭が凛々しくて、嗚呼、これがブラックバスなのだと思った。
「す、すごい…」
 大きすぎる喜びは逆にテンションを奪うのかもしれない。もっと楽しげにはしゃいでも良かったのだろうけど、僕の見開いた目は魚に釘付けで、瞬きするのも惜しいような――。
 そんな僕の様子にK介とM美はニヤケ面でハイタッチを交わしていた。一体いつの間に仲直りしたと言うのだろうか――二人の間には、共通の喜びが芽生えているらしかった。

 結局、この日釣れた魚はこの一匹だけ。喧嘩するほど自分の予想に自信を持っていた二人はなんとボウズである。僕からしてみれば意外過ぎる事実だが、「あんなところに良いストラクチャーがあるなんて分かるわけが無い」と、二人の言い訳が似たり寄ったりだったのが可笑しかった。
 そして今、唯一の釣果を収めた写真が僕のスマホには入っているのだけれど、これは結構、僕の中では宝物と言ってもいい一枚だったりする。
 通りかかった別の釣り人にお願いして撮ってもらったそれは、魚を掲げて気恥ずかしい笑顔の僕を中心に、その左右を満面の笑みと四つのピースサインが囲んでいる。
 これを見る度に僕の胸にはあの瞬間の喜びと、またこれを味わいたいと願う気持ちが膨れ上がるのだから――嗚呼、いいなぁ、釣りって――そんな気分に浸れるのだ。

「釣りは腕が無ければ楽しめない」と、僕は心のどこかで思っていたのだろう。でも、その考え方を壊すようなこの一匹が、過去となった今でも愛おしく思える。

                                          ――了
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Posted on 2016/02/16 Tue. 02:49 [edit]

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小説:釣り一頁ss No.5 「M美の秘密」  

小説釣り一頁ss No.5    『M美の秘密』    夢月亭清修


 私に彼氏ができた。
 名前はA太。
 私の勤め先はかなり田舎の方にあるのだけれど、綺麗な夕焼けに誘われて、何の気なしに休憩時間を外で過ごしたことが切欠だった。
 本当に何の気なしに――普段は休憩時間に散歩なんてしない。まぁこれは、仕事のストレスがそれだけ溜まっていたという話でもあるのだけれど、それはさておき――。
 近くの池を通りかかった時、彼はそこで釣りをしていて、見かけた時にはちょうど魚を掛けていた。嗚呼、思い出しただけでもあれは素敵な絵だったと思う。
 空も、雲も、水面も――全てが同じ夕焼けの色を纏って、彼はその中心にいた。勿論他と同じく夕焼けを纏う彼――彼の握る黒いロッドが描く弧は、そこでは人工物らしからぬ調和で自然と馴染んでいた。
 それは良い景色、良い風景と言うよりは『絵』と語るのが正しく思える。そう、素敵な絵、だったのだ。
 私は何だか嬉しくなって、彼に声を掛けた。
「あ、釣れたんですか?」
 あ、も何も見ていたのだからそれは分かり切った質問だったけれど、釣り人に声を掛けるならそれが一番自然であることを私は知っている。釣れたのは分かっていても、いきなり「どうやって釣りましたか?」なんて質問をする釣り人は滅多にいない。
 彼は堰堤の上に立っている私を振り返って、どうしてかポカンとした表情をしていた。なかなか言葉が返って来ないから、もう一度私から声を掛けなければならなかった。
「ど…どうかしましたか?」
 釣り人にこんな質問をしたのは初めてだった。今思い出すとなかなか笑えてくる。
「あ、えっと…その…あの…」
 彼はそんな風に少しだけどもり、私に言った。
「今日ここで誰かと出会ったら、それはきっと、恋に落ちるくらい素敵な女の子に違いないって思っていたんです。だってほら――」
 うわぁ…いきなり初対面の女に向かって何を言ってるんだろう……コイツ――というのが冷静な私から出るはずの感想なのだけれど、その時は違った。もぅ、本当に私もうっかりしたモノだ。
 うっかり、まいってしまったのだ――。
 顔が熱くなるのが分かった。きっと夕焼けの下でなかったら若年性の更年期障害と勘違いされていたことだろう。まぁきっと、その熱が今でも私の中で火の粉を飛ばし続けているに違いないのだ。
 嗚呼、そう言えば――彼がそこで「ほら」と示したのが魚ではなくて、そよ風に揺れてただただオレンジ色に光る水面だったことが、私を余計に惹き付けた。
 私には彼が「ほら」と言ったその気持ち、とても分かるのである。

 さて、その馬鹿みたいにロマンチストで、初対面の女に強い臭気を放つ言葉を平然と吐くくせに、ナイーブで小心者のA太は今、ティーテーブルを挟んで私の正面にいる。
 なんてことはないデートの最中だ。たわいない話をして、モンブランを頬張り、珈琲を啜る、そんなデートの。
 とても楽しいのだけれど、今私の心の中にはブラックバスのことが犇めいていたりする。そう、釣りに行きたくて仕方がないのだ。
 実は、釣り一家に育った私は大の釣り好きで、中でもバスフィッシングは一番と言っていい。
 私は、休日とあれば単身でバス釣りに出掛ける程の釣りキチなのである。
 しかし彼と出会って以来、私は釣りに行けていない。その理由を話せば「ノロケかよ、ぺっ」と誰かに唾を吐かれるに違いないのだが――彼が休日を合わせて毎週デートに誘ってくれるのだ。
 慣れないお洒落をしてホイホイ付いて行く私だから、まぁ釣りに行けないのも当然と言えば当然。デートを楽しんで不満を溜めるなんて、嗚呼、なんて贅沢をしているんだろう……。
 ここで「彼も釣り人でしょ? 一緒に行けばいいじゃない」なんて、いかにも某友人が言いそうな、ありきたりな解決策は却下だ。断じて却下する。
 恋人の趣味で嫌なものをランキングにすると、かなり上位の方に「釣り」はあるようだけれど、それは男女どちらから見ても当てはまる。特に私のように、そんじょそこらの男より釣りが上手い女となると目も当てられない。
 以前釣り好きの男と付き合ったことがあるが、一緒に釣行して私がボッコボコに釣るのに対し、彼が一匹も釣れないということがあった。それが切欠でフラれた記憶は、釣り好きとして色褪せるモノではない。
 ましてや今の彼、A太が初心者であることは出会った時に知っている。だからそう――
 今、私は私の釣り好きを彼に秘密にしている。彼に釣りのことで引かれるのはさすがに耐えがたいのだ。
 釣り好きとしても、女としても――。
 だからいっそ、釣りのことは当分忘れてしまおうとさえ思っていたのだけれど……。
「ん?」
 珈琲を啜る彼のスマホからラインの着信音が響いた。私達の会話も天使が横切るそのタイミングで――彼が、画面をタッチする。
「うわっ、すごい……」
「どうかしたの?」
 私の問い掛けに、彼はスマホを差し出した。
「今、友達から大きいバスを釣ったって連絡が来たんだ」
 画面を見ると、写真が添付されていた。池を背景に四十五センチくらいのバスを持つ手が映っている。バスの口にはしっかりヒットルアーも映っていた。
「へぇ、この池もクランクで釣れるようになったのね。もうすっかり秋って感じ」
「……え?」
「え?」
 私の秘密も、どうやらこれまでのようだった。

                                        ――了

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Posted on 2016/01/04 Mon. 00:29 [edit]

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小説:釣り一頁ss No.4「Kと秋の釣り日和」  

小説釣り一頁ss No.4  『Kと秋の釣り日和』   夢月亭清修


 ここのところAの付き合いが悪い。
 Aは俺の幼馴染で、今年の春にバス釣りデビューしたばかりの初心者だ。
 無趣味な仕事人間の癖に妙にロマンチストでナイーブなAが、仕事のストレスで円形脱毛症になりかけているところを「息抜きに良いぞ」と唆して俺が始めさせた。
 最近ではそれなりにハマっている様子で、円形脱毛症も回復を見せていたんだが………いやはや、どうにも付き合いが悪い。
 今日だってそうだ。「良い釣り場を見つけたから行こうぜ」と誘ったが、返事は釣れない内容だった。
「ごめん、その日は予定が…」なんて、釣りをやらなきゃ仕事しかねぇだろうに――と俺は思うのだけれど、なんだってんだ、どんな予定があるって言うんだ、まったく……。
「チッ、おかげでこのありさまだ」
 クランクベイトを投げて毒づく俺の目の前に広がる湖面は、俺の立てる波紋が一つきり。他にルアーを投げ入れるアングラーは見当たらない。
「ポイント責め放題、つーか、貸切状態じゃねぇか」
 俺の手元ではハイギアのベイトリールが軽快に糸を巻いていく。クランクベイトは水面下一メートルを素早く潜行し、心地よい振動を竿先へと伝えた。
 そのクランクがブレイクに絡む岩にぶつかってヒラを打った――その瞬間――
 ぐっと竿先が曲がる。針先が何かを掴む感触が堪らなく心地いい。巻物の釣りでルアーが根掛かりするのと、魚のバイトする感触は似ているがまったく違う――どっちだよ、とツッコミを入れるのはこの場合野暮だ。似て非なるモノなのだ。
 俺は大きく竿を振り上げ、合わせを入れる。
 水面が割れて、魚の顔が見えた。
「デカいっ!」
 跳ねようとするバスをロッドワークでいなす。走り出したらクラッチを切る。やつが潜り込むような障害物は無いのだから、この場合は慌てないことが吉――俺は慎重に魚を寄せ、そいつの下顎を掴んだ。
「やった! 四十五アップ!」
 太った良い魚だった。これは嬉しい。でも――
 そうして振り向いた先に、Aがいない。いつもならここでパターンを説明し、得意げにバスを示して見せるのがお決まりなのだが――。
「なんだよ……初秋は巻物、まだレンジは浅目、マヅメならトップもありだなって教えてやりたかったのによ……日差しが強けりゃカバー打ちだとか、他にもいろいろ…」
 取り敢えず、俺はその魚をスマホで撮って、ラインでAに送り付けた。「すげぇだろ!」の一言も添えて。
 早々に返事が来るわけでもない。
 俺はまた、湖面にルアーを投げいれる。
「んだよ……まったく…」
 物足りない気持ちだった。いつもなら諸手を上げて喜べる四十五アップが釣れたと言うにもかかわらず、なぜかそんな気分になれない。
 こんなに嬉しくない四十五アップは、初めてだった。
「寂しいわけじゃねぇぞ、ちくしょう……物足りないだけだ……くそっ」
 また毒づいて巻いていると、再びアタリがあった。魚の活性は高い。
 こんな秋の釣り日和に野池が貸切なんて、去年までの自分ならそれだけで満足だったのにな、と――ぼんやり思った。

                                           ――了

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Posted on 2015/12/21 Mon. 00:35 [edit]

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小説:釣り一頁ssNo.3 「夏の休日」  

小説釣り一頁ss No.3     『夏の休日』    夢月亭清修


 ふと目が覚めたら、休日だった。
 ここのところ仕事に追われていた僕は、真昼間に目覚めたことに無用の罪悪感を抱きつつも、何の予定も見当たらない今日という日の過ごし方を考えてみる。
 思い付いたのは、一つだった。

 車で山間部にある野池にやってきた。
 初めて来る場所、初めて釣るフィールドだ。
 取り敢えず堰堤から池の様子を見てみたけれど――さて、どうすればここのブラックバスが釣れるのかなんて、ぱっと見て僕に分かるわけがない。
 こんな時、Kなら長々と持論、予想を繰り広げそうだなぁ…と思っただけ。
 僕のバス釣りは彼に教わって、彼と遊ぶ為の釣りなのだ。だからだろうか? 一人で来たって彼の顔が思い浮かんでしまうのは。
 そんな自分の癖がちょっぴり鬱陶しいが、しかし貴重な休日をこうして一人、またしても釣りに費やそうというのだ。僕も彼に感化されたものだと思う。
 取り敢えず、僕はスピニングロッドにトップウォータープラグを結んだ。「夏はトップだ」と、誰かが言っていた気がする――。

 燦々と夏の日差しが僕を責めていたのは最初だけ。あっと言う間に夕暮れ時だった。
 あれほど白く、完璧だった大きな入道雲が今は暖かなオレンジ色をしている。それを映す水面も同じ色で、視界に映る全ての境界線が曖昧になっていくようだ。
 僕がルアーを投げる度に、そこには波紋が広がるから――鏡面世界が揺れている。気持ちのいい風も、それを手伝った。
(嗚呼、なんか……悪くないな――)
 堰堤から竿を振り続けて、僕は思う。こんな時間があるのか――と。
 日々時間に追われて働いていることが嘘のようだった。僕の心は目の前に広がる空間へと拡散して、風のように自由だし、水面のように穏やかで――嗚呼、心地いい。
 だからそう、僕は思う。
(なんだ、人が幸せになるのって、こんなに簡単なことなのか)
 そんな気分だった。そんな気分を少しでも長く味わっていたいから、僕はその場所からルアーを投げ続けていた。
 釣れるとか釣れないとか、そんなことはどうでも良くなっていたのだ。
(今女の子に声を掛けられた、それがどんな子だって恋に落ちそうだ――)
 そう思う僕は気持ち悪い程にロマンチストだろうか? うん、そうに違いない――自らの悪癖を断じて、僕はへらへらと夕焼けに笑う。そんな時に――
 ぐっ――と竿に重さを感じた。慌てて巻き上げると、簡単に寄って来るが確かに魚が掛かっているらしい。
(うわっ! つ、釣れちゃった!)
 まさか釣れると思っていなかった僕はみっともなく慌ててしまった――でも、そうして僕の手に落ちた魚は、慌てる程には大きくなかった。
 二十五センチ程のブラックバス
 何と言うか、魚を持った時の僕は不思議な気分だった。
 釣れたのは勿論嬉しいけれど、折角トップウォーターで釣れたのに、こいつが水面を割る様を見逃したのが残念でならないし、良い気分をちょっと邪魔されたようにも感じたのだ。
(嬉しいような…でも、ちょっと違うような…)
 釣りをしておいて何を贅沢な、目当ての魚が釣れたのだから、それでいいじゃないか――誰かはそう言うだろうか? でも――
 一つ、思い出したことがある。Kが以前に言っていたことだ。
「釣った、と釣れた、は全然違う」
 なるほど、ならこれは「釣れた」魚なのだろう――どうしてこの魚が釣れたのか、僕には全然分からないのだから。
「釣ったって感覚が解ったら、きっと、楽しいだろうなぁ…」
 僕は自然と呟いていた。

 さて、その魚を池に逃がそうという折に、堰堤の上から声が掛かった。
「あ、釣れたんですか?」
 女の子の声だった。
 振り返ると、逆光の中に佇む女の子がいる。顔は良く見えなかった。でも――
 嗚呼、気持ち悪い程にロマンチストたる僕のこと、大いにドキドキしてしまったことは言うまでもない。
 この時の僕は「釣った」のだろうか、「釣れた」のだろうか――いいや、「釣られた」のかも。

                                      ――了

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Posted on 2015/12/04 Fri. 04:12 [edit]

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