夢月亭~下手の横好き~

夢月亭清修の小説&バス釣りブログ♪小説の更新情報・小説・釣行記録・その他諸々掲載してます★

小説:移動城塞都市と涙の運河 『32.乱暴な訴え方』  

     32.乱暴な訴え方――

 ミクラさんはニナとの会話の後で直ぐに眠ってしまったので、僕達と夕食を共にすることは無かった。
 その眠りは深く、脳が深い絶望を和らげようとしているのだと願うより他にない。さらに願うなら、ニナの言葉が彼女の心に健やかな影響を与えてくれるようにと僕は祈った。
 そう、祈った――一体何に?
 もちろんヌンじゃない。僕は信仰を持ち合わせていないから、こんな時はいつも物語の神に祈っているのだと思う。
 もしそのような神があるのなら、彼女に救いのある展開と結末を――と。
 そうして、僕と秀喜はこの世界の神を徹底的になじってやることを心に決めた。想いの丈を、徹底的にぶつけるのだ。
 その為に、翌朝巫女の聖堂を訪れた。ミクラさんが蹲っていた件の部屋――その扉に手を掛けると、鍵穴など無いのに今日は開かない。ヌンが意図的に閉ざしているのだろう。
 秀喜が、その扉を乱暴に蹴りつけて叫んだ。
「こぉらぁッ! 糞親父ッ! てめぇ一体どういうつもりだッ!」
 僕も同じく蹴りつけて、思い切り叫んだ。
「ふざけるなッ! 神なら人を弄んでも良いと言うのかッ!? 彼女がどんな気持ちでアンタを慕っていたか――彼女の成長を見続けてきたアンタなら、絶対に分かるはずだッ!」
 蹴っては叫び、蹴っては叫び――僕達は延々とそれを繰り返した。
「気に入らねぇッ! 他にやりようはいくらでもあんだろうがッ!」
「その通りだッ! アンタが僕達の話に応じないのなら! 神だろうとなんだろうと僕達は戦うぞッ!」
 蹴って、叫んで、繰り返して――この声は必ずヌンに届いているはずだ。なぜなら、それは幼い日のミクラさんが証明している。
 だからこんな行動に出ているのだと云えば、まだまだ僕達も冷静に行動しているように受け取られるかもしれない。が、実際は見たままである。ただ感情的になっていたのだ。感情を、剥き出しにしていた。
 それもこれも、昨晩の話を聞いてヌンの印象が大きく変化していたからだろう。ぼんやりと神様というイメージだったヌンには、今や『心』の存在を確かに感じていた。
 ヌンは彼女に「ありがとう」と言った。
 喜びを分かち合い、悩みを聞いた。
 彼女を導く為か、怒ることもあったと――。
 最近でも、昔のように話がしたい、と――。
 ならばやはりそう、感情的にならずにはいられない。
 心にこそ、僕達人間は想いをぶつけられる。心にこそ、僕達人間は訴えかけたい。
 だからこそ乱暴に蹴ってでも、叫んででも、ヌンに僕達と云う存在を強く認識させたかった。
 三十分程そうして暴れていると、痺れを切らした秀喜が遂には懐からコルトガバメントを抜出し、扉に向かって構えようとした。
 いや、さすがにそれは弾の無駄と云うか、跳弾が危ないんじゃ……と僕は思ったけれど、しかし、次の瞬間――
 カチャリ――という何とも呆気ない音を立てて、扉がゆっくりと開いたのだ。
 まさか拳銃の脅しに屈したわけでもあるまい――奥に広がる暗闇の中に、あの緑色の血管のような、どこか意識を宿すような光が怪しく浮かび上がっている。
 闇に紛れ、兵士の形をしていた黒いコード達が微かに蠢いているような気もする。
 これは、罠?
 違和感たっぷりの歓迎を不気味に感じたが、でも、ここで引くつもりは毛頭ない。僕もコルトガバメントを抜いて、秀喜と二人で中に足を踏み入れた。
 そして辺りを見回したが、何も起こらない。
 正面に銃を構え、僕は言った。
「ヌン、お前は間違っている。自分に嘘を吐いている」
 目の前にヌンの心があるのだと信じて、訴えた。
「この砂漠の大地をキメラとお前自身の力で蘇らせ、生態系豊かな熱帯雨林に代えるんだろう? そしてオーパーツは姿を消し、この世界に非暴力と非科学の時代がやってくる。その為に、長い時間を掛けて強固な統一宗教までお前は作ったんだ。その目的は間もなく完成しようとしている。でも――」
 僕は構えていた銃を降ろしていた。
「本当は迷っているんだろう? たった一人の女性の為に、お前は踏み切れないでいる」
 ミクラさんを想った。彼女の笑顔を、彼女の泣き顔を、そして、僕達の盾になって両手を広げていた、その背中を――。
「そうさ、本当は、容易いことのはずだ。この巨大な都市そのものを消し去ろうとしているお前にとって、上澄みの街や人々を消すことなんて、いつだってできるはずじゃないか。それをわざわざ悪魔に委ね、銃を持たせ、少しずつ行うなんておかしな話だ。きっと、お前はきっと――」
 僕は僕の想像が正しいことを強く祈った。こればかりは物語の神にではない。ヌンに祈っていた。そうであってほしい――この神は、ミクラさんだけは心から愛していたのだと信じたかったのだ。そうでなければ僕達の言葉など虚しく部屋に木霊すだけだし、ミクラさんの心も救えない。
 どうか僕達の言葉が、響く『心』であってくれと強く念じていた。
「自分を試していたんだろう? 目的の為に、己は彼女を殺せるのか、引き金を引けるのか、少しずつ街を壊しながら確かめようとしていたんじゃないのか? 本当は、彼女を殺す自信が持てなかったんじゃないのか?」
 ミクラさんは言っていた。ヌンの加護があって、自分は民の盾になれるのだと。僕はその事実をノアの方舟と結び付けて考えてみたけれど、これはある意味、彼女の方が正しかったのだ。
「その結果はもう出ているよな? お前は彼女を撃てなかった。彼女を殺せなかった。それも一度じゃない。何度試しても駄目だった。彼女を……愛しているから――」
 気が付けば拳を固く握り、声にも自然と力が入っていた。
「ヌンよ、お前は人を愛せる存在だ! 人の為にこの世界を造り替えようとして、人の為に踏み切れないでいる! そんなお前がなぜ! 人の可能性を信じてやれないんだ! なぜ自分が育てた人々の優しさを疑うんだ! 洗い流す必要なんかない! ただ信じて、世界を人に委ねることだって選べるじゃないか! もっと信じてやれよ! アンタの娘は、アンタに代って世界を導けるくらい、膨大な可能性に満ちているぞッ! 彼女は神の子なんだ! 間違いなく! アンタの娘なんだよ!」
 そう言い放った、次の瞬間だった――。
 一体どうしてこれ程と思うような大量のコードが、部屋の暗がりから湧きだして僕と秀喜を押し包んだ。
 コードは悪魔を構成していたそれと同じく蠢いており、部屋の中は、最早隙間なくコードに満たされたのだった。

                      ≪――続く≫
前話→31.彼女の父親    次話→(5月2日更新予定)
※次週は更新お休みです!二週間後をよろしくお願いいたします♪


にほんブログ村

Posted on 2018/04/18 Wed. 21:00 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

小説:移動城塞都市と涙の運河 『31.彼女の父親』  

     31.彼女の父親――

 出来上がった料理をミクラさんの部屋に持っていくと、換気の為か扉がわずかに開いており、そこから仄かな灯りと話し声が漏れていた。ニナとミクラさんの会話だ。
 嗚呼、彼女は目を覚ましてくれたのだと僕は嬉しくなり、直ぐにでも扉をノックして中に入ろうとした――が、どうにも聞こえてくる声が秘密を囁き合うような、どこか湿り気を帯びるような声だったので、つい息を潜め、耳をそばだててしまう。盗み聞きなど下品とは思いつつ、しかし、どうしても気になってしまったのだった。
「ニナ、私ね――」
「うん」
 ミクラさんとニナの声の位置が近い。ニナの声はどこか語り下ろすようで、僕はニナに膝枕されるミクラさんを想像した。
「私ね、孤児だったの。生まれてすぐ、両親が事故で亡くなっちゃって、施設で育ったわ。満ち足りた施設よ……何一つ不自由なく、同じ境遇の仲間と明るく過ごしていたわ……。でも、やっぱり両親のいる子が羨ましかったり、眩しく見えたりした。どうして私には両親がいないのだろうって、悲しくなることもあったの」
 衣擦れの音が微かして、ニナが、ミクラさんの頭を撫でたように思う。
「そう……私と同じなのね。私も施設育ちだから、ミクラのことが他人のように思えないのかもしれない」
「そう、ニナもそうなんだ……」
 何か感じ入るような間を置いて、再びミクラさんが語り出した。
「それでね、寂しくなって時々泣いてしまう私に、施設の保護官は優しかったわ。温かく抱きしめてくれて、私をお母さんだと思っても良いのよって言ってくれて――すごく、嬉しかったの。その時の私、どうしてかしら……それだけでも十分嬉しいのに、きっと我儘だったのかしら――じゃあお父さんは? って聞いたの。そうしたらこんな答えが返って来た。ヌン様がこの都市に住まう民の、全ての父ですよって。嗚呼、そうか、そうなんだって、心から納得できた。誰もがヌン様を尊敬し、心から敬っていたもの。私の父親は神様なんだって、何だか誇らしい気持ちにもなった」
「………」
 きっとニナはミクラさんの頭を撫でながら、静かに耳を傾けている。
「それから私、いつも学校の帰りに聖堂に立ち寄ったわ。父と、話がしたかったの。その日あったこととか、他愛も無いことを話したかった。悩み事があれば聞いて欲しくて、嬉しいことがあれば一緒に喜んで欲しかった。だから毎日通って、巫女だけが入れるあの扉の前で――声が返ってこないのは分かっていたけれど、いつかお話しできる日が来るかもしれないと思って、喋りつづけたの。そうしたら――」
「………」
「ある日ね、扉の向こうから声が聞こえたわ。お入りなさい――って、優しい、安心できるような男の人の声。信じられなかった。でも、扉の向こうで誰かが手招きしているような気がして、恐る恐る入ったの。そうしたら、また同じ声が、今度は私の名を呼んだわ。ミクラ・ヌンディーネ――その名に我が名を持つ娘よ――って」
「ヌン、なのね――」
 ミクラさんの頷くような間があった。
「ええ。それでね、いつもありがとうって言われたの。どうしてお礼なんかって思ったけれども、いつでもここにおいで――この部屋で、またミクラの話を聞かせておくれって言われて、思わず大泣きしてしまったのを良く覚えてる。帰りが遅くなって、しかも瞼を泣き腫らしていたから、保護官に酷く心配をかけたわ。何があったか聞かれたけれど、今思えばどうしてだろう――いいえ、きっと独占したい気持ちだったのね。私、頑なに答えなかった。その日の出来事と、そして、その日から始まった私とヌン様の交流は、今この瞬間まで私だけの秘密にしていたのよ。話したのはニナ、貴女が初めて……」
 また、しばしの間――。
「私ね、本当に父を手に入れたような心地だった。ヌン様は私のどんな他愛も無い話にも耳を傾けて下さったし、悩みも聞いてくれた、喜びも分かち合ってくれた――たまに、怒られたりもしたわ。それは他に替えようのない、温かさだった……」
「………」
「私が大きくなるにつれて、その時間は少しずつ減っていったし、先代の引退と同時に巫女になることを命じられてからは、厳格な祈りの時間に取って代わられてしまったけれど――それでも時々、ヌン様は私個人に宛てて言葉を下さることもあったし、本当にごく希に、また昔のように話をしたいとおっしゃられることもあった。私もずっとそんな時間を、心待ちにしていたから、とても嬉しかった。でも――」
 少し、長く間が開いた。
「ニナ……私の父は――」
 言葉が、戦慄く唇の内で揺れている。
「私の父は――変わってしまわれたのね……もうあの頃の、身近に感じた父ではなくなってしまった……嗚呼――」

 どうして――

 どうして神様って、こんなに遠くにいるのかしら――

 流れる無音の間に、僕は涙の音を聴いた気がする。
 嗚呼、彼女が極限までヌンを信じつづけたわけだ――彼女にとって、この都市の神は誰よりも特別な存在だったのだ。
 部屋から零れ始めた嗚咽に、僕の視界も歪み始めて――秀喜も、じっと足元を見つめていた。
 まるで大きな穴の縁に立って、闇色に隠された底を想い続けるような時間が流れている。でも――
 その穴に最も近い場所に居るニナが、大きく空を仰ぐ。悲しみはありのままに――それでも、確かに、未来を想って。
「ねぇミクラ……私もね、深く絶望しながら生きていた時間があったわ。とても辛くて、長くて悲しい時間だった……。人身売買の商品にされかかった時には、もうこの人生はどうしようも無い、そう思って全てを諦めかけた……。でもね、本当に終わりそうになった時、私、どうしてかしらね――必死で抵抗したの。悔しくって、悲しくって、こんな結末で人生を終えるのは嫌だって、無我夢中だったわ。そうしたらね――」
 僕と秀喜の脳裏に蘇る、過去の旅のワンシーン。
 初めてニナと出会った時、彼女は自我を破壊するソフトをインストールされようとしていた。そうだ、ハッキリと覚えている――体のどこが壊れようとも、絶対に勝ち目の無い状況だとしても、彼女は全力で抗っていた。自分の人生を、決して諦めていなかった。
「――出会ったの。とても変な人達に。遠い異世界からやって来た、今ではとても大切な人達に。諦めていたら、きっと出会わなかったわ。だからミクラ、これからミクラにも、そういう出会いがきっとある。貴女が貴女でいることを捨てない限り、また貴女にも、新しい大切なモノができるはずよ。大丈夫……私達はずっと貴女の味方だから。これはね、ミクラ、神様と同じくらい信じていいの」
 ニナの声は密やかに語るようでいながらも、芯のある力強さを感じさせた。僕にはあのニナが、満面の笑みを浮かべたようにも思えた。
「ミクラ、全てが一段落したら、貴女には私達と一緒に旅をすることだって選べるのよ――」
 ニナはそう言って、言葉を結んだ。

                       ≪――続く≫
前話→30.新たな考察    次話→(4月18日更新予定)


にほんブログ村

Posted on 2018/04/11 Wed. 22:17 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 4

小説:移動城塞都市と涙の運河 『30.新たな考察』  

     30.新たな考察――

 激しく泣き続けた後で、ミクラさんは気を失ってしまった。
 僕達は彼女を家まで運び、傷の応急処置をした後で寝室のベッドに横たえさせた。僕は彼女がハッキリとした意識で目覚めるかどうか心配でならず、片時もその場を動きたくない気持ちだったが、そこはミクラさんの寝室ゆえ――僕と秀喜はニナによって、あっさりと部屋から押し出されてしまった。
「女の部屋よ、勝手に入り浸るのは駄目。私が見ているから、二人は夕食の準備。ミクラ用にお粥も頼むわ」
 パタン、と閉じられた扉の素っ気なさに、僕は暫し立ち尽くした。けれど、ニナが珍しく料理を命じたのは、居ても立ってもいられないだろう僕の気持ちを落ち着かせる為でもあると理解できたので(あと、秀喜が盛大に腹の音を鳴らしたので)、ここは潔く従うことにし、キッチンに向かった。
 キッチンにある食材を勝手に漁るのは気が引けたが、しかしひょっとしたら、今僕達がミクラさんにしてあげられるのはニナのように傍にいてあげること、そして食事を作ってあげることくらいが精一杯じゃないだろうか? ならばと思えば、自然と気合が入る。僕は見繕った野菜と包丁を秀喜に投げた。
「コレ、皮剥いて」
「はいよ」
 秀喜は曲芸じみた手つきで包丁をキャッチし、するするとジャガイモっぽい野菜の皮を剥き始める。料理に関する知識は乏しい彼だが、こと作業的な事柄となると、とにかく器用だ。逆に僕は料理を知っているのに、刃物を使うのは苦手である。普段料理は両方をそつなく熟せるニナに任せっきりだが、まぁ久し振りでも二人掛かりなら作れないこともない。調味料はニナがハイエースの備蓄から持ち込んでいたのでそれを使い、もし可能ならミクラさんにも僕達の味を体験してもらおうと思った。
 作るのは醤油、酒、みりん、砂糖を使った魚と野菜の単純な煮込み料理(それとお粥)――気合を入れて下拵えしたは良いモノの、煮込み始めると手持無沙汰になった。集中力が途切れ、またミクラさんの苦しみを想って落ち着かない気分になる。
 と、そこで気になったのがダイニングテーブルで腕組みをしている秀喜の様子だった。何かを深く考え込んでいるらしく、しかも彼には似つかわしくない、真剣そのものの表情を浮かべていた。
「秀喜、どうしたんだ?」
「……いや、う~ん、何つーかさ……」
 言葉も歯切れ悪かった。どちらかと言えば思考よりも体を使うことが本分の彼だから、考えれば考えるほど、適切な表現が見つからなくなっているのだろう。
 しばらく言葉を待っていると、彼はこう言った。
 結局さ、俺達は何をすればいいだ? と――。
「いやさ、最初はこう思ってたんだよ。悪い敵が現れたから、その正体を突き止めて、やっつけて、この都市の平和に貢献してやろうって。そうしてらみんな喜ぶだろ? 冒険のし甲斐もあるってもんさ。でもよぅ祐介、お前の仮説が当たっているとしたら、その敵はヌンなんだよな? ヌンはこの都市の大事な神様で、ミクラのような人達はヌンを必要としている。ただ打ち倒すってんじゃ解決にならない。しかも、ヌンは砂漠を緑いっぱいの地に変えようとしてるんだとしたら、それって――」
 彼の言う「何をしたらいい――」その意をぼんやりと察して、僕は頷いた。
「そうだな……この砂漠が熱帯雨林になるのだとすれば、それは良いことだと思うよ。例えば僕達が最初に訪れた赤レンガの都市――ああいう食料自給率の低い都市は、最もその恩恵に与るだろう。自然から食物を得られる機会が増えるし、動物の個体数が増えれば狩りもできる。ひょっとしたら、やがては農耕文化も芽生えるかもしれない。世界にとって大きなプラスだ」
 僕がそう言うと、秀喜は自分の思考も的外れではないと安心したのか、うんうん頷いて、やっぱり、だよな――と一人ごちた。
「俺さぁ、ヌンにはそれ、是非やって欲しいわけよ。その上で、この都市の人達も洗い流されることなく、今までどおり生きてもらいたい。神が必要なら、ヌンにもまた神様やってもらわなきゃ。でもさぁ、じゃあ何をすれば良いんだ? ヌンを説得して、やり方を変えて下さいってお願いでもするか? 神様にお願い? まるでお祈りだな。ミクラでも駄目なのに、通用する気がしねぇや。いや、待て待て、そもそも、ヌンって本当に神様なのか? 神であったとして、いや、そうでなかったそしても……この都市を洗い流すことに意味を感じないんだよな。他にもミクラがノアに選ばれた理由とか、分からないことが多くてヌンの正体がどんどん遠くなっちまう感じだ。こんなんじゃ、余計にやるべき事が見えてこねぇよ。この都市が熱帯雨林を移動できるのかも心配だし……あ、やっべ、また頭こんがらがって来た……わりぃ、これ以上は上手く説明できねぇ」
 秀喜は両手で盛大に頭を掻きながら謝った。が、僕としてはちょっと吃驚していた。彼が仮説を肯定した時に出てくる疑問点を、これ程羅列するだなんて思ってもみなかったから。
 彼としては、結局何を成すべきかという最大の一点が不明瞭なのは気持ちが悪いのだろう。それがなぜこうも不明瞭なのか、と――これは、彼なりに考えた成果なのだと思った。
「確かに秀喜、君の言うとおりだ。最良の結果は、この都市で生き残っている人々を皆生かしたまま、大地の復活を見ることだと思う。でも、ヌンに神であり続けようという意志は無いと思うよ。食料の栽培には向かないはずの赤レンガの都市の食物庫に、不思議な種があったんだ。おそらく、ヌンはやがて農耕文化の広がることを見越しているんだろう。そうなれば貿易に対する重要度は下がるんだから、貿易の神もお役御免だ。それに己を無くそうとしているくらいだから、大地が蘇れば砂漠に適したキメラもいなくなり、貿易も人々の手に還すつもりなんだと思う――ん、待てよ――」
 話しながら、思い付いたことがあった。それは仮説に加えるべき新たな言葉達と、大きな違和感だ。
「そうか……洗い流すべき理由、一つだけ思い当たった」
「なんだ? どんな理由だ?」
 少しでも気持ちをスッキリさせたい秀喜は、テーブルに身を乗り出して興味津々だ。普段からこれくらい思考的だともっと助かるのに、と頭の片隅で思った。
「ヌンの科学力は他の都市と比べて明らかにオーバースペックだ。いや、オーパーツと言ってもいい。そのヌンが跡形も無く消滅すれば、時代は停滞する」
「時代が停滞?」
 僕の言葉に秀喜は首を傾げた。停滞と云う言葉に前向きな理由を感じなかったのだろう。しかしそれこそが、ヌンが一心に目指した世界の姿なのかもしれないと僕は感じていた。
「世界を人々に委ねれば、やがては科学だって普及していくはずさ。その時に、動くことを止めたヌンというオーパーツの存在が、それを加速させてしまう可能性は十分にある。こんな巨大な都市だから、貿易を還せば、いずれは誰かに発見され研究材料にされてしまうに違いない。嗚呼、そうか……武器の製造に厳しい教えを作ったのも、これが理由かもしれない。軍事研究は、やはり科学を爆発的に躍進させる恐れがある――」
「おい、なに独り言みたいに喋ってるんだよ」
 僕は自分の思考に没頭し始めていた。
「なぜ科学都市が科学を恐れているんだ? 過去に何かがあった? 何が――いや、それこそノアの大洪水の正体と考えられないか……地下の動物達は熱帯雨林を生きていたらしい絶滅種だし、砂漠になる前は豊かだったと考えるほうが自然だ……それを元に戻し、次は科学進化の停滞した世代へ世界を渡す――ならばヌンは、前世代を知る何か……過去の遺物……」
「お~い……祐介ぇ……」
 考えれば考えるほど、違和感が膨らんでいった。ヌンは決して人間を否定せず、あくまでこの都市は次世代の土台と考えているのだと思ったのだ。だから消そうとしている。そして次世代とはつまり、この都市以外の地に住まう人々のこと――ヌンは彼等の為に、全てを整えつつある。ならなぜ――

 ミクラさんを、ノアに選んだのだ?

 僕はミクラさんが悪魔に殺されない理由として、彼女がノアなのだと思った。ある種のこじ付けだったが、生かされていることは事実なので仮説に含んだ。でも――

 この仮説が正しいなら、彼女だけが残される理由は、無い。

 何一つ無い。

 科学を発展させるオーパーツは、何もこの都市だけではないだろう。この都市に住んでいる人々の頭の中に、それは知識としても存在するではないか。
 ヌンの目的に従うなら、この都市の民は誰一人生かしておくべきではないのである。
 これは、一体――。

 煮立った鍋がゴトゴト音を立てて、泡を吹き溢した。

                             ≪――続く≫
前話→29.巫女の聖堂    次話→31.彼女の父親


にほんブログ村

Posted on 2018/04/04 Wed. 20:14 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 4

小説:移動城塞都市と涙の運河 『29.巫女の聖堂』  

     29.巫女の聖堂――

 入口の扉の開閉音が聞こえたので、ミクラさんは外へ飛び出したのだろうと思い後を追った。しかし、僕達が外へ出た頃には、すっかり彼女の姿は見えなくなっていた。
「ミクラ!」
 ニナが声を張り上げたが、どこからも返事が無い。
 僕は急激な不安と罪悪感に襲われた。ミクラさんが、僕の言葉を原因に早まったマネを仕出かすのではと恐れたのだ。
 悪魔の正体はヌンである――今の彼女にとって、それは一番の禁句だった。僕はそれを始めから直感していて、彼女に聞かせたくないとずっと思っていた。想っていたのに……。
 そうだ、彼女だって、本当は気付いていたのだ。科学力を持つ都市が他に無い世界で、城壁もドームも傷つけずに兵士を送り込み、圧倒的な破壊力を持った武器で都市を制圧するなど、一体誰にできようか。そんなことは、この都市の神、ヌンにしかできない。地下を見るまでもなく、そのことだけは揺るぎ無いパズルの半面だった。でも――
 彼女、ミクラさんは、その考えを無意識の内に仕舞い込み、固い鍵を掛けていた。そんなことがあってはならない――そんな考えは間違っている――それだけは、受け入れ難い――。
 それを受け入れて生きてゆくなど不可能と直感すれば、人の脳は己の記憶や思考などいくらでも改ざんするだろう。でも、完全に消してしまえるほど生半な疑惑ではなかった。だから仕舞われ、鍵を掛けられた。それなのに――
 僕の直截な言葉はその鍵を破壊して、引き出しを抉じ開け、彼女が生きる為に拒否した闇を引っ張り出したのだ。
 嗚呼、彼女は今、ずっと信じていた神に裏切られ、どれ程絶望していることだろう。そして無理に神を信じ続け、都市の人々を言い含めて来たことを、どんな風に感じているだろうか。それを想像するだけで、僕の胸は張り裂けそうだった。
 居ても立ってもいられず、僕は走り出した。「祐介! アテはあるのか!?」
 隣を走る秀喜が僕に尋ねた。ニナも後ろに付いて来ている。
 僕は首を横に振った。
「分からない。でも――」
 足は自然と都市の中心へと向いていた。そう、彼女が祈りを捧げ続けてきた場所、巫女の聖堂へと――。

 遠くから眺めた時、巫女の聖堂はサグラダファミリアを彷彿とさせると思った。複数の巨大な鐘楼が並び、宗教芸術都市の中心に据えるに相応しい彫刻と意匠を纏って、それは月光の中でさえ神々しく感じたものである。でも――
 今、目の前にある巨大な建築物、巫女の聖堂、その出入り口から感じるのは、凶兆、怒り、死といった負の雰囲気――まるで終わりの入り口だと、僕は思った。
 そう感じたのは、聖堂の後ろに広がる光景が、あまりにも無残だったからだろう。聖堂の前に立つ僕達には、既に壊滅の憂き目を見た都市の半分が広く見渡せたのだ。
 まるで石と機械の墓場のようだった。建物を構成していた石は瓦礫となって転がり、所々に壁画や天井絵の名残を残すが、そのどれもに火で炙られたらしい痕跡が見て取れる。芸術は蹂躙されていた。
 建物の内にあっただろう機械は割れ、押し潰され、バラバラに部品を散らし、最早それが何の為の装置だったのか窺い知ることも困難だ。文明は、原始に還された。
 そんな荒れ果てた土地に、白い民族衣装の人々が疎らに見えた。皆、瓦礫の下から家族の亡骸を運び出そうとしている人達と思われる。白い頬は煤で汚れ、涙の跡が見えるようだ。
 嗚呼、どうしてこの都市はこんな風になってしまったのだろう――ヌンの教えを心から大切にして、他国の生活を支える為に生きてきた民に、この仕打ちはあまりに酷い。
 巫女の聖堂は、今やそんな地獄絵図の象徴のようにそこに佇むのだ。
 大きく開かれた入口に扉は無い。等間隔に並んだ支柱によって支えられた大広間が外からでも窺えるが、その奥は影に沈んで見渡せず――だが、すこし耳を傾ければ――

 その奥の奥から、響く慟哭が聴こえる。

――神よ! なぜ我らを見捨てられたのですか!

 轟とドームを揺らす外界の音を鋭く切り裂くような、悲痛な叫びが聴こえる。

――神よ! なぜ何も答えて下さらないのですか!

 ミクラさんの声だ。

 僕達は静かに聖堂の内側へと足を踏み入れて、彼女の声がする方へと進んで行った。
 広間を縦断するレッドカーペットを渡り、僕の故郷にある教会ならば、そこにはステンドグラスと十字架が掲げられているであろう場所である。そこに、半開きの小さな鉄扉があった。ミクラさんの悲痛な声は、そこから漏れ出している。

「――ッ、どうして……どうして、こんな……」

 拳を床に叩きつける音が響いた。

「こんなの……嫌、絶対に、嫌……、いっ――嫌、嫌、いや、嫌、嫌、いや……嫌、いや、嫌……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 深すぎる悲しみは獰猛だった。それを癒す手立ても、掛ける言葉も、何もかも見当たらず、僕達は慌てて彼女を追い掛けてきたはずなのに、扉の前で二の足を踏んでいる。
 何もできないことが、酷く悲しかった。でも――
 次の瞬間、ゴッ――という音が聞こえたのを境に、事は緊急味を帯びた。慰めるとか、支えてあげるとか、そんなことを考えている場合じゃないと直感する。僕達は再び慌てふためいて、扉の内側に雪崩れ込んだ。
 内側は天井の低い、六畳ほどの空間だ。物は何一つ置かれていないが、壁も、床も、天井も――全てが黒曜石のように艶めいていて、そうでありながら、血管のように縦横無尽に走る緑色の光が、壁の内側に透かして見て取れるのが不思議だった。
 狭いのに、どこか宇宙と繋がるような雰囲気のある部屋――ミクラさんはその中心で小さく蹲り、額を床に打ち付けていた。
「やめるんだッ!」
 再び額を打ちつけようと持ち上がる頭に、僕は後ろから飛び付いた。右手で彼女の額を押えれば、どろりとした血の感触が分かった。
「嫌ッ! 離して! 離してくださいッ!」
 ミクラさんは両腕を振り回し、僕を振り解こうとしたが、その腕は秀喜に抑えられた。正面からは、ニナが――
「ミクラ……お願い、それだけは、やめて……」
 ニナが彼女を抱き締めると、彼女の体から力が抜けていった。もうどうすることもできない、泣くことしかできないと覚ったのか、それからの彼女は、ただただ大声を上げて泣き続けた。
 そんなミクラさんの姿に僕は、迷子になった子供を見た気がする。親とはぐれ、もう二度と家族に会えないかもしれないと危惧して泣く、幼い子供の姿を。

                    ≪――続く≫
前話→28.割れたティーセット    次話→30.新たな考察


にほんブログ村

Posted on 2018/03/28 Wed. 18:02 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 4

小説:移動城塞都市と涙の運河 『28.割れたティーセット』  

     28.割れたティーセット――

 地下探索を終え、僕達はミクラさんの家に戻るべく都市の地上部へと登った。
 相変わらず人通りの無い芸術都市――今は、いつからか厚い雲に覆われた空の為に薄暗く、ドームに激しく叩きつけられる雨風の音が轟々と響き渡っている。
 激しいスコールだった。その大きな音に不安を掻き立てられ、自然、僕は歩く足を速めていた。

 ミクラさんは昼食を用意して待ってくれていた。ニナは彼女と初対面だったが、僕が仲間だと説明すると暖かく迎え入れられた。
 こんな時、作り笑いのできないニナは無愛想と受け取られがちだけれど、ミクラさんは同性、同年代の友達ができたようで嬉しいと言って、食卓でたくさんニナに話し掛けていた。ニナにとってもミクラさんは好印象だったらしく、表情こそ変化に乏しいが、いつもより饒舌な様子に見え、僕は人心地ついたような気分になった。

 そうして、僕と秀喜は件のゲストルームでしばしの休息を取っていた。秀喜は昼寝をし、僕にとっては考えをまとめる為の時間である。
 比較的静かな時間が流れていたけれど、そこへ無遠慮なノック音が響いた。来たのは、いわずもがなのニナである。
「入るわよ」
 扉の向こうから現れたニナは、ショートボブの片方に小さな編み込みをたくさん施されていて、どうやらミクラさんにヌン式の歓迎を受けた様子である。
(そういえば、男性は皆髪を短く切っているし、女性は皆あんな風に飾っていたな……)
 ミクラさんの編み込みはシンメトリーで、白色の衣装と相俟って神々しい印象があった。が、ニナのアシンメトリーな編み込みは、花柄のロングワンピースにパイロットジャケットという服装のせいか、僕には随分と不良っぽく見えた。
「なによ……」
「いや、別に……随分仲良くなったんだなぁって」
 朝に受けた折檻は記憶に新しい。余計なことは言うまいと思った。
「あの娘、祐介が好きそうなタイプよね。完璧なヒロインって感じが」
「……ほっとけよ」
「まぁ、あんまり入れ込まないことね」
「――え?」
 そう言ったニナの目には、どこか重苦しい雰囲気があった。
「大抵のお話の中じゃ、完璧なヒロインには悲しみが付き物じゃない」
「なんだそれは……予言か? 忠告か?」
 突然何を言いだすのかと、僕はムッとした。そういう事態にさせない為に、僕達は動いているのだ。ニナの言葉は水を差す発言だと思った。
 ニナは首を横に振って、直ぐに謝った。
「ごめんなさい、ちょっと不安になっただけ……きっと、私が既に入れ込んでいるのね。彼女、無理に明るく振舞っているような節があるから、心配なのよ」
 雨は止んでいない。轟々という激しい音がどこからか忍び込んで、僕達の沈黙の隙間を埋めていた。
「まぁともあれ――」
 そこで発言したのは、いつの間にか目を覚まし、ベッドの上で胡坐をかいている秀喜だった。
「そろそろ聞かせてもらおうか、祐介。仮説はそこそこ出来上がってるんだろ?」
 僕は頷いた。
「鉄砲水で思い至ったよ。何もかもを押し流し、無に帰すような大量の水――ここは砂漠だからね、発想に無かったんだが……僕と秀喜の故郷には、そういう話がある」
「回りくどくて分かんねぇよ」
「神は信仰を失い、堕落した人々を洪水で滅ぼすことを決めた――助けたのは、唯一信仰を捨てずに生きていた男と、その家族。神は男に方舟の建設を命じ、ありとあらゆる動物の番を一組ずつ方舟へ乗せるよう告げた」
 ニナは思い至った。
「旧約聖書、創世記――ノアの方舟……」
 タイトルを聞いて、秀喜も「あぁ、それか」と一人ごちる。
 僕は再び頷いた。
「この都市、城塞移動都市ヌンは、ノアの方舟だと思うんだ。全てを洗い流した後、放たれるべき動物達が準備されている」
「ちょっとまって――」と、ニナが疑問を挟んだ。
「何を洗い流して、どこに動物達を放すと言うの? 地下の生き物たちは皆、砂漠に適応した個体には見えなかったわ」
「うん、僕もそう思う。でも――」
 最早仮説の域ではないのかもしれない。ただの空想と言われても仕方が無い。それでも、与えられたピースが、僕にその発想を口にさせた。
「この都市の周りだけ、砂漠が土へと変化したことは聞いたし、確かに土になっているのを見ただろう? ひょっとしたら可能なんじゃないだろうか――この世界なら、砂漠を、熱帯雨林へと変えることが。長い年月を掛けて、それは深い地中で行われてきた巨大なプロジェクトかも――そう、あの、キメラ達によって……」
 よき土壌はミミズによって創られる。ミミズは土を食べるが、あの造られた生命なら、あるいは砂や岩盤も――
「広大な砂漠は既に洗い流された後の大地じゃないだろうか。方舟はその地を復活させるために旅をしてきた。それが今、完成しようとしている。方舟は最後に、その活動の痕跡までも洗い流し、役目を終えようと目論んでいるのだとしたら――」
「それって……」
「つまり――」
「こんなプロジェクトを司れる存在は、たった一つしかいない。方舟の名はヌン。方舟の行く先を決めるのもヌン。知られざる動物園を造ったのも、間違いなくヌンだろう。ならばヌンこそが、今都市を襲っている悪魔の正体だ。ヌンはこの都市と人々を洗い流し、ノアしか生かすつもりがない。ノアに選ばれたのは、きっと巫女のミクラさんだ――」

 その時、ガシャンッ――と、扉の外で陶器の割れる音がした。誰かが駆け出すような足音も――

 僕は青ざめた――慌てて扉を開けると、直ぐ足元に濡れたティーポットと四つのカップが砕けている。
「ミクラさん!」
 大声で呼び掛けたが返事は無い。僕達は彼女を追って部屋を飛び出した。

                             ≪――続く≫
前話→27.パズルピース    次話→29.巫女の聖堂


にほんブログ村

Posted on 2018/03/21 Wed. 12:52 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 4

小説:移動城塞都市と涙の運河 『27.パズルピース』  

     27.パズルピース――

 開いた扉の先にあったのは、百立方メートルはあろうかという巨大で透明なガラスケージ。それは他に形容する言葉が見当たらない程無骨で、ただただ箱である。
 しかし内側には、見覚えのある生物が気色悪い程パンパンに詰め込まれていて、僕は思わず嘔吐いた。
 本当に、酷い光景だった。
 そこにいたのは、ミミズに似た肌を持つ柔軟に蠢く大木達――僕の乗っていたラクダを押し潰し、その血を啜って尚、獰猛に僕と秀喜を追いかけ回した件の砂漠の怪物だったのだ。
 それが数えきれない程、大量に箱の中に押し込められている。彼等は互いの肌と肌とを擦り合わせ、絡み合い、留まることなく蠢いており――これが、僕が先程感じた振動の発生源だった。
 当然の事ながら、部屋の内側ではより大きな振動を全身に感じる。そして、その根源をこうもまざまざと見せつけられて、僕は生理的な嫌悪感を覚えずにはいられなかった。秀喜も、僕よりは平気そうにしているけれど、顔を顰めている。
 最も平気そうにしていたのはニナだ。彼女は僕とケージの間に立って、こちらを振り向いた。
「どう? 祐介」
「どうって言われても……」
「……通路へ出た方が良さそうね」
 彼女は僕の様子に呆れたと言わんばかりの溜息を吐いた。観察が仕事のクセに、見て感じて、気持ち悪いモノは対象外にしたいだなんて虫がいいと、暗にそう言われた気がした。
 ともあれ再び通路に出て、振動から遠ざかると直ぐに吐き気は収まった。僕達は、元来た通路を引き返しながら話をすることにした。
「なぁ祐介、さっきの奴、間違いなく砂漠にいた奴らと同類だよな?」
 秀喜がそう確認したのは、月光の中で見た怪物と、明るい室内で視た怪物とにギャップがあったからだろう。砂漠で出くわしたのは、今見たものよりずっと凶暴な印象があった。でも、間違いなく同一の種と、僕は思った。
「ああ、必ず夜に襲われた――ということは夜行性なんだろう。あの部屋の奴らは、明かりによって活性を抑えられているのかもしれない」
「私も夜に襲われたわ」
 ニナもハイエースでここへ来る途中、何度かあの怪物に追い掛けられたと話した。その都度車を全速力走らせ、逃げてきたそうだ。
 なぜ、その生物が大量に、この地下空間で生かされているのか――
「なぁ、ひょっとしてヌンは、あの危険な生物を移動しながら捕まえ続けていたのか?」
 そう予想したのは秀喜である。砂漠を少しでも安全な場所にする為の、ヌンの活動の一環ではないか、と。
 確かに移動城塞都市、ヌンならそれも可能かもしれない。が――それならば、ああして大量に生かしておく必要は無いように思える。
 あれは、もっと別の何かなんだ。
 僕は何かしら情報を掴んでいるだろうニナに尋ねた。
「ニナ、君はデジタル空間で、あの生物の何かを知り得たんだろう?」
 ニナは頷いた。
「ここにいる生き物は皆、この世界の絶滅種なの。それをバイオテクノロジーで蘇らせ、人工授精と機械管理で繁殖させている。でも、アレだけは別――アレは合成生物(キメラ)。この世界にとって、アレだけが全く新しい命なのよ」
「そんなまさか……アレがここで作られているってことなのか!? いや……でも、確かに――」
 驚いたが、腑に落ちる事実だった。砂漠でアレと出くわした時も、疑問に感じたことだ。有機物の圧倒的に少ない砂漠で、どうしてあれ程巨大な生物が生き長らえているのか。過酷な環境で生き残るのは、いつだって小型の生物達だ――恐竜が絶滅した経緯と似て、大型はその体躯を維持する為に大量の食事を必要とするものである。砂漠の懐は、彼等が進化の末に登場するには狭すぎる気がしていたのだ。
「なんの為に?」
 直截に尋ねたのは秀喜である。ニナは首を横に振った。
「そこまでは分からなかった……。私が見たのは絶滅種の研究データと、飼育機構の仕組み、その配置よ。それが通路地図と綺麗に重なって案内することができるようになったわ。でも、データ上に一か所空いていたブラックボックスに、新生物製造、キメラの事実のみ見つけたところで、逆にハッキングされてしまった」
 なるほど、良い所で邪魔立てされたので、ニナも僕を当てにした。時間を惜しんであそこまで引っ張って行ったのだと分かった。
 で――と、ニナは僕を見た。
「祐介、何か仮説でも浮かんだ?」
「……まだ分からないことが多すぎる。でも――」
「でも?」
「あのキメラが砂漠にいて、得をするのはヌンだけだ」
「やっぱり、そうよね……」
 ニナも同じことを考えていたらしい。
「うん。この世界の各国各都市が交易を結べない原因は砂漠が広大過ぎることも要因だけれど、やっぱりあの生物が脅威となっている点が大きい。ラクダを使った隊商キャラバンでは必ず犠牲者が出てしまう。キャラバンが形成されない限り、ヌンは全世界の貿易を独占できるわけだ。それに――」
 少しだけ、僕は先を言いよどんだ。それはミクラさんを想うと、当たって欲しくない仮説だったから。
「ヌンの教義も、この為に存在したのかもしれない。『汝らは必要最低限の自衛手段の為以外で武器を所持してはならない。これは製造に関しても同じ』――ヌンは、あの生物に対抗しうる武器が、やがて造られることを危惧していたのかも――」
 いいや、それならばいっそのこと全面的に禁止すればいい。あの生物に相対した人々が、どこまでが自衛と判断するのかは未知数で、線引きが非常に難しい。それに、これ程科学の進んだヌンが貿易に固執する理由も思い浮かばない。ヌンならば、その気になれば砂漠の中心で自給自足することも可能ではないだろうか?
 仮説と、それに対する反対の声が自分の胸の内から同時に湧き上がって、僕は複雑な心境になった。
 仮説と云うパズルを組み立てると、それなりの絵が僕の中では完成するが、しかし、必ずどこかに収まるべきピースが一つ二つ余ってしまう現状だった。そのピースは他もバラバラの状態なら自然と紛れてしまえるのに、余った途端に異様さと奇妙さを放って、どうしても僕の気持ちをスッキリさせてくれない。

 でも、やはり、しかし――

 絵が示すところの半分は、この地下を探索したところで、昨夜の想像通りに揺るがなかった。それはきっと、半分の正鵠を射ているはず――では、もう半分は――
「そういえば……」
 そこで声を発したのは秀喜だった。取り敢えずの意見も出尽くした頃合いの、何てことはない雑談だった。
「ニナはここに来る途中、鉄砲水に追い掛けられたりしなかったか? 俺と祐介は危なかったんだ。久しぶりに死ぬかと思ったぜ」
「え――」
 今、僕の意識に何かが引っかかった。それは確かに、秀喜の言葉の中にあった何かだ。
「秀喜、今なんて言った?」
「え? 久し振りに死ぬかと思ったって」
「その前は?」
「俺と祐介は危なかった」
「違う、もっと前」
「いやだから、鉄砲水に追い掛けられて――」
「鉄砲水――そうか、その可能性はある……」
「は?」
 一人ごち、僕は周囲を見渡した。様々な絶滅種を科学の力で蘇らせた、そこは仮の楽園である。
 今目にしているその現実から、新たに浮かんだ仮説は信憑性を得ている気がした。

                    ≪――続く≫
前話→26.知られざるZOO    次話→28.割れたティーセット


にほんブログ村

Posted on 2018/03/14 Wed. 20:48 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 6

小説:移動城塞都市と涙の運河 『26.知られざるZOO』  

     26.知られざるZOO――

 ニナの口が、誰かの声で警告を発した。
 あまりの異様さ、不気味さに僕は固まってしまったが、次の瞬間、頽れてゆくニナを、秀喜が咄嗟に脇から支えて問い質した。
「お前は誰だ!」
 暗い地下通路にその声は木霊したが、どこからも、ニナの口からも返事は無い。
 静寂が僕らを包み、やがてニナは、正気付いたようにハッと目を覚ました。
「ニナ――ニナなのか?」
 秀喜の声が耳元からすることに少し驚いて、彼女は彼に抱きついた。先程の出来事が怖かったからじゃない。たぶん、役得と心得ての行動である。
 どうやら、普段通りのニナに戻ったらしい。
「ニナ、意識は確かか? 記憶は?」
 僕の問い掛けに彼女は秀喜に抱きついたまま頷いた。しばらく離れる気は無さそうだ。
「何も問題ない。逆にハッキングされてしまったみたいだけれど、単発のウィルスみたいなモノだったから、デリート済み。目的も達成したわ」
「じゃあ――」
 もう一度、彼女は頷いた。
「ここを案内できるわ。それに祐介、あなたが心配しているような交戦は、きっとここでは起こらない」
「え?」
 彼女は秀喜から離れ、通路を歩き出した。
「それだけこの地下が大事ってこと――デジタル空間で、私に大きな攻撃をするのも躊躇うくらいにね。付いて来て」
「待てニナ、どう大事なんだ?」
 余程現状の身の安全に自信があるのか、ニナの足取りは少し早めで、ここまでゆっくり歩んできた時のような警戒は解かれていた。僕と秀喜は彼女に追い付く為に、少しだけ走った。
「どうって言われても――正確な説明はできないわ。でもこの地下は、膨大な研究の果ての成果そのものなの。物理的な戦いは特に、相手にとっても不利益なはずよ」
「壊されちゃ敵わないような研究の成果――か」
「えぇ。ま、祐介、あなたなら、実際を見れば何かしら考えも浮かぶでしょう」
 そうしてニナはぐんぐん歩いて行き、辿り着いたのは行き詰まりの通路だった。
「ここね――」
 彼女は通路の脇に再び小さなレセプタクルを見出して――先程あんなことがあったにもかかわらず、躊躇うことなく再び己を接続した。
「nouan5589453241」
 パスワードなのか、意味のあるような無いような文字列を口にする。すると――
 行き詰まりと思っていた壁が機械音を立て、ゆっくりと上がっていくではないか。
 隠し扉――通路には、まだ続きがあったのだ。その先に、明かりが見えている。
 僕達は明かりに向かって踏み出した。
 遂に、この都市に隠されていた秘密と接触できるのかもしれないと思ったら、僕は俄かに緊張を覚え、足が震えるような気がした。

 そして――

 見えて来たのは、ガラスの向こうの異世界――いいや、そう思えるような光景だった。
 一枚の強化ガラスの向こうに、まるで別世界のような空間が広がっていたのだ。
 そこには土が敷かれ、森と、草原が広がる。
 人口の太陽であるかに降り注ぐ光を眩しく反射するのは、川――滔々と水が流れていて、そして――
「あっ!」
 魚が、跳ねた。
 宙を舞う虫を捕食する、華麗で無駄の無いライズ。
 僕はガラスに両手を押し付け、その川を注視した。少し遠いが、良く見れば水底の岩陰で、何匹もの川魚が泳いでいる。
「魚がいる……見えないけれど、虫もいるのか?」
「どうやらそれだけじゃなさそうだな。ほら――」
 隣で秀喜が指を指した。見れば、今当に森の中から現れたのが、哺乳類らしい動物だった。短い一本角を持った、シカに良く似た動物である。
「何なんだ……ここは……」
 僕は驚愕の空間に夢中になっていた。どこもかしこも注意深く目を遣れば、ありとあらゆる命でいっぱいなのだ。木々の隙間に飛び回る猿のような動物が――草原に穴を掘っている鼠に似たのは齧歯類か――草原の草と同じ色をしたイナゴのような昆虫――花の周りに飛び回る蜂のようなやつも――一瞬、眩しい程の明かりを遮る何かに気が付けば、高い天井付近には極彩色の鳥が舞っているではないか。
「すごい……本当にここが、こんな所が、砂漠のヌンの地下空間なのか――」
 驚きの中に、感動に似た、感傷にも似た、なんとも言えない気持ちが湧き上がってきて、泣いてしまいそうだった。
 そんな僕の袖を、ニナが引っ張った。
「ここだけじゃないわ」
 強化ガラスをなぞる様に道は左に折れ、その先には、別の空間へ繋がるだろう入口が見えていた。ニナはそちらへ歩を進めてゆく。
 僕はこの景色に名残惜しさがあって、引っ張られながら何度も振り返るものだから、よたよた歩きになった。帰りにまた見りゃいいだろ――と、秀喜にまで諭されてしまった。

 次に現れたのが、青く淡い光に照らされた大きなアクアリウムの連なりだ。大小様々な淡水魚がたっぷり放たれている水槽もあれば、雑多な水生植物の為だけに使われている水槽もあった。ただ一種の生き物の為の水槽もあった。
 嗚呼、正直、この道のりは僕にとって誘惑だらけである。生き物達を一体一体丹念に眺めれば、僕達の知らない様々な特徴が浮かんできそうで心躍るのに、じっくり観察することを、ニナは決して許してくれなかったのだ。
 僕はそのことを恨めしく思ったが、それは最初だけ――
 さらに次が、夜行性の生物達を集めた薄暗い網ケージだった。さらにさらに次が、大型哺乳類の鉄ケージだった。さらにさらに、さらに――
 生き物達をそれぞれに育む為の施設が、延々と道なりに続いてゆく。僕が望むように丹念に眺めていては、きっと一日では収まり切れない数だろう。
 ニナは端からそれを理解していたようだ。そしてこの道の先には、彼女が一番に注目してもらいたい何かがあるのだということに、僕も薄々勘付いた。それは彼女の足取りに、思考する色合いがまるで浮かばないがゆえ。たった一つの目的に向かって、迷い無く前進する足取りと感じたのである。
 だから僕も未練を振り切って、先を急ぐことにした。
 やがて――
「ここが、最後の部屋よ」
 僕達の前に現れたのは、なんてことはない防火扉のような入口だった。決して厳重というわけでもなく、ただ素っ気なく、そこにあるような風の。
 でも、しかし――ドアノブを握った瞬間に僕は感じた。内側にいるだろう生物達の蠢く気配を感じたのである。
 それは振動となって、ハッキリと僕の掌に伝わって来ていたのだ。

                      ≪――続く≫
前話→25.地下探索の開始    次話→27.パズルピース


にほんブログ村

Posted on 2018/03/07 Wed. 21:58 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

小説:移動城塞都市と涙の運河 『25.地下探索の開始』  

     25.地下探索の開始――

 地図を頼りに、ニナのいる場所に一番近い外への連絡路へ向かった。貿易の為の運搬路とされる主通路は巨大なエレベーターになっていると聞いたが、僕達が使った連絡路は、どこか地下鉄のような趣の、ごくごく小さい入り口であった。螺旋階段が下に伸び、いくつか分岐する通路も見えたが、外へ出るにはひたすら下る道のりである。下り切ったところが城壁の直ぐ傍で、ボタン一つで分厚い壁を開閉できた。
 外へ出ると、扉の大きな開閉音を聞き付けたらしいニナが、城壁を伝うように走って来るのが見えた。最初は米粒くらいの大きさに見えたニナが、ぐんぐん大きくなる。
(秀喜の無事ならさっき確認できただろうに、何をそんなに慌てているんだろう――)
 そう思ったけれど、土埃を上げて近づいて来る彼女の全力疾走が心配ゆえでない事に、僕は気付くのが遅かった。
 彼女はスピードを緩めずに、僕達の五メートル前で、飛んだ――
 そのまま僕の腹目掛けて、まさかの飛び足刀蹴り、ライダーキックだった。僕は呻き声を上げ、突き飛ばされた勢いのまま無様な後転を五回ほど――。最後は、顔面を土に埋める形で止まった。
「なにするんだニナ!」
 痛みを怒りで克服し、どうにか顔を上げたけれど、見上げた瞬間、逆光の中で僕を見下すニナの、過酷なほど冷たい視線に射竦められた。赤道直下ほども暑いこの地に、北極の風が吹くようと感じたのは、あながち過言とも言い切れない。
「うるさい、このクズ、役立たず。私が四日間も何もせず、ただ秀喜の心配だけして過ごす羽目になったのは誰の所為? 連絡用の端末は、貴方が管理しているのじゃなかったかしら?」
 そういえば、僕達はどのくらいの期間件のカプセルの中に居たのだろう? 少年の治療が数日と言っていたし、ひょっとしたら、僕と秀喜が収容されて、入れ違いにニナは到着したのかもしれない。
 正直、目覚めてから驚くことばかりだったので、僕はこちらに向かって来ているだろうニナの存在を丸っきり失念していた。連絡用タブレットには返信があるだろうに確認もしておらず、まるで反論の余地が無い。
「あ、えっと、そ、その――」
 下を向いて言葉を探している僕の胸倉を掴み揚げ、さぁ、全部吐け――とニナが囁く。尋問、いや、今すぐにも第二第三の制裁が飛んできそうで、拷問を予感させる。内臓まで吐かされそうだ。
 さて、僕達が三人揃ってヌンの地下探索を開始するのは、この後僕が両頬を真っ赤に腫らして、一から十まで事情を洗い浚い話してからである。
 8割方僕? とんでもない――怒りの矛先は、十割僕に向けられていたのだ。


 事情を説明し終えた後、僕達三人は通り過ぎて来た分岐点へ戻って、そこから薄暗い地下通路へと繰り出した。
 薄墨色の無機質な壁が延々と続き、一定の間隔で灯りはあるものの間延びして、落ちる陰には薄ら寒い空気が纏わり付いている。
 気味が悪くて――なるほど、目的も無くここを歩きたがる住民なんていやしないと、肌で納得できる。ヌンの子供達が囁き合う怪談話も、この地下通路を端に発する内容が多いとミクラさんに聞いていたたが、さもありなんと云うところ。
 地下通路には巨大な獣が住んでおり、運悪く出会うと食い殺される、とか、その獣の鳴き声を聞いた、とか、人影を見た、などなど――。
 ともあれ、僕達はそういった噂話をフィールドワークの対象にはしていないし、目的無く散歩しに来たわけでもない。僕達は、正しくこの空間を知る為に訪れたのだ。
 特に今はニナという専門家を得て、第一目標までハッキリと定まっている状態だ。いちいち影に怯えるわけにもいくまい。
 僕達はマグライトを使い、壁と云う壁に目を配って、コンピューターを接続できそうなレセプタクルを探していた。
 しばらくすると――
「あった」
 先頭を歩いていたニナがT字路の中心で立ち止まり、屈み込んだ。見れば、壁の低い位置に透明なプラスチック板を嵌め込んだ箇所があって、板の向こう側に小さな穴が確認できる。ニナはそれをレセプタクルと踏んだらしい。
 ニナは躊躇なくプラスチック板を拳で叩き割ると、側頭部の髪の隙間から、するすると接続コードを引っ張り出した。
 これは件の、彼女の持つ脳内コンピューターと接続する為のコード。彼女はこれを様々なコンピューターと繋ぎ合わせ、ソフトを己にダウンロードしたり、時にはハッカーのように相手のコンピューターへ侵入することができる。
 この能力こそ、地下空間を把握する為に僕が求めた専門性である。
 僕や秀喜には体験不可能な感覚で説明しにくいが――データ空間と現実の空間を掛け合わせた多次元空間を、見て、認識できるところがこの能力の特筆すべき点だ。上手くいけば、この地下空間を一瞬で把握し、僕達の良き道案内になってくれるだろう。
 ただ――
「ニナ、反撃の可能性は、ある。気を付けて――」
 ニナは一度僕を振り向いて、頷いた。あらかた事情を説明したからか、僕が何を心配しているのか察しているらしい。彼女は――
「インビジブルで入るわ」
 と言って、細いコードの先を穴に合わせていった。コードの先端、コネクタ部分は目まぐるしく形状を変化させて、今目の前のレセプタクルに合う形状を模索している。ニナがそれを押し込んだ瞬間には、すっかり合致する形状を整えていた。
「侵入――できたわ……」
 そう呟いたニナは眼を閉じて、今当にヌンの内部を駆け巡る電気信号の一部になりすましている。僕は息を呑んで、彼女の背中を見守った。
 正直不安だった。今この瞬間にも、悪魔が僕達を取り囲むかもしれないことを考えれば怖いし、ニナがデジタル空間で攻撃を受けて、精神にダメージを負ったらと思うのも怖かった。
 脅威は確かに存在するのに、その意力がどれ程の範囲に及ぶのか不明確だなんて、僕にとってはスリリングに過ぎる。が――怖がってばかりでは前へ進めない。勇敢と無謀の境界線を、現場で判断するのが冒険家という生業なのだ。
 秀喜は僕の不安を感じ取ったのか、コルトガバメントを構え、周囲に注意を払っていた。
 しばらくすると――
「凄まじい量のデータ……生物、植物、生体に関する情報が山ほど……」
 後から聞いた話によると、この時、ニナは既に様々なデジタル空間と遭遇していたのだ。だがしかし、どれだけリンクや回線を辿っても、やがては生体研究に関わるデータで行き詰ることを、何度も繰り返していたらしい。
 僕は彼女の言葉から、僕達も収容されていたあのカプセルを思い出した。
「確かに、この都市で最も進んでいる技術分野かもしれない。医療に応用されているんだろう。それよりもニナ――」
「わかってる」
 彼女は喰い気味な言葉で僕の発言を抑制し、目的のデータ探しに対して急激に集中力を高め始めた雰囲気だった。言葉は口に上るものの徐々に断片的になって、高速で回転する頭脳が思考の欠片を散らしているみたいに――。
「ひょっとしたら……繋ぎ合わせると地図に合致する? 合成飼料製造――照度管理機――濾過機構――人口受精管理――え? 合成、キメ――」

 その時だった。

 突然、ニナの首ががくりと落ちた。

 まるでこの一瞬に、意識を刈り取られてしまったかのような――

「ニナ?」

 僕の呼びかけに、答える声は無い。

 嗚呼、これは、僕の嫌な想像が現実になってしまったのか?

 僕は慌てて彼女の肩に触れようとして、でも、できなかった。

 ニナがふらふらと立ち上がり、僕と秀喜を振り返る。

 目の焦点が、定まっていない。そして――

 聞いた。確かに聞いた。

 ニナの声に混じって、低い男の声が、彼女の口から零れたのだ。

『コレイジョウ、タチイルナ――』

 確かに、聞いたのだ。

                            ≪――続く≫
前話→24.Q&Aと神の領域   次話→26.知られざるZOO


にほんブログ村

Posted on 2018/02/28 Wed. 23:23 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

小説:移動城塞都市と涙の運河 『24.Q&Aと神の領域』  

     24.Q&Aと神の領域――

「ミクラさん、いくつか質問しても?」
 僕の問い掛けに、彼女は真摯な眼差しで頷いた。
「あの悪魔ですが、どこからともなく湧いた――とおっしゃいましたね? 外部から侵入したのでは無いのですか?」
 彼女は首を横に振った。
「城壁に隠された都市内部への通路は、内側からでなければ開くことができません。頑丈で、強行突破するのも難しいところ、私達が調査した結果、抉じ開けられた形跡もありませんでした」
「あの透明なドームから、空からの侵入は可能でしょうか?」
 彼女はまた、首を横に振る。
「悪魔が空からやって来て、あの光線銃でドームを撃ったなら可能かもしれません。でも、現状ドームの破損は見つかっていません。ですから――」
「湧いた――と」
 頷き、彼女はヌンを強く信じるがゆえか、悪魔に対してどこか神話的な、聖書の中の物語のようなモノの見方を開示した。「天災のような、試練の一つであるようにも思うのです」と。
 だとしたら、あまりにも救いが無さすぎる。人や建物を標的にする天災があるとしたら、それは試練でなく始末ではないか。
「今から武器を造って身を守ろうと考えている方もいらっしゃるんですよね? それはヌンの教えに反していないのではないですか? 確か、自衛のための最低限の武器ならば、認められていたように思いますが……」
「いいえ、それは外の民達だけです。ヌンにおきましては、武器の製造は一切が禁忌とされています。この都市は他と比べ、非常に技術が発展していますから……一度製造を始めてしまうと、直ぐにでも度を越したモノが出来上がってしまう危険があると、ヌン様が固く禁じられたのです」
「なるほど、確かに……賢明で、素晴らしい思想ですね。では、あの悪魔が持つような武器を、秘密裏に製造する可能性がある国、ヌンにとって反抗勢力になりうる国や団体があるでしょうか? 僕達は赤レンガの都市しか見たことがありませんから」
 ミクラさんは顎に手を当て、一瞬だけ考える仕草をしたが、返答は早かった。
「無い、と思います。ヌンはこれまで、世界中の国や都市を余すところなく巡っているはずですから、そういった勢力があれば誰かが必ず気付くはずですし、私が知らないはずがありません」
「そう、ですか……」
 これだけの質問で、僕の胸中にある疑いはますます色濃くなっていった。しかし、現状可能性でしかないモノで、彼女の心を掻き乱したくは無い――まずは、本格的な調査をするべきと腹を決めた。
「明日、僕と秀喜にこの都市をフィールドワークさせて下さい。色々と見てみたいんです。できれば、外への連絡路の地図などあると助かるのですが」
 僕の申し出に、彼女は快く頷いてくれた。

さらにミクラさんといくつか話をして、その翌朝――外への連絡路を事細かに解説してくれるミクラさん直筆のメモを手にし、僕と秀喜は昼間の移動城塞都市を歩いていた。このメモを僕に渡した際、ミクラさんは「コレで逃げてくれても構わないのです」と唇を震わせたが、それは僕や秀喜にとって全くの逆効果だ。そんな風に案じてくれる人を、生還こそ第一の条件として見捨てるほど、僕達も冒険家が板についてはいない。必ずや彼女の助けになろうと、心を決めたのである。
 歩きながら、僕がメモを頭に叩き込んでいると、秀喜が横から紙を覗き込んで言った。
「しっかし、主通路以外にも複雑な通路がたくさんあるもんだよなぁ……まるで迷路じゃねぇか。こんな複雑にしなくても、外に出る為の通路なら一本道が複数本ありゃ済む話だろ? なんだってこんな――」
「そこだよ」と、僕が彼の言葉に割り込んで話し始めたのは、思考の起点が当にソレだったからだ。ミクラさんに地図を強請ったのは余す所なく調査したいという想いからだったけれど、受け取ってみて、秀喜と同じ感想を抱いたことが切欠で、直ぐに調査すべき個所が浮かんできたのだ。
「秀喜、この都市には謎のスペースがたくさんあるんだ」
「は? どこに?」
 僕と秀喜は城塞都市の周遊道路に辿り着いていた。そして城壁の外の景色を眺めながら、ゆっくりと道なりに歩いてゆく。
「ほら、この都市は高くて堅牢な城壁の内側にあるのではなく、上に建てられている。城壁という円形土台があって、まるで蓋をするように都市とドームがあるわけだ。外への連絡路は、この土台の中を潜って、下るように外へ通じている。都市の住民達が使うのは貿易の為の品々を運搬する主通路がほとんどで、細々した道はあまり使わないらしい――というか、住民たちは土台の中を通路しか知らないんだ。つまり――」
 僕は地面を指さした。
「なるほど、通路以外の土台の中身が謎のスペースか。でも、そこに何かがあるとするなら、都市が移動する為の機構と、発電所でも兼ているんじゃねぇかな? こんなデカい都市が砂漠を渡ってたんだ。きっとそれなりのモンだろう?」
 僕は頷いた。確かに、秀喜の発想も正鵠だろう。でも――
「この迷路のような通路図を見ていると、それだけじゃない気がするんだ。理由があって複雑になっているとしたら、土台の中身はもっと多機能を備え、様々なスペースを持っているようにも思える。それになんと言っても、土台の中に関しては人が管理していない。ミクラさんが言う『都市が進む先は全て神の御心のまま』って、つまり都市の移動機構は神が管理しているって話しだろう? もしそれが本当なら、通路以外の土台の中は、前人未踏の『神の領域』だ」
「そこから『悪魔が湧く』かもしれないってことか?」
 僕は頷いた。が、秀喜は違和感を感じたように首を捻った。
「あれ? でもそれって――」
 そんな秀喜の感覚は理解できる。でも、僕はその違和感をここで掘り返そうとは思わなかった。これ以上の思考は、先入観になりかねない。だから、全ては現場次第――

 天使が堕天使になるというならともかく――『神の領域から悪魔が湧く』だなんて、違和感としては強烈だが――。

「ともあれ、僕達は今、その謎のスペースの有無を探る為に、専門家を必要としているわけだ――」
 僕達は都市の周遊道路をゆっくり歩いていた。そう、都市の外にいるかもしれない、専門家を探しながらである。「あっ! ひょっとして地底人か!? 地底人が地上人に牙を剥いたのか!?」とか、秀喜の微妙にズレた発想を耳にしつつ、何度も都市の外を見下ろした。すると――

 いた――

 白のハイエースと、その脇で腕組み仁王立ちでこちらをキツく睨んでいる、ブロンド髪に雪花石膏の肌、碧眼の、見慣れた美女が。
「見ろよ秀喜……」
「うわ」
 促されて城壁の下を覗き込んだ秀喜は、気圧されたのか、そそくさと顔を引っ込めた。
「祐介、ありゃ相当だぞ?」
「だな……」
 普段表情に乏しい彼女だからこそ、酒が入っている時を除いて、それが見て取れるならどんな感情でも相当と予測される。

 相当、怒られそうだった。
(まぁ、八割方僕なんだけれどな……)

                       ≪――続く≫
前話→背に暮らす人々    次話→25.地下探索の開始


にほんブログ村

Posted on 2018/02/21 Wed. 22:56 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 0

小説:移動城塞都市と涙の運河 『23.背に暮らす人々』  

     23.背に暮らす人々――

「ご存じの事とは思いますが、私達が暮らす移動城塞都市ヌンは、世界の各国各都市を巡り、貿易を担うことを役割としています。それは我らが神、ヌン様が自らに、そして住まう者達に課した使命――私達は先祖の代から、ずっとその使命に付き従って生きてきました。
 民は皆、貿易に直接、または間接的に関わる仕事をしている者達がほとんどで、そうでない人達の例を挙げるなら法律家の方々がそうでしょう。ですが、根は一つです。皆ヌン様の為に働いています。
 私もそう――法律家の方々同様に直接貿易に関わっているわけではありませんが、根と云うならば最も根の深い場所に居るのが私、ヌンの巫女――。
 ヌン様に姿形などありません。あってはならないと、神自らがそうお考えのようです。ですが、意志は明確に、常に我々のそばに存在してあるのです。巫女と云う役目は、云うなればその意志を伝達するのが役目と言えます。
 外へ出て見えませんでしたか? 都市の中央に聳える、一際空高い建物を。あれは巫女の聖堂――私はあそこで祈りを捧げ、ヌン様のお声を賜り、それを皆に告げる。皆は告げられたヌン様の声を指針として、また仕事に精を出すのです。
 特に貿易に直接係わる仕事をしている者達は、私の告げる次の目的地に最も耳を立てています。だって、次の目的地に合わせて仕事を進めなければなりませんから。
 ええ、そう――都市が進む先は全て神の御心のまま。私達住民に、その決定権などどうしてありましょうか。都市を動かしているのは神自身なのです。私たちは、ただ神の背中を借りて暮らしているだけなのです。
 時に都市の内外で問題が発生した時も、私は祈って神の言葉を授かりました。特に印象深かったのは、法論概要の改定で法律家達の意が真っ二つに割れてしまった時のこと――実に納得のいく差配でヌン様は皆の意見をまとめて下さいました。
 お分かりいただけますか? ヌン様はこの世界の神でありながら、私達ヌンに住まう者達にとって、実に身近で、実に確かな指導者であるということが。
 千年以上も変わらぬ指導者を、先祖の代から信じて暮らすことはとても素晴らしい事です。特にそれが、ヌン様のように人を大事にする指導者であれば尚更――

 でも――

 九ヶ月と三週間前のことです。各国各都市に立ち寄る時以外、常に砂漠の上を移動し続けてきた都市の歩みは、何の前触れも無く、この場所で止まってしまいました。
 私は何事かと慌ててお祈りしましたけれど、以降ヌン様のお声を聴いてはおりません。都市が止まると同時に、ヌン様も沈黙してしまわれたのです。
 私は不安になって、眠る時以外のほとんどの時間を巫女の聖堂で祈ることに費やすようになりました。けれど、未だにヌン様は一言だって答えてくれません。
 今この瞬間も、ヌン様はどうしてお言葉を下さらないのだろうと、考えるだけで不安と悲しみに胸が張り裂けそう――心が、強く引き絞られるような心地になります。

 ヌン様が沈黙されて三ヶ月が過ぎた頃、一つだけ変化がありました。それは都市を囲んでいた砂漠が、都市を中心にして徐々に耕したような土へと変わっていったことです。ただ砂ばかりの大地だったはずなのに、少しずつ少しずつ、土は砂の下から芽吹くようにして広がりました。
 これが何を意味するのか、私には分かりませんが――でも、動くことを止め、沈黙してしまったヌン様と、何か関わりがあるのではと思っています。

ヌン様の声が無ければ、当然私も、都市の皆に掛ける言葉がありませんから、伝令の無い日々が重なってゆくと共に、だんだんと都市全体が病むような雰囲気になりました。このまま止まっていては生活が立ち行かなくなる――皆そんな不安に憑りつかれ、小さなことで諍いをおこしたり、疑心暗鬼になったりして……。
 だから私、嘘をついてしまいました。
 ヌン様は長い年月の疲れから、今しばらく休息が必要なのだと――。必ずや元の生活が戻ってくること、神は私にお約束してくださいました。だから、皆は今までヌン様から教わったことを守り、実践し、その時まで正しく待ちましょう――と。
 本当は、何一つ、現状を理解できていませんのに……。
 でも、どうにか皆に心安らかでいてもらいたくて、今でもその嘘を吐き通しているのです。そう、こんな状況になっても……。

 ヌン様が沈黙して四か月が過ぎた頃から、あの悪魔がどこからともなく湧くようになり、状況は悪化しました。えぇ、昨晩の、蠢くコードの群れが人の形をしたような、あの悪魔です。
 悪魔は夜、不定期に現れて、あの光線銃で都市を無差別に焼き始めました。多くの人達が犠牲になり、都市は、巫女の聖堂を境に、実は既に半分が焼失しています。
 都市は緩やかな円錐形のように中央の高くなった地形ですから、貴方たちが気が付かなかったのも無理ありません。でも、塔まで行けば一目瞭然です。無残に焼き払われ、瓦礫の山と化した都市が見渡せるでしょう。
 ですから今は、残り半分の地に、生き残った人達が肌を寄せ合うようにひっそりと、ヌン様の帰還だけを待っています。私がそうするより他に無しと、皆に言い含めていますから――いいえ、元より皆、この都市から逃げたいという気持ちだけは、これっぽっちも無いのです。
 神の背を故郷に、神のみを信じて生きて来た人達に、神を捨てることはできないのです。

 このままでは悪魔に殺し尽くされるのを待っているようなものだと言う人もいますし、今からでも武器を造り、抵抗するべきと言う人もいます。けれど、私はそうは思いません。それはヌンの教えに反することですし、ヌンの教えに反した後で、私達はどうして神の帰還を受け入れられましょう。
 幸いにも、私には神の御加護がありますから、武器が無くても、皆を守ることができるかもしれませんし……。
 えぇ、そうです。先程貴方達も見たはずです――私の呼びかけに、悪魔たちが引いていくところを。
 あれは先程と同じように、民を守らんとして盾になった時に、同じことが起きて気が付きました。私が民の盾になると、決まって悪魔達は引いてゆくのです。私が時間を稼いでいれば、きっと、きっとヌン様が――」

 語る言葉は切な願いを、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
 信じるべき存在が不在であっても、ただそれをを信じることしかできない――そう己に刷り込むようでさえある。
 いいや、きっとそうなのだろうと、僕は思った。そうしなければ、全てが覆ってしまうかもしれない。彼女は無意識の内に、きっとそんな恐れを抱いているのだろう。
 だから僕は迷っていた。この話を聞いて、僕が見出した一つの可能性を、彼女に伝えるべきか否かを。

                            ≪――続く≫
前話→22.ヒステリックブルー     次話→24.Q&Aと神の領域

にほんブログ村

Posted on 2018/02/14 Wed. 21:56 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

小説:移動城塞都市と涙の運河 『22.ヒステリックブルー』  

     22.ヒステリックブルー

 それから、僕と秀喜は少年をミクラさんの家に運んだ。少年は城壁の外で倒れていた僕達同様に件のカプセルに入れられて、数日の安静で良くなるとのこと――実に進んだ科学医療だと改めて驚く。
 ミクラさんがカプセルの準備をしている間、僕達はリビングで彼女を待っていた。少年を発見した場所からここまでろくに彼女と会話にならなかったことから、きっとこの後、直ぐにでも怒られるに違いないと想像しながら。
 同じことを考えていたのか、秀喜が小声で僕に問い掛ける。
「なぁ祐介、これってやっぱあれかな……ガツーンッて、お説教くらうパターンか?」
 彼はすごく嫌そうな顔をしていて、悪事を教師に覚られた中学生のよう。僕は溜息を吐いた。
「だろうな……言い付けを守らず、危険な目に遭って助けられたんだ……しかも、帰り支度を買って出てくれている人に……。怒られないわけないだろう?」
 秀喜が心の底からげんなりした表情をする。
 頼むから、怒られている最中にその表情だけはしないでくれ、と僕は思いつつ、まぁ、彼にはいい薬になるかもしれないな、とも思った。
 普段から他人の意見などお構いなしの秀喜が、怒られることを怖がるのは後ろめたさを感じているからだ。他人の心配や善意を裏切ってしまったことを、しかも助けるのではなく助けられてしまったことを、悔やんだりする気持ちが彼にも人並みにあるということである。
 ここで僕はスマートに、まぁたっぷり絞られてくると良い――と彼を送り出す立場ならどれ程良かったことか。残念ながら同罪で、顔には出していないけれど、本音を言えば、秀喜の二倍くらい怒られることを怖がっていた。
 相手が彼女だからかもしれない。美しくて、凛々しくて、しかも何から何まで世話になっている恩人の彼女に、結局迷惑を掛けてしまったのだ。まったくもって後ろめたいことこの上ないじゃないか。
 やがて、一仕事終えて静かに入室したミクラさんが、テーブルを挟んで僕達の前に座る。
 さぁ、お説教の始まりだ――と身構える僕達に、彼女は静かに話し始めた。取り敢えずというか、担ぎ込んだ少年のことだった。
「あの子を助けて下さったこと、心より感謝いたします。先程ご両親とも連絡が取れて、後日引き取りに来ていただく手筈になりました」
 よかった、説教じゃない――秀喜は明らかに胸を撫で下ろしていた。が――
「でも――」
 次の一瞬で、ミクラさんはスイッチを入れていた。一気にトップギア――烈火の如く怒り出したのだ。
「どうして外に出たのです! 貴方達に何かあったら! 誰が赤煉瓦の都市の希望になるというのですか! 事情が呑み込めないのであれば、明日にでも私に相談してくれたら良かったのです! もちろん、その場合全てをお話ししたかどうかは分かりませんよ!? でも、でも――っ!」
 ミクラさんは肩をぶるぶると震わせて、右掌で思い切りよくテーブルを叩いた。吃驚して、僕と秀喜の背筋がビクリと伸びる。
「私なりに一生懸命! 中の事も外の事も考えて! 気を張って行動してるんですっ! それなのに、それなのに……ッ!」
 そこからしばらく、ミクラさんの話は『私、こんなに頑張っているのに』という内容に終始した。半泣きでテーブルをバシバシ叩くので、なかなかにヒステリックだ。しかも僕と秀喜を一人で運んだ苦労話なんかも織り交ぜられていて、酷く耳が痛い。
 さすがに疲れたのか落ち着いたのか、ミクラさんがテーブルに突っ伏して大きなため息を吐いたのは、話が始まって小一時間程経ってから。
 秀喜だけじゃなくて、さすがに僕の表情もげんなりである。
 ともあれ、ようやくこちらにも発言の機会が与えられたのかもしれないと思い、僕は謝罪した。
「そ、その……本当に、すみません……赤煉瓦の都市の、えっと、都市長に、できれば納得していただける材料が欲しくてですね……」
 その気持ちは分かると言いたげに、ミクラさんは突っ伏したまま頷いた。そして――
「……私こそ、ごめんなさい……」
 そう言って顔を上げ、目尻の涙を人差し指で擦り、本当はこんな怒り方をしたかったわけじゃないんです……八つ当たりでした――と言って俯いた。恥ずかしげでもあり、悲しげでもある。
「私達ヌンの住民は、外では神の使いと呼ばれています。そのことを誇りに思い、誰もがヌンを信じて、世界の為に日々を費やしてきました。保存技術士は誰も飢えることのないようにと、機器管理士はより安全な移動都市運用の為にと――法律家はより優れた法論概要の作成を目指し、医療科学士は皆が安心して働けるように、内外運搬員でさえ、自分たちがいなければ始まらないと――。その他の、人々だって……。皆、一生懸命に。でも、今この都市では、そういった活気ある生活の全てが失われています。とても辛い事です……。どうにかしたくても、まだ誰も、解決の糸口を見出せていません。だから――」
 そこで、ミクラさんは口を噤んだ。再び泣きそうになっているのを我慢している様子で、嗚呼、そうか、と僕は覚った。
「ミクラさん、貴女は、それを一人でどうにかしようとしていたんですね……。僕達外部の人間に余計な心配を掛けまいとしていた。そしてきっと、内部の人達にも――」
「だって――ッ!」
 思い詰めた表情で顔を上げるミクラさんに、僕は頷いた。
「ヌンの巫女だから……ですね?」
 再び弾けそうになった感情をゆっくり押さえつけるように、彼女はまた俯いて、小さく首肯した。
「ミクラさん、教えて下さい。この都市に何が起きているのですか? ヌンの巫女とは、一体何なのですか? 僕達は貴女に命を救われました。それに、できればこの世界の役に立ちたいと思っています。だから、僕達にできることがあれば、是非手伝わせていただきたいのです」
 僕の言葉に、隣の秀喜もうんうんと頷いた。
 ミクラさんは僕達外部の人間を巻き込んでいいものかどうか、束の間思案している様子だった。
 僕は畳み掛けていた。
「僕達は冒険家です。危険に近づくことを生業としているような者です。それに、僕達はこことは別の――異世界から来ました。常識から外れた僕達だからこそ、できることがあるかも知れません」
 僕の言葉に、ミクラさんはハッと顔を上げた。驚いたようでいて、どこか腑に落ちたという表情だった。
「そう、だったのですね……。その、実は、誠に勝手ながら、貴方たち二人が治癒装置に入っている間にDNAなど色々と調べさせていただいたのです。珍しい肌の色だったので、不思議に思い――一体、どこから来た方々なのだろう――と。そうしたら、この世界のどんな人種とも似ていて、でもまったく違うDNAでした。それでも赤煉瓦の都市の使者だと断定したのは、衣服にあの都市のガラビアの繊維が付着していたからだったのです」
 なんとまぁ、抜け目のない身辺調査振りを告白されてしまい、僕も少し驚いた。が、異世界という突拍子も無いような可能性を否定しない様子は有難かった。話しが早いというものである。
 そうして意を決したのか、ミクラさんは話し始めた。

                         ≪――続く≫
前話→21.瓦礫の下の運命     次話→23.背に暮らす人々


にほんブログ村

Posted on 2018/02/07 Wed. 20:14 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

小説:移動城塞都市と涙の運河 『21.瓦礫の下の運命』  

     21.瓦礫の下の運命――

 炎の向こうから、煙の向こうから、姿は見えずとも大群と分かる足音が近づいて来る。人の兵士ならどれだけ訓練したところでこの音は奏でられまい――地面の凹凸や転がった瓦礫の破片など、踏みしめるその場所に変化が無ければ、僕達はビルのような巨人が近づいて来ることだって想像しただろう。それ程、その足音は大きく、オートマチックな調和で成立し、こちらに近づいてきていた。
 話し声や人いきれは一切無い。しかし、何かが蠢いているような音が微かにする。ならば反旗を翻したヌンの住民達ということはありえないだろう。やはり、先程と同様の――。
 正確な数は把握できないが、かなりの数であることは想像に難くなく、秀喜が如何に豊かな才能を持っているとしても、交戦しての生還は流石に不可能に違いない。
 秀喜自身もそう感じたのだろう。彼はちょっぴり悔しそうな顔をしながら、走って僕の所まで戻ってきた。
「情報収集はここまでだな」
「ああ」
 僕達の間で意志の疎通はできている。万が一の可能性も無いような危機に挑む程には、僕の相棒も死にたがりじゃない。こんな時は、逃げるに限る。
 近づきつつある足音に、僕達は背を向けようとした。
 が、その時だった――

 た、たすけ……て、だれか――

 微かな声を聞いた。僕と秀喜は顔を見合わせる。確かに、空耳なんかじゃない。
 まだ少年らしい声だった。
 ひょっとして、怪我をして逃げ遅れたのか?
 極度の緊張感が僕を襲う。
 探さなきゃ――でも、間に合うのか? 助ける? あの大群が、押し寄せる前に――
 思考が吹っ飛んで、足が動いた。
 声がしたと思われる半壊の建物に近づき、声を上げる。
「誰かいるのか!?」
 また、同じ声が聞こえた。今度は僕達の存在を覚ったのか、より懇願するような声だった。たすけて、ください――と。
 低い所から聞こえたような気がして、瓦礫に敷かれているのかもしれないと気が付いた。
 屈み込んで辺りを見回す――と、同じように声の主を探していた秀喜が叫んだ。
「祐介! いたぞ!」
 秀喜の指差した先に、危いバランスで積み上がっている瓦礫があった。所々に隙間が見えて、何かの拍子に崩壊してしまいそうな一塊となっている。その下から、子供と思しき手が伸びていた。
 急いで駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫か! 怪我は!?」
 隙間を覗き込むと、瓦礫の下にうつ伏せになっている、泣き腫らした少年の顔があった。少年は問い掛けに、わずかな隙間の中で小さく頷いた。
「あ、足がっ……左足だけ、凄く、痛くて――」
 ぼろぼろ涙を流しながら、それでも、一生懸命に状況を語ろうとする少年に胸が痛くなる。
「大丈夫! 今助けるから!」
 少年が閉じ込められているのは瓦礫の上に瓦礫が重なって産まれたわずかな隙間だ。おそらく左足は、瓦礫と地面の隙間が狭まった場所――半分、潰されてしまっているのかもしれない。
 僕は上に重なった瓦礫から順に剥し始めた。無理に引っ張り出せば怪我を酷くする可能性もあるし、何より、バランスを失った瓦礫が一瞬にして少年を押し潰してしまう結果が怖かったのだ。大群が刻一刻と近づく中で、時間の掛かる作業を選択したわけだが、もうやるしかない。心臓が、張り裂けるくらい早鐘を打っている。
 秀喜は少年のいる隙間が小さくならないよう、下から全力で瓦礫を支えている。
 彼の剛腕を頼りに、僕は急いだ。何度も息んでは、大きな塊を逆方向に薙ぎ倒していく。
 大丈夫、間に合う、あと少し――
 自分に何度もそう言い聞かせ、体を動かし続けた。
 やがて、下から持ち上げる秀喜の力が圧し掛かる重さを凌ぎ始め、隙間が大きくなった。これなら――と感じ、僕はそっと少年の手を引いた。
 少年の軽い体はずるりと滑って、抵抗無く引き出せそう。
「引っ張るけど、足はどう? 我慢できるかい?」 
 依然として痛みに涙が止まらない少年は、しかし口を強く引き結んで、うんと頷いた。
「駄目なときは直ぐに言うんだよ。じゃ、せーので引っ張るよ――せーのっ!」
 少年の体が足まで姿を見せた。やはり左足はズタズタで、足首を骨折している様子だが、この都市の科学医療ならば治癒は可能だろうと思え、僕は一瞬ホッとした心地になった。
 そう、本当に一瞬――次は、大群に囲まれる前に逃げなければならないのだ。僕は少年を抱え上げ、秀喜は音を立てないように瓦礫をそっと降ろした。
「よし、行こう! 秀喜!」
 頷き、立ち上がった秀喜と同時に振り返って、唖然とした――

 抱えている少年の顔も、絶望に歪む。

 逃げる? 一体、どうやって。

 蠢く黒いコードの集合体が、人の形を成してここにも、そこにも、あそこにも――

 逃げようにも時すでに遅し、数えきれないほどの人外の兵に、僕達はすっかり囲まれていたのだ。兵士一体一体がやはり件の兵器を携えており、既に僕達に接近している一体は、銃口をこちらに向けている。
 万事休す――か。最早打開策なんて一つだって思い浮かばない。次の一瞬には、三人纏めて消し飛んでしまうだろう。
 そこで僕が咄嗟に取った行動と言えば、なんの気休めにもならない――抱えていた少年を隠すように兵士に背を向けただけ。後は光に貫かれることに恐怖して、ぎゅっと、固く目を閉じた。すると――

「止めなさいっ!」

 僕の直ぐ背後で、そう叫ぶ女性の声がした。こんなに声を張り上げることがあろうとは想像もしなかったが、確かに、聞き覚えのある声――

 なぜ、ミクラさんがここに!?

 振り向けば、確かにミクラさんの後姿がそこにあった。彼女は僕と銃口の間に立って両腕を広げ、僕達を庇っていたのだ。
「ミ、ミクラさん……どうしてここに――」
 その問いに答えは無い。彼女は一心に兵士を睨んでいるのか、その背に譲らないという覚悟が滲むようだった。
 そうして、どれだけの時間を彼女は兵士と睨み合っていただろう。きっと、ほんの数秒の事なのだろうけれど、僕にはとても長い時間のように思えた。
 やがて、嗚呼、どうしてそうなったのか――なんと人外の兵士は銃口を降し、僕達を攻撃しなかった。それどころか、大群は隊列を組み直し、来た道を戻り始めたのだ。
 まるで今晩はここまでと、予め定められていた行軍の予定に従い、撤収するかのよう。いいや、まるでミクラさんの指示に、従ったかのようじゃないか。
「ミ、ミクラさん……貴女は、一体――」
 兵士達が去るのを見届けて、彼女は僕達に振り返る。
 悲しげに、目を伏せていた。
「祐介さん、私は、ヌンの巫女なのです――」

                           ≪――続く≫
前話→20.秀喜のギフト   次話→22.ヒステリックブルー


にほんブログ村

Posted on 2018/01/31 Wed. 20:55 [edit]

category: 小説:移動城塞都市と涙の運河

thread: 自作小説 - janre: 小説・文学

tb: --   cm: 2

FC2カウンター

プロフィール

カテゴリ

Twitter

最新記事

月別アーカイブ

最新コメント

ブログ村ランキング(小説)

メールフォーム

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード